マスターvs営業電話
「はい、ありがとうございます。カフェデコラソン でございます」
「あ、コラソンさんですか?」
電話口から明るい女性の声が聞こえた。
「はい、そうです!」
親しげだ。
『コラソンさん』の呼び方からして常連さんかもしれない。
電話番号もフリーダイヤルではなく、携帯番号だ。
「もしかして、お電話口は店長さんかオーナーさんですか?」
「はい、そうですが・・・」
常連さんで私を「店長さん」や「オーナーさん」と呼ぶ人はいない。
ほぼ100%「マスター」と呼ばれている。
この一言で8割がた営業の電話だろうと察しがついた。しかし、2割ほど初めて来られるお客さんからの問い合わせの可能性も残されている。
したがって、この段階で切ることはできない。
「今ホームページを見させて頂いているのですが、素敵なお店ですね」
「はぁ、ありがとうございます・・・」
「もしかして、これは店長さんが設計とかされたんですか?」
「まさか?デザイナーさんが設計しました」
意図を計りかねる。
お店をする予定でデザイナーさんでも探しているのだろうか?
「そうなんですね。でも素敵なお店の雰囲気ですね。これを見ただけで丁寧なサービスがあるいいお店だというのが伝わってきます」
「あの、ご用件はなんでしょうか?」
この時点でお客さんではないことがハッキリした。
かといって、無言で切るのも気がひける。要件を聞いたら「結構です」といって穏便に終わらせよう。変な物言いをしてクレームでも書き込まれたらたまったもんじゃない。
「あ、失礼しました。私ども広告代理店をしておりまして、こちらのような丁寧でいいお店作りをしておられるところのお手伝いをしております。突然で驚かれたかもしれませんが、今回は費用など掛かりませんのでご安心ください」
安心もなにも、こちらが依頼したわけではない。
「私共も新しい会社でして、まずはこちらのような素晴らしいお店を応援して一緒に実績を作っていくところから始めたいと考えているんです。詳しくは、お会いして説明をさせていただきたいと思っているのですが、飲食店様だと土日などの週末はお忙しいですよね?」
「そらまぁ・・」
ニュアンスから無料で宣伝してくれるような感じを出している。
若干、スケベ心がくすぐられた。
「ですよね。でしたら平日がいいかと思うのですが、カフェの業態だと午前と午後だとどちらが忙しいですか?」
「それは日によりますが・・・」
話の流れを切りにくい。
「伺ってもよろしいでしょうか?」とか、「お時間いただけますか?」などの同意を得る聞き方なら、「結構です」とか「忙しいので」と、終わらせることができる。
しかし相手は、すでに来ることを前提に、こちらが答えやすい質問に変換して投げかけてくる。
さらには営業なのかも曖昧な言い方をしているところもさすがだ。
「応援させていただきたい」と言われると、「していただかなくて結構です」とは、常識的な人間には言えない。
「あの、営業でしたら結構ですが・・・」
「そうですよね。でも私共がお伝えしたいのは、そういったことではなく・・」
先方は慌てることもなく、話を続けようとしている。かなりの強者だ。
もう、これは強行手段でいくしかない。
「お話を聞くのは構いませんが、1分間で2000円ほど頂いております。それでも構いませんか?」
「2000円ですか・・」
「はい。税サは別で」
「失礼しました」
時間はタダではないのである。
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