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『体育教師を志す若者たちへ』後記編 10   学校プールの管理は誰がするのか?  

 今年の5月、川崎市の市立小学校で、プールに水を入れる際に教員が誤って水を6日間にわたって出しっぱなしにしてしまい、気づくまでにプール6杯分の水を無駄に流してしまったというニュースがありました。問題なのは川崎市では教員に過失があったとして、損害額190万円のうち95万円程度を校長と教員に負担させたというのです。これに対して川崎市民から、そこまで教員に負担させるのは現在の教員の労働の過酷さや「なり手不足」から考えても問題だと抗議が殺到し、賠償請求の取り下げを求めるオンライン署名まで行われたようです。
 この問題は体育教師を志す若者たちにとても大事な問題です。そこで学校のプール管理は誰の責任で誰が行うべきなのかということを私の経験からお話ししたいと思います。

 プール管理は誰の仕事か?

 私はこれまで何度か日教組の教育研究全国集会に長野県の代表として参加させていただきました。教研集会の各分科会ではレポート発表だけでなく、休み時間に他県の先生方と様々な情報交換をします。ある時、水泳の着衣泳のことが話題になりました。その時ある先生は、うちの学校はプール管理を校長がしているから水が汚れる着衣泳は校長の許可がないと簡単にはできないと話しました。プール管理は体育教師が行うことを当たり前に考えていた私は驚きました。その先生の県は組合の強いところでした。着衣泳が自由にできないのは困るけれど、教員は授業や生徒を指導することが仕事なのだから、プール管理は教員の仕事ではないと言われれば確かにそうだと思いました。
 「プール管理は教員の仕事ではない」、それは私にも思い当たる節がありました。私の父も教員でしたが、私とは方向が違って教職員組合には最後まで入らず、管理職への道を歩んで校長にまで登りつめて退職しました。その父がある中学校の教頭をしていたとき、夏休みに私が実家に帰ると父が毎日学校へプールの様子を見に行っていました。当時高校生だった私は、なぜ体育教師でもない父が毎日プールを見に行かなければならないのかと思いました。その地域は組合が強く、父は教頭として校長と教職員組合との間に立って苦労していたようです。世の中のことも組合の事も知らなかった当時の私は、子ども心に組合は父をいじめる悪い人たちだと思っていました。しかし自分が教師になって組合に入り、教研集会で他県の先生からプール管理の話を聞いたとき、確かにこれは教員の仕事ではないことに気づかされたのです。   

 私のプール管理業務の闘い

 そうは言っても長野県内ではどの学校もプール管理は現在教員(特に体育主任)の仕事になっています。私もずっとそれをしてきましたが、本来教員の仕事ではないという意識はその後持ち続けて来ました。そのことが退職まで勤めた最後の中学校に赴任したとき、大きな闘いに発展しました。
 私がこの学校に赴任して驚いたのは、毎年6月にプール掃除をして新しい水を入れるとき、水不足の心配から給水時間を午後9時から翌朝の6時までと定めていたのです。これは市内のどの小中学校も同じで給水には3~4日くらいかかりますが、その期間は午後9時まで学校にいて給水を開始し、翌朝6時には来て水を止めなければならないのです。たった3~4日間とはいえ、日々長時間労働を強いられている教員にとっては過酷です。   
 市の教職員組合でもそのことは以前から問題になっていました。しかしこの地域の組合は組合の役員をすることが管理職への大事なステップになっていて、執行委員長経験者の多くは校長になっていました。本来の組合であれば考えられない、いわば「御用組合」なのです。組合員の要求をもとに市教委との交渉はしますが、無理だと言われればそれ以上は闘おうとしません。あまりにも不条理なプール給水業務です。私も組合員ではありますが、この地域の組合は頼りにならない。これは私ひとりでも闘うしかないと思いました。

 学校では毎年1回、県教委の主幹指導主事学校訪問があります。学校職員の勤務の状況、諸帳簿の確認、子どもたちの様子の視察がその主な内容です。その際、職員から県教委への質問や要望も受け付けます。しかしながら今から20年ほど前までは、「お上のご来校」といった1年間で最も大事な「偉い方をお迎えする日」でした。その日を迎えるのために校長や教頭はかなり気を遣って学校施設環境を整えようとします。それを出世願望の強い教員がこのときとばかりに支え、掃除を行き届かせて「お迎え」をしようとするのです。主事の教室訪問に向けて教員は本来不必要な学習指導案まで事前に用意しておかなければなりませんでした。この日が近づいてくると教員ひとり1人がどっちを向いているのか見えてきてしまう、私にとってはそんないやらしい日でした。それが県の教職員組合を中心とした自覚的組合員による闘いの過程で、学習指導案は出さなくてよくなり、「上の方に見ていただく日」から、「上の人が『授業中申し訳ないが教室の様子を見させていただく』と言う日」に変わり始めていました。わたしはこのプール給水問題で、まずはこの主幹指導主事訪問の際に闘うべきだと考えました。
 県の主幹指導主事学校訪問の際には市の教育委員会事務局と教育長も同行します。私は事前に教頭を通してプールの給水問題についての要望を出しておきました。その回答の際、主幹指導主事は具体的な管理責任のある市の教育長に回答を振りました。教育長は例年通り、市民への水道水供給に支障があってはならないので、水道局との話し合いで午後9時~午前6時までとしている。これは変えられないので職場内で仕事を分担するなどして対応してほしい、と例年通りの回答しかしません。仕事を分担しろと言われても、別の先生に「夜9時までいてください」とか「朝6時に来て下さい」と仕事を頼めるでしょうか? 法令に則って勤務時間が守られている職場なら、そして手当でも出るのなら、仲のいい先生に「たまにはお願い」と頼めるのかもしれませんが、多くの先生方が日々過労死ラインぎりぎりの超過勤務となっている中学校現場です。体育主任の私が抱えるしかないのです。
 私は教育長に食らいつきました。そして業を煮やした私は最後に、「出るところに出て訴えますが、それでもいいですか?」と啖呵を切りました。それに対して教育長は平然として「どうぞ」と言ったのです。これには驚きました。組合も教育長の手の内に入っている地域です。自信があったのかもしれません。私はそう言われたからには後には引けない。やらなければならないと思いました。 
 
 教育長から「訴えていい」とお墨付きをいただいたのです。私はまず労働基準監督署へ訴えの手紙を書きました。しばらくして連絡が来ました。私が不見識だったのですが、労働基準監督署は民間企業の労働問題を扱っているとのことで、教職員は県から給与が出ているから県の人事委員会へ話してくれと言われてしまいました。そこで私は県の人事委員会へ同様の手紙を出しました。またしばらくして連絡がありました。今度は、教職員の給与は県から出ているが、採用しているのは市で辞令も市から出ているとのこと。市には「公平委員会」というのがあるからそこへ話してくれと言われてしまいました。たらい回しの感じがしてきましたが、めげずに市の公平委員会宛にまた手紙を出しました。公平委員会という組織があること自体私は初めて知りました。
 ここでもう半分諦めかけていたのですが、市の公平委員会はすごいことをやってくれました。まず連絡があり、これから調査をしたいので2カ月程待ってくれと言われました。2ヶ月余り経って連絡が来ました。その間に公平委員会は何をしていたかというと、全県の市町村に連絡を取って学校プールの給水時間を調べていたのです。そして、どの市町村も昼間の時間帯に給水しており、夜中だけ給水させているのは私の勤務する市ともう一つの2市以外にないことを突きとめてくれたのです。
 私は、プール管理は教員の仕事ではないにもかかわらずこんな遅くまでプール給水管理をさせるのはおかしいと訴えたのですが、公平委員会は次のような回答をしてきました。私の意に反して、プール管理は授業準備の一環として捉えるべき教員の仕事であると。しかしそうであるからこそ、その授業準備の一環としてのプール給水業務は勤務時間中に行われなければならない。そして何と、この観点から公平委員会は市の教育委員会と水道局に対して、プール給水業務が教員の勤務時間中に行われるよう「改善命令」を出してくれたのです。これは「命令」であり、強制力を伴うものでした。

 その後市教委と水道局の間でどんなやりとりがあったか分かりません。新年度になり、プール給水に向けて水道局から学校に連絡がありました。プールの給水開始と数日後の止水の時刻は教員の勤務時間内に行う。給水開始時に水道局の職員が立ち合うから、希望日時を知らせるようにとの通知が来ました。私は希望日で空き時間にプールへ行ける時刻を指定しました。水道局の職員の方が来ました。その方の見ているところでバルブを開けながら流水量を調整し、この程度ならいいでしょうという許可を得て給水が始まりました。そして3日後の止水の連絡は勤務時間内の電話連絡だけで済みました。
 

給水開始時の水量を市の水道局の方と確認して給水スタート

 この方式が始まって、これまで水道局が言っていた、「昼間プール給水をすると市民の水道給水量が確保できなくなる心配がある」は払拭されていきました。各学校がプールの給水予定日を水道局へ事前申告し、水道局が他校と重ならないように調整をすることで昼間の給水が可能になったのです。始まって数年間は私も心配しましたが、問題は何もありませんでした。初めて水道局の方がプールに来た時、私はいやな顔をされるのかなぁと心配していましたが、そんなことも全くありませんでした。
  
 これには事後談があります。この年から市内の全小中学校のプール給水業務が夜中から昼間の勤務時間内に変わりました。翌年の市の教職員組合総会の時です。長年組合でも要望してきたプール給水業務がなぜ急に改善されたのか、フロアーの組合員から質問がありました。それに書記長が答えたのですが、要領を得ません。自分たちは何もしていないからです。にもかかわらず、そのうち組合の成果であるような話しぶりになってきました。それは違います。私が挙手して事の詳細(上述の内容)を丁寧に説明しました。発言時間をオーバーしてしまいましたが、会場の組合員は静かに聞き入ってくれていました。そして私の発言が終わると、満場の拍手が起こりました。闘うべき時は闘わなければならない。これは私の組合活動の大事な思い出のひとつになりました。

 漏水事故を起こさないために

 市の公平委員会からは、プール管理業務は授業準備としての教員の仕事だと言われてしまいましたが、私はやはり教員の仕事ではないと考えています。しかし現在の学校現場の実情から考えれば、教員(特に体育教師)がせざるを得ません。そこを放棄してしまったら校内の誰かがやらざるを得ないのだし、職場の人間関係がぎくしゃくしてきます。体育教師がしなければその仕事は中間管理職としての教頭がせざるをえなくなるでしょう。教頭の仕事は我々以上の激務です。したがって私はプール管理業務をずっとやってきました。シーズン前のプール掃除と給水。水泳が始まれば毎朝の気温、水温、塩素やPHの測定と記録。塩素などの薬品の投入。浄化槽の点検など。安全に関わることなので気を遣うことはたくさんあります。  
 しかし、わたしは、「プール管理業務は本来教員の仕事ではない」という考え方をとることによって、逆に事故やミスなくうまくプール管理をしてこられたように思います。なぜなら、プール管理の責任は教頭や校長にあると考えているので、プールの状況についてできるだけ教頭や校長と連絡を取り合うようにしてきたからです。学校の水道関係は学校に勤務する管理技術員(または校務手、地域によって呼び名が違う、学校施設環境を日々整える仕事をしている方)が日々漏水事故が起きないように点検しています。何かあればそこへ責任が行くので、私は、「水道水を使わせていただく。元栓の開け閉めをさせていただく」というスタンスで仕事をしてきました。


 プール掃除では排水の一週間前に大量の塩素を投入して菌を死滅させておくと、少人数、短時間で掃除ができます。ただし、排水の際に塩素が消えていることを必ず確認します。        

 長野県のような寒冷地では、冬期の凍結防止のためにプールにはいくつもの「水抜き栓」があります。冬に向けて大元の元栓を閉めてからその先の水抜き栓をすべて開けておかないと凍結によって水道管が破裂する恐れがあります。逆にシーズン中のプール使用時には、ひとつでもその水抜き栓が開いていると漏水し続けて大変なことになってしまいます。私はこうした業務は本来自分の仕事ではないと考えるからこそ、元栓を開ける時、シーズン終わりに締めて水抜き栓を開けた時などには管理技術員や教頭に連絡し、その時の水道メーターの数値も記録して報告できるようにしてきました。
 県教委からは毎年プール浄化槽の吸込み口の調査がきます。現在では吸込み口の写真も撮って書類に添付するようになっています。長野県内では過去に吸込み口に吸い込まれそうになって中学生が亡くなるという事故があったからです。この書類も教頭が責任もって作成することになっているので、私はプール掃除の度に教頭にプールに来てもらって一緒に点検、確認してきました。こうした行動によって、何かあったらその責任は校長や教頭に行きますよということを自覚してもらうようにしていくのです。

 プール管理の様子や水泳授業の様子は管理職がよく知っているので、私の水泳授業への熱意もよく理解していただいてきました。市内のほとんどの学校が水泳は一学期のみとなっていったなか、うちの学校だけは夏休み中の補習や夏休み後2週間まで水泳授業を続けてきました。水泳授業を2学期初頭までするということは、水道料金や薬品代がかなりかかります。ある時市内の校長会でうちの校長が他校の校長から、「そんなに水泳の授業をする必要があるのか?」と言われたことがあったそうです。するとうちの校長は憤慨して水泳授業の大切さをその校長に説いたとのこと。校長会から帰ってきてそんな話を私にしてくれました。水道料金や薬品代を負担する教育委員会にも同様の話をつけてくれていました。そのおかげでコロナ禍後もこれまでと同様に二学期まで水泳授業ができるようにしてくれました。

 水の出しっ放し問題は市の責任と考えるべき

 学校の水道水のことは日々学校の管理技術員がいつもチェックしているし、何かあれば教頭に連絡しています。その水道水をプールで使う場合は体育科教員がそれぞれと連絡を取り合って進めます。こうした連携が取れていれば、川崎市のように6日間も水道水を出しっ放しにするということは起こり得ないと思います。それを知らないでいた校長や教頭は、プール管理は体育科教員の仕事であると考えて自分の責任であるという自覚が無かったのではないでしょうか。
 そして川崎市の市教委や水道局にも責任があります。私の市ではシーズン始めのプール給水の際に計画書を市教委を通して水道局に提出しますが、給水中にトラブルがあった時に24時間連絡がとれるよう対応できる学校職員の緊急連絡先を書くようになっています。私は自宅が市外なので、市内に住む管理技術員の方にお願いして万一水道局から夜中に連絡があった時(普通はありません)に対応していただけるようお願いしておきました。水道局では市内の給水量を24時間チェックしていて、異常な給水があればすぐに対応するようにしているのです。漏水というのは市の大きな損出になるということを自覚しているからです。
 川崎市の場合も水道局がそうした対応をとっていれば、6日間もプールの水が出しっ放しにしなっているという異常事態に気づけたはずです。それは漏水事故として市の責任といえるでしょう。どこがて水道管が破裂していたとしたら、6日間も気づかずに放置していたでしょうか。そう考えてみると、今回の事故は体育教師以外の水道管理者がきちんと仕事をしていれば防げたはずです。

 私が昨年の春に退職してから、6月に教頭から電話が掛かってきました。プールの給排水の時期になったが、プールの水道関係のことが分からないので教えてほしいという電話でした。私はもう1人の残った体育教師に全て教えてありました。しかし本人はその自覚がなく、1年経ってすっかり忘れてしまっていたようでした。教頭は自分の責任として私に電話してきたのだと思います。私は、「これから学校に行って説明してもいいですよ」と言いましたが、電話でいいからと数ある水抜き栓の位置など細かく聞き取り、対応しようとしていました。私は申し訳ないなあと思いつつ、教頭の責任感を有り難く思いました。

 最近の日本中の学校プールの状況として、管理が大変だから、水泳指導が大変だからと、校外の民間プールを借りて水泳指導さえ委託しようとする動きが出てきています。プール管理が大変でお金もかかるから、水泳は1学期だけにして夏休みのプールもやめにしようという動きもかなり進んできています。これが教育の専門家であるはずの体育教師の口からも出てきており、あまりにも情けない話だと思います。夏休み中であっても平日は教員の勤務日です。必要であれば水泳の補習なども大いにやるべきでしょう。その仕事は土日の休日に部活動をするのとは訳が違います。「働き方改革」の主旨を取り違えています。

 今年の夏も日本中で水の事故がたくさんありました。学校教育として、どんな水泳指導が必要なのか。そしてそのために何をすべきなのか、体育教師は真剣に考えているでしょうか。水泳嫌いが多く、見学者が増えてしまうからという理由で水泳を選択制にしている学校が多くあります。なぜ水泳嫌いになってしまったのでしょうか。それは誰もが泳げるようになり、水泳の楽しさを味わっていけるような授業をしてこなかったからではないでしょうか。
 器械運動などと違って水泳は大人になってからでも習得が可能です。金づちで全く泳げないという大人でも、第2章で示したような指導法をとれば確実に泳げるようになります。とすれば、高校であっても生徒の実態に応じて水泳を必修にすることも考えるべきではないでしょうか。「生徒の実態」というのは、泳げない生徒が多いという実態です。選択制の本来の主旨は、どの運動もある程度できるようになっている段階で、それ以上の深まりを追究させていくためにあるものです。みんな水泳が好きで泳げるという実態があるのなら選択制をとることもいいでしょう。

 「私の仕事は水泳の授業でみんなが泳げるようになり、水泳好きな生徒たちをたくさん育てていくことだ。そのために日々研究をしている。従ってプール管理は私の本来の仕事ではない」と堂々と言える体育教師になってほしいと思います。 

 

 夏休みの水泳補習(希望者が参加)。授業で見学した生徒、水泳の苦手な生徒が毎年たくさん参加してきた。                                      




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