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// Hello, World!

今回の短編は、スタバで作業しているエンジニアさんを横目で見ながら、頭に浮かんできたフィクションです。

良ければ一読ください。
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 僕はノザワとの生産性の違いが苦しかった。
 こと、今回の案件に関しては、その差が非常にわかりやすい。

 ノザワは経験値が僕とは圧倒的に違っていた。
 10年くらいだろうか、あるいはもっとあるのかもしれなかった。

 僕とノザワは、具体的には言えないが一つのプロジェクトのチームに所属していた。
 彼も僕もエンジニアとして、チームでは専門家で通っていた。
 でも、みんな本当の所は知らない。
 つまり、同じエンジニアとして、チームに所属しているノザワと僕の間に圧倒的な生産性の違いがあることを、誰も意識していないようである。

「調子はどうだい、お二人さん?」とチームリーダーは毎日一度は尋ねる。
「問題ないです。そうだろ」とノザワは答える。
「あぁ、問題ないです」

 ノザワが正真正銘プロのエンジニアであることはよくわかる。
 今回の案件について、ノザワのこなしている仕事量は、チームでも突出している。
 チームの誰もがそれを認めざるを得ない、という感じだった。
 陰でノザワを悪く言うやつはいたが、そういうやつに限って、最後にはノザワを頼りだった。

 終わらせる予定だった仕事が、僕のミスで一日遅延することがあった。
 ミスをノザワに報告すると、彼は少しだけ眉をしかめた。
「どうした、集中してなかったのかぃ?」と彼は僕に尋ねた。
「前回のミスについて考えていたんだ」と僕は言った。
「そうか...」

 普段なら疲れを見せないノザワが、

 ふぅ、とため息をついた。

「すまない」
「いや、いいんだ。明日の朝一緒に倒そう」と彼は言った。
 それからチームリーダーにココアを買いに行ってくると言い残して作業場を出て行った。
 その日、ノザワは作業中ココアを飲みながら、こめかみをずっと指圧していた。

 次の日、ノザワと僕はいつもより2時間早く出勤して作業を始めた。
「昨日は悪かった」
「いや、いいんだ。さぁ、作業を始めよう」
 とても爽快な気分だった。
 誰もいない作業場で、僕たちは昨日のミスを一瞬にして改修した。
 作業を始めて5分と経たないうちに、ノザワがバグのチェックを全部終えて該当箇所を発見し、僕が用意していた新しいロジックに修正した。

 作業は完了した。

 ノザワの指示を受け、昨日の夜から新しいロジックのテストと改善を頭の中で反芻していたが、こんなにも早く終わるとは思っていなかったので、自分でも驚いた。

「昨日のミスはもう改修した。でも時間があるしココアを買いに行ってから、今日の分をやっておくか」とノザワは言った。
「そうしよう。見ていて楽しくなってきた」と僕は言った。

 作業開始の定刻から30分前にチームリーダーがやってきた時には、その日予定していた工程の8割が終わっていた。
「すごいな」とチームリーダーは感嘆した。

 僕達はその日それ以上の作業はしなかった。
 久しぶりに早起きして疲れていたし、ココアを飲みすぎて少々ハイになっていたから、どちらにしても仕事にならなかった。

 休憩室でノザワと話していると、「頭の中に、誰かが入ってくる」と言って笑い始めた。
「なんの冗談だ?」と僕は言った。
「叫び声が聞こえるのかもしれない。まぁ、たまにあるんだこういう事を言いたくなる時が。
 それにしても今日の作業は最高だった。
 見たか、あのチームリーダーの顔?」とノザワは言ってクスクスと子供みたいに笑った。
 僕は何が可笑しいのかわからなかった。
 ノザワがそうやって笑うのをみるのも初めてだったから、僕はそれが可笑しくて笑ってしまった。

 とにかく、僕はココアを飲みすぎて少しハイになっていたんだろう。

「君がそうやって笑うのを見るのは初めてだな」とノザワは言った。
 心外だなと僕は思う。

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