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心の損益分岐点

【損益分岐点】
売上高と費用の額がちょうど等しくなる売上高または販売数量を指す。
前者を損益分岐点売上高といい、後者を損益分岐点販売数量という。
売上高が損益分岐点以下に留まれば損失が生じ、それ以上になれば利益が生じる。このことから採算点とも呼ばれる。

ざっくりいうと、儲かるか損するかの境目(トントンになる売り上げ)を表す数字のことです。

これが低いということは利益が出やすく、高いということは利益が出にくいということになります。


ではどうするれば利益が出やすくなるのか?

単純に売り上げを伸ばすか、それともコストを減らすかです。

お店を維持するためには最低でもこの損益分岐点よりも売り上げがなければいけません。

当然ですよね(笑)

そのために経営者の方というのは日々頭を悩ませるわけです。


僕も自分の【幸せ】の損益分岐点についてちょっと考えてみました。


幸せは価値観なので損益とは言わないでしょうから、別の言い方をすると、幸せと感じるか不幸せだと感じるかの境界線について自分を振り返ってみたという話です。


先ほどのお店を維持するということを生きることと定義すると、不幸が続くと倒産=死にたくなると思います。

一方で利益=幸せが続けばずっと明るく生きていけるということになります。


ただ、問題なのが不幸せの定義はある程度具体的にできるものの、肝心の幸せについての定義が僕はあいまいなのです。


上を見ればキリがないとはよく言ったもので、僕自身あまり欲のない男だと思ってきましたが、承認欲求や物欲に関しては人一倍強いことがわかりました。


結構欲深いかまってちゃんなのです(笑)

そしてそれらの欲求ってある程度お金で手に入るものなんですよね。

やっぱり世の中金か?

なんてそれにもちょっとがっかりしました(笑)


本音ではやっぱり僕もお金なのかなってね。


ただ、以前にも書きましたが、いつか子供食堂みたいなことがやってみたいという気持ちもまだあります。

目の前の子供たちに温かいご飯を食べさせてあげたい。

ひとりでご飯を食べている子供たちにみんなで食べるとおいしいよということを伝えたい。

ですが、まだ一度も実現させたことがありません。

もっというとそういった団体さんに寄付すらしたことがありません。


言い訳にしかなりませんが、それより先にやらなくてはいけないことがあったからです。(という理屈で避けてきただけかもしれません)


まだ僕には心の利益(幸せ)が足りないからなのかなって思いました。


まだ分けてあげられるほど持ち合わせていないというか。


もしかしたらその発想が逆なのかもしれません。


子供食堂をやることで自分の幸せが手に入るということも考えられます。



心の損益分岐点を下げるためには幸せを増やすのか?それとも幸せのハードルを下げるのか?


いずれにせよ、まずは現状の損益分岐点がわからないうちは対策のしようがありません。

自分にとっての幸せだと思う位置、不幸せだと思う位置。

それが高いのか低いのか。


やっぱり最低でも“自分は幸せだ”と思えなければそういった活動は続けられませんし、自分の時間やお金を誰かにのために分け与えようとは到底思わないでしょう。


まだ足りないまだ足りないと自分で思っているうちは視野もどんどん狭くなります。


そしてこればかりは数字にして表すことができません。

その時々の価値観によっても大きく左右されます。



決して困っている人を助けたいだとか、自分が与える側の人間になりたいなんて大そうなことを思っているわけではありません。

ただ、仕事とは自分のスキルを通じていかに社会に還元したり貢献できるかだと思っているのは確かです。

そのためにはお金なのか、時間なのか、あるいは影響力や人脈、アイデアなのか…


一度ゆっくりと自分自身を棚卸ししてみる必要があるなと思う今日この頃です。

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