平行世界で同時計算する?神さまの計算機、量子コンピュータとは

今日取り上げる記事

日本経済新聞『米中、量子革命を主導 日本は脱落懸念も 中国、暗号関連論文は米の倍/米、超高速計算に巨額投資』


【記事の内容】

日本経済新聞は19日、量子技術における世界規模の覇権争いについて報じました。

国の基礎研究力を示す論文数では中国が米国を抜き一位に立ち、主導的な役割を果たしつつあります。

世界のあらゆる分野に影響を与える可能性のある量子技術領域において、日本は脱落の懸念があるとしています。


【神さまの計算機?】

次世代計算機である量子コンピュータに代表される量子技術は、産業革命やインターネット革命以上のインパクトを社会にもたらす可能性があると言われています。

この量子コンピュータは既存のコンピュータ(Classic computer、古典コンピュータ)とは根本的に異なる、まるでSFのような仕組みでできています。

その特徴は、その圧倒的な計算能力です。

今年7月、理化学研究所と富士通が開発したスーパーコンピュータ「富岳」が、計算速度などを競う世界ランキングでトップの座を奪い取ったことが話題になりました。

まさに科学技術の最先端であり、人類が到達しうる最高レベルの計算能力を持ちます。

しかし2019年、米Googleが開発した量子コンピュータは、当時最先端だったスーパーコンピュータの15億倍の計算処理能力を示し、世界に衝撃を与えました。既存のスパコンでは1万年かかる問題を、Googleの量子コンピュータは、わずか3分20秒で解いてしまったのです。

信じられないほどの計算処理機能を持つ量子コンピュータは、世界のあり方を、そして私たちの日常の風景を、一気にSFのような世界に連れ出してしまうでしょう。


【平行世界で計算する?】

イギリスの物理学者デイビッド・ドイッチュは、量子コンピュータを「同時並行に存在する複数の世界で、同時並行に計算するものである」と表現しています。

「並行世界」「多世界解釈論」といったSFで聞き覚えのある理論が、量子コンピュータの原理の根底にあるのです。

量子コンピュータを構成する量子技術のSFじみた仕組みにとは、一体どのようなものなのでしょうか?

量子とは、私たちの身の回りにあるあらゆる物質を構成する、最小単位のエネルギーや物質の粒のことです。

この量子には不思議な特性があり、「同時に2つ以上の状態をとる」という現象がそれです。

例えば2つの箱があり、そのうちの一つにスマホを入れて、両方に蓋をします。私たちの常識では、片方の箱にしかスマホは入っていません。

しかし量子レベルの物理法則においては、「どちらの箱にもスマホが入っている」という状態が起こり得るのです。
この量子レベルでの物理法則のことを、「量子力学」といい、この「どちらの箱にもスマホが入っている」という状態を、「重ね合わせ」と呼びます。

より詳しい説明は省きますが、この量子世界の摩訶不思議な法則を用いているのが、量子コンピュータです。

量子コンピュータの仕組みのより詳しい解説は、ぜひ下記をご参照ください。

日本経済新聞『分かる 教えたくなる 量子コンピューター』



【戦争が1秒で決着のつく時代に?】

人類が今の何億倍もの計算処理能力を持つコンピュータを獲得したとき、人類史になにが起こるのでしょうか。

おそらく最も早く実現し、世界を変えうるのはセキュリティ分野におけるインパクトです。

インターネット通信は、第三者に重要な情報を盗み見られてもわからないように、「暗号化」の技術が使用されています。

既存のセキュリティでは、古典コンピュータでは解読が困難な、複雑な因数分解の問題をベースにした「RSA暗号」が広く採用されています。

そんな強力な暗号でも、量子コンピュータの手にかかれば、あっという間に解読されてしまうと言われています。

もし既存の暗号が量子コンピュータの前に無力となってしまったとしたら、私たちがインターネット上で取り交わすあらゆるの情報が、量子コンピュータを保有する第三者によって容易に解読されてしまうという可能性があります。

国家の安全保障、行政、企業活動、そして個人の生活で取り交わされる全てのパスワード、テキストメッセージ、知的財産、秘密通信が情報漏洩のリスクに晒されることに繋がります。

さらに、量子コンピュータによる圧倒的な計算能力を駆使し、全く新しいサイバー攻撃の手法が発明されるかもしれません。

例えば、古典コンピュータには決して防ぐことのできない攻撃能力を有する量子コンピュータを駆使したサイバー部隊が、宣戦布告と同時に相手国にサイバー攻撃を仕掛けるとします。

すると1秒後には、相手国の全ての情報機器にハッキングを完了させ、核兵器のボタンや自律兵器(近年戦争に投入されつつある、ドローンやロボット)のコントロール権を奪取するでしょう。

量子コンピュータによりもたらされる計算能力の差が、そのまま戦争の優位性に繋がることになります。

この新しい戦争の形は、いまの国家秩序の在り方を根本的に変える可能性を秘めています。


【世界の支配をかけた競争の幕開け】

量子コンピュータはセキュリティ分野に留まらず、金融や医療、素材開発や生命科学など、あらゆる領域に至るまでインパクトを及ぼすでしょう。

産業革命を成し遂げた大英帝国、そして重化学工業革命、情報革命をリードしたアメリカなど技術革命を主導した国家が、過去200年以上に渡って覇権を握ってきました。

そして21世期、量子技術で先行した国家が世界の覇権を握る可能性が非常に高いと言えます。

世界で覇権を拡大しようと試みている中国は、1兆円規模で安徽省に開発拠点を整備するなど投資を拡大させており、論文数も世界一を誇っています。

GoogleやIBMといった量子コンピュータの主導的役割を果たすアメリカも、国家レベルでもエネルギー省傘下に5つの研究センターを設置。官民を挙げて開発を急いでいます。

欧州でもドイツを中心として2,500億円規模の投資を進めており、世界の覇権争いが一層激しさを増しています。


【相変わらず周回遅れになりつつある日本】

日本はかつて、量子コンピュータ開発では世界の最先端を走っていました。NECは1990年代から開発を続けており、世界で初めて量子素子・量子デバイスの開発に成功しています。

しかし今、日本政府は官学一体となった研究体制の構築を急いでいるものの、19年度と20年度に計上された予算はたったの100億円。

論文数では中国の4分の1以下にとどまっており、米中の巨額投資の前に早くも脱落の懸念が出てきています。

日本は製造業で産業の覇権を握った成功体験に囚われ、情報革命に完全に乗り遅れてしまいました。

1960年には新幹線を走らせ、世界初の製品を世界に送り出し、「Japan as No1」と呼ばれた国が、未だに役所ではFaxが使われ、世界に通用するIT企業は一社もありません。

次世代の革命の波は、量子コンピュータを中心に押し寄せてきています。

日本は技術大国として世界のトップ集団を維持する、最後のチャンスを棒に振った……。そんなふうに歴史に評価されることとなってしまうのでしょうか。

それとも、これを機会として科学立国の立場を取り戻すことができるでしょうか。

参考にした記事:

The Wall Street Journal『暗号を守れるか、量子コンピューター巡る世界競争』https://jp.wsj.com/articles/SB10016968069388204124204585346313955035730

The Wall Street Journal『グーグルが先陣、量子コンピューターの挑戦 化学や医療、安全保障も一変させる可能性』https://jp.wsj.com/articles/SB11009443625688484441304583457770704028886

日本経済新聞『量子技術 8テーマで拠点』https://r.nikkei.com/article/DGKKZO59767900Z20C20A5TJM001

TAKE IT EASY『量子コンピュータを活用したサイバー攻撃の脅威』https://easy.mri.co.jp/20190528.html


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