珈琲屋がお客さんに味を説明するときに感じるジレンマについて
「判断ができません」
お客様がメニューをジッと見ている。
表情からは困惑の色が見てとれる。
「あの、すいません・・・」
やはりきたか!
「わからないので、教えていただけますか?」
それはそうだろう。
当店にはストレートとブレンド合わせて約20種類のコーヒーがある。
そして、メニューには生産国名が文字で表記されている。飲んだことがなければ、ブラジルだとかコロンビアだとかいった記号だけ見ても、どんな味か想像がつかないのは当然である。
ここで私は得意げに焙煎度について説明をする。
メニューは、浅煎り・中煎り・中深煎り・深煎りと4つに分けて表記されており、それぞれ大まかな特徴として説明することができる。
ここで重要なのは、焙煎度ごとの特徴はほとんどの人にとって共通認識ができる味の違いと、私が考えているというところだ。
簡単にそれぞれの特徴を説明する。
浅煎り お茶に近い濃度で柔らかい。酸味も弱いものを選んでいる。
中煎り 苦味は少ないが後半に柔らかな酸味を感じる。味に複雑さもある。
中深煎り 苦味も酸味も程よく、逆にどちらかが突出していることもない。適度な濃度感で一般的にコーヒーらしいと感じる風味がある。
深煎り 苦味があり、濃度もつけて淹れている。香りに香ばしさがあり、味は意外とシンプルに感じる。
この説明でお客様が納得して、飲みたいと思った焙煎度からコーヒーを選んでいただくといいのだが、まれに「じゃあ、この中深煎りの5種類のそれぞれの特徴を教えていただけますか?」と言われることがある。
そうなるとパニックだ。
「伝えることができません」
これは焙煎度ごとの違いに対して、同じ焙煎度のコーヒーの違いはかなり微妙なものになるからだ。
おそらく、この5種類を並べて順番に飲んでいけば、「違う」ということは認識できるだろう。しかし、この違いを言語化して相手に伝えるのは難しい。
ひとつひとつを何かに例えて説明してしまうと、まるで全然違う味のように受け取られてしまう。
中には特徴的な味のコーヒーもあるので、そういったものは例外として、語彙力で微妙な味を伝えるのは神業に近いと思っている。
ワインやスペシャルティコーヒーにありがちだが、かなり具体的に花やら果実やら形容詞などに味を表現して説明してくれることがあるが、だいたいは飲んだときに「う〜ん、そうなのかなぁ?」となってしまうのは私だけではないはずだ。
ワインであれコーヒーであれ、間違いなくそれはワイン味だしコーヒー味のはずだ。しかし、それでは相手に違いを伝えることができない。
そこで「なんとなくピーチを食べた時に感じるあれっぽさがある気がするな」から、伝えるときには「ピーチのような風味があります」になり、それを受け取った相手は「ピーチの風味がするコーヒー」になり、「そりゃおもしろそうだ。一度飲んでみよう」となっていく。
この壮大な伝言ゲームが完璧に伝わることはない。
そもそも「ピーチのような」と言ったところで、私と相手が同じイメージを持っているかも怪しいものだ。
「味覚ではなく、情報で味を知りたい心理」
なぜ人は先に味を知りたいと思うのだろうか?
そもそも味というのは味覚や嗅覚により感知する情報のはずだ。それを言葉という情報として知りたいというのは無理があるように思える。
考えられる理由としては、「失敗したくない」という気持ちではないだろうか?
せっかく、お金を払うのだ。好みの味じゃなければ後悔するのは間違いない。
しかし、これについては焙煎度の説明を聞けば、回避できると思っている。
アメリカンを頼んだつもりが、深煎りの濃いコーヒーが出てきたら「失敗した」となるだろうが、焙煎度の特徴を知れば大ハズレすることはない。
さらに同じ焙煎度のコーヒーの中から各特徴を知りたいという心理は、「判断する情報の不足」ではないだろうか?
生産国名という記号だけではフラットすぎて、その中から一つを抽出することができない。内心は「どれでもいいんだけど、どれでもいいから返って、どれにしていいかわからない」と感じているのではないか。
その証拠に私が「今日はこのコーヒーがイチ押しですよ」と言ったら、ほぼ100%そのコーヒーをオーダーしてくれる。
とにかく多くの中から一つを選び出そうと思えば、何か引っ掛かる突起のようなものを見出せないと難しいのである。
「まとめ」
お店のメニューを選ぶ場合、すべてのコーヒーを試飲してから決めるわけにはいかない。かといって、写真で見ても同じにしか見えないので視覚に訴えることもできない。
我々サービスマンは言葉を使い突起を並べ、どこかに引っ掛かってもらうしかないのである。
こういうとサービスマンは不毛なことをやっているように聞こえてしまうかもしれないが、決してそんなことはない。
やはり丁寧に説明をすることで商品や仕事に対する真剣さは伝わるし、それが伝わることで味も美味しく感じるようになる部分もあるだろう。
ただし、あまり誇張した表現は個人的には好まない。
具体的な「〇〇のような」という表現より、抽象的な「やわらかい」「しっかりとした」「まるい感じ」などを使うことが多い。
私の表現力が乏しいだけなのだろうか?
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