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エクストラクト・コーヒー

今回の短編は、一日にコーヒーの摂取上限を超えた時に、頭に浮かんできたフィクションです。

良ければ一読ください。
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「エクストラ・コーヒー。
 直訳すると余分なコーヒーよね」と彼女は言った。
「エクストラクト・コーヒーじゃないの?」とビーが言った。
「どっちにしても、何かしら抽出された特別なコーヒーなんだろうな」と僕は言った。

 いつものように、僕達3人はカフェへ行って、おのおの適当な話題について語り合った。

 注文はいつも僕からだった。
「今日はアメリカンにするよ」
「私はカフェラテにする。ビーはどうするの?」と彼女は言った。
「私はエクストラクト・コーヒーにするわ」とビーが言った。

 彼女は少し驚いたようだった。
 僕も正直驚いた。

「今日はカフェモカじゃないのか?」と思わずビーに聞いてしまった。
「今日はカフェモカじゃないの」とビーは機械的に僕の言葉を繰り返した。
「まぁ、いいじゃないの」と彼女は言った。

 いつものテーブルに、僕達3人はおのおの飲み物を持って移動した。

「今日は二人に相談があるの」とビーは 席に着くなり言った。
「どうしたんだ?」
「私、来月からメキシコに行くの」
「え...」と彼女は驚いて口を覆った。
 それは、僕からするといつもの風景のようだった。

 でも、そうではなかった。ビーによると、一緒にカフェへ来れるのも次が最後かもしれない、といことだった。
「メキシコへ発つ前にいろいろと準備があるの」とビーは言った。
「メキシコは、日本とは文化も人も全く異なる国なのよ」と彼女は言った。
「出張だからしかたないの。
 それに、実はメキシコはずっと行ってみたかった国なのよ」とビーは明るく言った。

「メキシコの通貨はペソだよね」と僕は言った。
「首都メキシコシティ。
 日本円からペソへの両替は空港の近くでしかできない」と彼女は言った。
「そうね。
 だから、米ドルをたくさん持っていく必要があるわ」とビーが言った。

「米ドルを持参した方が便利なんだ」と僕は納得した。
「観光地やホテルでは、米ドルでの支払いもできるし、圧倒的に米ドルが便利よね」とビーが言った。
 彼女は頷いてから、言った。
「私にいい考えがあるわ」
「なんだ、いったい」
「私の伯父は昔からメキシコを仕事で行き来してるの。
 だから、伯父なら日本円から米ドルを破格で両替してくれると思うわ」と彼女は言った。
「ほんと?それはとても助かるわ。
 私、メキシコに行ったらテキーラを送るわ」とビーは言った。

「そういえば、メキシコシティの標高は2000メートルくらいなんだよな。
 平地に比べ酸素も少ないし、向こうでテキーラなんて飲んだら大変なんじゃないか?」と僕は言った。
「高山病の方が心配よ」と彼女が言った。
 ビーは少し自分の頭を押さえてから、「大丈夫よ」とつぶやいた。

 高山病の症状は、頭痛、吐き気、腹部膨満、動悸、息切れ、倦怠感、不眠など多岐に渡る。
 正直言って、普段から偏頭痛もちで、肩こりのひどいビーが標高2000メートルを越えるメキシコシティで、大丈夫というイメージは持てなかった。

「現地に到着したら、まずは体を慣らすことを優先し、無理に動き回らないで水分を多めにとった方がいいな」と僕は言った。

「ビーは大丈夫よ。
 ただ、普段のように大声を出したり、笑いすぎたりすると、呼吸が浅くなるから駄目よ。
 滞在中は、できるだけゆっくりとした動作を意識しなきゃいけないわ」と彼女は言った。
 ビーはいつになく悲し気だった。

 僕にはビーが悲しい訳がわかる気がした。
 あくまで、『気がする』という深度で。

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