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メキシコの予約票

今回は、留学時代に出会ったメキシコ人の友人たちを思いだしながら書いたフィクションです。

良ければ一読ください。
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 2015年の8月28日、夢見た一人旅が始まった。
 コペンハーゲン空港に降り立った僕は、小さなコンビニでコーラを一本買った。
 いつもとは違う匂いのする場所だった。
 うつ向いている人なんてどこにもいなかった。

 僕は空港を歩く人を見るのが好きだ。 
 予約していたホステルのチェックインにはまだ十分時間があった。

 空港で時間をつぶすのは簡単だ。
 食事にも困らない、大多数の職員は僕の理解できる言葉を使う。
 頼めば、どこにでも案内してくれる。

 ベンチに座ってしばらく道行く人を眺めていた。

 空港から中心街までは20分程度のシャトルバスが出ていた。
 デーンマークの標識はどれもクールで、分かりにくかった。
 普通ならスマートフォンがなければどこにも行けない、と思った。

 その時、目の端に二人のカップルが映った。
 観光客だろうか、手元の紙を二人で見つめながら話し合っていた。

 二人は聞きなれないアクセントのスペイン語を喋った。
 たぶんメキシコ人だろう。

 僕は彼らに話しかけてみた。
 道案内ができると思ったのだ。
『何かお手伝いできることはありますか?
 僕は日本から来ましたが、道案内できますよ』
『はい、ありがとう!
 僕らはメキシコから来ました。
 着いたばかりで、このホステルへ行こうと思っています』
 男の方はそう言うと、何のためらいもなく地図とホステルの予約確認票を僕に見せてきた。
 見ると、それは僕が今日泊まるホステルで、部屋番号は僕の隣だった。

- 405と406...

『あ、そのホステルならよく知ってますよ』と僕は言った。
「ワォ!』と二人は声をそろえた。
 僕はその時の二人の反応が可笑しくて、つい笑ってしまった。

 二人は僕が笑ったのを見ると、少し怪訝そうな顔をした。
 いや、失礼した...
『すみません。
 二人の声がそろうもんだから可笑しくて。
 でも、これで迷わずそのホステルには行けますよ』と僕は言った。

 二人はメキシコから来たカップルで、僕と同じ日にデンマークにやってきたようだった。
 二人共とても身軽だった。
 荷物は男の方はバックパック一つで、彼女の方は小さめのスーツケースに鞄だけだった。
 服装もちゃんとしていたし、彼らからは何か人を引き付ける特別な香りがした。
『良かったら、僕にそのホステルまで案内させてくれません?
 いや、実は僕もそのホステルに泊まるんです』

 僕は彼らに自分の予約確認票を見せた。

 彼らは、少し驚いていたが、僕の提案を受け入れてくれた。

 それから僕らは空港のバスターミナルへ向かい、シャトルバスに乗った。

 道すがら、僕は彼らに旅の目的を聞いた。

『実は、留学に来たんです。
 デンマークではないんだけど、デザインを勉強しにきたんです。
 彼女はスペインに留学行く、俺はスウェーデンに行くんです』

 彼らは見た感じ20代後半に見えた。
『失礼ですが、おいくつですか?』と僕は聞いた。
『二人とも29です』と彼は言った。
 彼女の方は、さっきから彼の腕をしきりに自分の方に引っ張っていた。

 彼女が一、二言、スペイン語で彼に話しかけた。
 彼は頷いて『あなたはスペイン語を話しますか?』と聞いた。

『返事くらいしか知りません...』
『そうですか、彼女は英語が苦手でまだ勉強中なんです』
『ごめんなさい、英語はよく話せません』と彼女は言ってお辞儀をした。
『いえいえ、謝らないでください』

 僕もお辞儀した。

『俺が通訳しますので、大丈夫です』と彼は言った。

 停車駅までの時間、僕らは話続けた。
 彼らはよく笑った。
 僕のつたない英語にも辛抱強く耳を傾けてくれ、彼女は彼に通訳をしてもらいながら、どんどん言葉を覚えていった。

 バスを降りた僕たちは、そのまま自然な流れで夕食と共にすることになった。

 ただ、さすがに彼らも部屋が隣だと知った時は、不思議な表情をした。
『これは、ワンダフルね』と彼女は言った。
 僕は少し可笑しかったが、それについては何も言わず、夕食まで部屋にいるからいつでも声をかけてくれ、と頼んだ。

 彼女は真面目な顔で僕らの話を聞いていた。
 夕食の席で、僕らが笑うと彼女は通訳を強く求めた。
 彼氏の通訳が素晴らしいのか、彼女もよく笑ってくれた。

 二人はどこをとっても理想のカップルという感じだった。
 お互いに自立もしており、支えあっていた。

 僕より2つ上の彼らは、ことある毎に僕のほうが大人びている “You are much more mature than us.” と言い、僕をからかった。

 感情を覆い隠すことをほとんどしない彼らは、時に驚くほどの喧嘩を始め、またこちらが見ていられないと感じるほど、公衆の面前でも愛を表現した。

 彼らを見ていると、時に自分の方が感情の欠落した人間にも思えてくる。

 彼らは感情を押し殺し、平静を保っている僕を見て、大人びていると言っているようだったが、それは僕の感情表現の貧しさを気づかせてくれる言葉でもあった。

 久しぶり楽しい夕食だった。

 旅は始まったばかりだったけど、僕はなんとなくもう満足だった...

『家に帰りたくなった』と僕は言った。

『まだまだ、始まったばかしじゃないか。
 楽しいのはこれからだよ』とエドは言った。

『また、メキシコに来てね』とアンは言った。

 また、必ず。

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