生学金。
今回は、奨学金を受けていたが、実際借金だったことに今更思い当たって書いたフィクションです。生学金なんてものがあったらいいな、と思います。
良ければ一読ください。
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面接は30分だけ、と言われた。
短いのか、長いのかよくわからないが、とにかく30分間は集中して話を聞かなければならない。
彼の声はとても独特だった。
鼻にかかるような声、あまり唇を動かさない、そんなしゃべり方だった。
「えーと、こんにちわ。
今回はご応募ありがとうございました。
じゃあ、まず自己紹介からお願いします」と面接官は言った。
「沖カズと申します。
24歳です。
大学を今年の春卒業しまして、株式会社をやっておりました。
主な業務はサンマをみりんに潰けて、天日干しをする工程の管理しておりました。
部署は企画営業部でした。
製品管理に加えて、営業を担当しており、一日200件~300件の電話営業を行っておりました。
趣味はランニングです。
休日は海岸沿いを10キロほど走りに出かけます」
「ありがとうございます。
ほかに、趣味はありますか?」
「他には、ロッククライミングをします。
島に良い絶壁があるんです。
東の海岸です。
行かれたことはありますか?」とカズは聞いた。
「いいえ、ありませんね。
ロッククライミングとはすごいですね。
もう長いんですか?」
「初めて1か月です。
現在、転職活動をしているのですが、時間が空いたので始めました。
でも今ではほとんど毎日通います」
面接官は少し沈黙した。
カズの言葉に何か異質な雰囲気を感じたのだ。
カズは続けた。
「岩を体でホールドしたことはありますか?
あれは本当に気持ちいいんです。
岩全体に体をゆだねると、岩の裏の隙間の空気まで感じることができるんです」
「岩ですか...」
面接官はどうこたえるべきか、迷った。
これ以上ロッククライミングの話を聞いても何も収穫がない気もした。
「趣味のほかに、休日は何をして過ごされていますか?」と面接官は聞いた。
「特に何も...
ロッククライミングにはまってしまって、岩のことを毎日考えています。
岩の声を聴いたことはありますか?」とカズは思い切って言ってみた。
「いえ、ありません。
声が聞こえると...」
面接官は、これ以上の面接はムリかもしれない、と思った。
カズは少し言い過ぎた気がして、少ししょんぼりとした。
やはり、誰かの興味を引きつつ話せる術は、カズにはないのかもしれなかった。
「岩の話をし過ぎました。
ランニングは10年以上続けています。
物事を長く続けるのは得意なんです。
この前も岩につかまっているとき、一度ふわっと力が抜けて落ちかけたんです。
軽いトレーニングでしたから命綱をしていなくて、その時は...」
カズは途中で言葉を止めた。
「えぇ、聞いていますよ」と面接官は言った。
「いや、しっかりと掴まりました。
咄嗟に足で、くぼみを蹴って、バランスを取ったのです。
ランニングを続けていたからできたんですね...」
カズが喋りすぎたことを悔やんだ。
もっとうまく話すつもりだったのに、今回はここまでようだ、と思った。
電話口で面接官は何か紙に書き留めているようだった。
かすかだが、ペンを走らせる音がした。
「私はよく、ひとにポイントがずれている、と言われます。
今回はいかがでしたでしょうか?」とカズは聞いた。
これが最後の質問だった。
面接官はペンを止めた。
「えぇ、結果から言いますと...
採用です」と面接官は言った。
意味が分からなかった。
カズは姿勢を正して、足を組み替えた。
電話口から、面接官がこちらを窺っている気がした。
「弊社の生学金にご応募いただき誠にありがとうございます。
ただ、生学金を有効にですね、使えるイメージをもって受けて頂きたいと思います。
また、何かわからないことがあれば、いつでも面談いたしますので、よろしくお願いいたします。
それでは...」
面接官は、カズがまた何か言うかと思い、2秒ほど待ったが何も言わないので『失礼します』と言って電話を切った。
カズは一人残されて『こんなこともあるのか』と思い直した。
とにかくお金は受けとろう。
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