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【Perfect Ends】第二話
「Black Side!氷見岬!」
実況の声と共に目の前の通路が明るく照らされ火柱が登る。何万人という観客がいて、何千万という賞金がかかっている。あまりにも大きな舞台。
視界がぐらぐらに揺れ、真っすぐ歩けているか分からない。それでも巨大なディスプレイの上にたどり着いたときには、緊張も戸惑いも嘘のように消えていた。
「Red Side!」
目が覚めるといつもの天井が見えた。まだ鳴っていない目覚ましを止める。
久しぶりに嫌な夢を見たな。机の上のライセンスカードに触れる。No.13 氷見岬と書かれたそれは、少しホコリをかぶりはじめていた。
数か月前まで僕はあるゲームのプロだった。一企業がライセンスを発行しているだけだが、それでも何十万いるプレイヤーたちの頂点の24人の証。そして、その24人のなかでの頂点を決める大会のFINALがあの会場、フューチャードームで行われるはずだった。たった4人のみが得られるFINAL進出権を勝ち取り、いよいよというところで事件は起きた。
最初はAIがゲームを完全に解析したらしいという話だった。完全に解析したとしても非完全情報ゲームだ。先手必勝などの結論が出るわけでもあるまい。そう高を括っていた。だがそのAIがだした結論はもっと残酷だった。
このゲームに意味はないといったのである。何のことはない。どんな手札が来ようとも、どんな展開になろうとも大技を狙わず、シンプルな殴り合いを続けることが最善であり、今まで考えられていた駆け引きなんてものはなく、どんなカードを引いてくるかだけで勝敗が決まる。という結論だった。
運営は急遽のバランス調整に追われることなった。大会も延期し、調整も上手くいかず、負債が嵩んだ運営会社は部門ごと切り捨てた。そのままこのゲームは崩壊した。全てを失った感覚だった。
ライセンスを丁寧に拭いた後、元の位置に戻す。
「起きたの?」
彼女の声がする。昨日、麻雀を教えて欲しいと言った結果、本日朝から強引に予定を入れられてしまった。逃げられないようにお泊りになったという運びだ。
彼女はベッドからずり落ちるように起きると頼りない足取りで洗面所に向かう。低血糖の彼女は朝が弱い。お泊まりで朝食を作るのは大体自分の役目だ。今日は昨日の疲れがまだ残っているので簡単にパンとサラダだけだが。
「今日はどこに行くの?」
焼いたトーストをほおばりながら聞く。自分はジャムとマーガリン。彼女はマーガリンの上からハチミツをふんだんに塗りたくっている。
「知り合いがやってる麻雀ができるお店。いいところだよ」
パンの端からハチミツをぽたぽた落としながら喋る。
朝食の片付けを終え、準備の遅い彼女を待ちながら、予習みたいなことをする。麻雀牌は34種が各4枚の計136枚。赤が基調の漢数字で書かれてる一連の牌が萬子、黒が基調の円形の物体の数で1~9を表しているのが筒子、緑が基調竹が並んでいるのが索子、そのほかに東西南北が書かれた奴と三元牌と呼ばれる7種の字牌がある。
役の一覧を見ていると、しょっぱなから読めないしリーチしか分かんなかったので慌ててページを閉じた。これ覚えるものなのか?
「準備できたよー」
春物の白色のワンピースを着た彼女がこちらに向かって手招きする。
店に入ると麻雀卓が並ぶホールとお酒が並ぶカウンターというなんとも不思議な空間が広がっていた。
「ゲームバーの麻雀版と考えるとそこまでおかしくはないか」
彼女に連れられ、奥のドアを開けると、まあまあな広さの空間に麻雀卓が1つ置いてある個室だった。卓も壁も落ち着いた色で統一され、雰囲気はとてもいい。彼女の対面に座り、始めて卓にふれる。
「どう、いいところでしょ」
卓の向こうから、彼女が微笑んでくる。
「いつかデートで連れてこよってずっと用意してたでしょ」
デートで来るのにおあつらえ向きの雰囲気だ。もっとも、本来2人向けの空間ではないのだろうが。
「ここは夜は麻雀barなんだけど、昼はお酒飲めないかわりに、安く卓を貸してくれるの。まあ私も麻雀プロですし、個室じゃないとファンの人とかにばったりとかあるからね」
僕の彼女、葉月雪咲は麻雀のプロだ。高校生プロデビューとあって、麻雀ファンからの知名度もそこそこあるはずと思っていたが、Broadvertをやっていないし、フューチャードームで声もかけられてなかったので意外と人気ないのかもと心配になる。
「じゃあ早速、始めるよ」
彼女がボタンを押すと、卓から牌の山がせりあがってきた。
「今手元に出てきた13枚が手牌。最初に配られた手牌を配牌って言うよ。こういう風に立てて、相手に見えないようにしてね。真ん中にあるのが山だね。正式にはピーパイって言うんだけど」
と言いながら、ロの形になっている山の途切れた部分を指さして、
「ここから順番に1枚ずつ持ってくる、そして」
もう1つの途切れた部分から、14枚を山から切り離して、残った部分の終わりを指さして、
「ここまでは持ってくることができる。この残りの14枚はワンパイと言って基本的には触れない牌たちだよ」
そう言うと、にやりと笑ってこう続ける。
「それじゃあ私と勝負ね。この前言った形、4面子1雀頭のあがり形を目指してみて。先にあがった方の勝ちだから。今回はあがりまで1枚になったら絶対リーチする縛りね」
急に捲し立ててくる。
「ちょっと待って、早い早い、いきなり対決?」
「安心してちゃんとハンデはあるよ。私は3巡も待ってあげるから。ほら、どうぞ」
とりあえず山から牌を持ってくる。
![](https://assets.st-note.com/img/1719817259209-EiDfWYAKiY.png)
面子は2,3,4の萬子で1つできている
「まずはこの辺なのかな」
東を切って、次持ってきたのは索子の3。これで索子は1,2,3の面子ができた。緑色の読み方分からない字牌を切る。次は8の筒子。これは雀頭か、あと1枚同じのが来たら面子になるのか。色々こんがらがってきた。とりあえずいらなそうな9の索子を切る。
「うん。なんか良さそうな感じだね」
そういって彼女も動き始める。おぼつかない自分とは違って綺麗で滑らかな所作だ。手先を自然に眺めてしまっているうちにあっという間に自分の番が回ってくる。忙しい。
結局3戦やっても一度も先にあがることができなかった。
「うーんそうだね。ちょっと刻子系を意識しすぎかな?」
「コーツ系?」
「同じ模様のものが3枚ある面子を刻子って言うんだけど、その手前、2枚同じものがある状態を残しすぎっていう感じ。順番に3枚並んでいるものの方を順子って言うんだけど、そっちが多く出来上がるように意識した方がいいかな。雀頭も1個あれば十分だしね」
自分の手牌の該当する部分を、ちょんちょんと触りながらそう言ってくれた。
4戦目はさっき言われたことを意識して手を組んだ。
どちらからもなかなかリーチがかからないが、ついにリーチをかけることに成功する。待ちは3の筒子。ほどなくしてツモあがる。
彼女は開かれた自分の手牌を見つめると、怪訝そうな顔をした。
「どうしてカン3ピン待ちにしたの?」
リーチで切った4の筒子を僕の手牌に戻しつつ、2の筒子を場に捨てる。
「こうしておけば2と5の萬子と4ピンと3種類の牌で待てるんだけど、それには気づいてた?」
「気づいてたけど、2の萬子も5の萬子も4の筒子ももう山にほとんどないでしょ」
5の萬子は自分の手の中に3枚、彼女の捨て牌に1枚、4の筒子は自分の手牌に2枚、彼女の捨て牌に1枚。対する3の筒子は1枚も捨て牌にない。
「2の萬子はまだ山に4枚あるかもしれないよ?」
「そこの3枚」
僕は彼女の手牌の右端の3枚を指さす
「2の萬子でしょ?」
一瞬彼女がドキッとしたような反応を見せる。
「なんでそう思うの?」
「6巡目に切られた3の萬子は右から3枚目にあって、持ってきた牌は右から1番目に入れられた。それ以降右端の3枚はノータッチだから、その3枚は2の萬子以外ありえない」
「そんなの分からないかもよ。綺麗に順番通りに並んでいるとは限らないからこの3枚が3萬の近くじゃないかもだし、綺麗に並んでいても、1,2,3っていう形が残っているかもしれないよ」
「ありえない。この4局ずっと手牌の順番は右から萬子筒子索子字牌で並んでいて、必ず数字が小さいのが右側だった」
「よく覚えているね」
「そして、すでに面子が完成している部分の牌を持ってきて、それが要らないものだったら、必ず持ってきた牌ではなく、手牌の中にある同じ牌を切っていた」
15巡目に捨てられた3萬を指さしながら。
「この牌は持ってきたのをそのまま切っていたから、手牌の中に1,2,3の形は残っていない」
彼女はしばらく黙りこくると、少しかすれて震えた声でこう聞いてきた。
「私の1戦目の配牌の形は分かるの?」
「2の萬子、4の萬子が2枚、5の萬子、筒子が3,4,5,6で索子は1が2枚と5と9が1枚ずつ。あと緑色の字牌が1枚」
彼女の瞳が揺れた。
「切ったタイミングは?」
「緑色の字牌が1巡目、索子の1が3巡目。萬子の5を6巡目に切っていて、このタイミングで別の萬子の5を引いてきていた。筒子の6が7巡目でそのときにリーチ。あとは全部あがり牌に含まれている」
「捨てられた全ての牌をいつ引いてきて、手牌のどこにあったものかも覚えているの?」
「うん」
「それはすごいなあ」
ボソッとつぶやき、彼女は新たな勝負を提案してきた。
「次は本来いるはずの横の2人に最初から捨て牌が17枚並べられている状態でやってみていい?今までとは違って18巡で山がなくなるから注意だよ」
そういって、山から牌をごっそりとって横に並べていく。さっきまでと得られる情報が段違いになった。
そしてこの勝負では1度も彼女に負けることはなかった。
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