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今回は、昔知り合いと肝試し感覚で行った工場見学を思いだしながら書いたフィクションです。 良ければ一読ください。 _____ 空は曇っていて、風が強い日だった。 僕らは適当に昼ご飯を食べて、午後は特に何もやることがなかった。 だから、僕らは工場に来た。 工場には以前から来てみたかったのだ。 彼女は歩きながら、猫の鳴き真似をしていた。 特徴のない日だった。 工場の床にはあちらこちらに、静電気を帯びた金属が転がっていた。 小一時間、誰もいない作業場
今回は、昔書いたガンバル君という随筆を思いだしながら書いたフィクションです。 良ければ一読ください。 _____ 夏が始まって、キリは街の中を走っていくのが好きだと言った。 アツトは街の中心にある城の周囲を回って、街に入ろうと提案した。 「城の外周は好みじゃない」とキリは言った。 「ここから、走るなら城を一周した方が街へも出やすい」 「電車で駅まで行けばいいじゃないか」 「せっかく走るんだ。 城を通って、駅まで走っていこう」とアツトは言った。 キリは『ならそれ
今回は、いつか買った妙な石鹸について思いだしながら書いたフィクションです。 良ければ一読ください。 _____ 「どうかしている」 「何、怒っているんだい」と僕は聞いた。 「君だよ。 どうして金曜日に買ったプリンが、火曜日にまだ残っているのよ?」 出張から帰ってきた彼女は、さっそく冷蔵庫を開け放った。 「この野菜もダメになっているわ」 「まだ、きっといけるよ。 だって、それは昨日買ってきたものだもの」と僕は弁解した。 「何言ってるの? どうかしてるわ」と彼女は
今回は、幼馴染と久しぶりに会ってバスケットボールについて話題に出たとき思いついたフィクションです。 良ければ一読ください。 _____ もう少し、時間があるなら自分の思考を整理するために、ひと休憩入れたかった。 目の前で検討されている事項の何も、僕の立場からは干渉しえない。 提案さえあり得ないだろう。 「今日の試合は散々だったね」と一人が言った。 その他、会議室にいる人々はお互いに声を潜めて何か話し合っている。 「6番はすぐに外して、ほかの選手を使うべきだな」
今回の短編は、普段からスケッチをよくする知り合いと、メッセージのやり取りしていて思いついたフィクションです。 良ければ一読ください。 _____ 絵を描くならスケッチをする。 カズは絵を描くとき念入りにスケッチをする。 クロッキーで物の輪郭を、鉛筆でその細部を描く。 美和はスケッチをするカズを近くで見ているのがお気に入りだった。 その日もカズの部屋で、カズが輪郭をクロッキーでなぞっている時、彼女はその手の動きを近くで感じていたかった。 「今日は何を描くの?」と
今回の短編は、地下鉄の運休に悩まされながら、ようやく家に帰りついて思いついたフィクションです。 良ければ一読ください。 _____ 「関係ないじゃない」と美和は言った。 「そうかな?」とカズが聞いた。 「もちろん」と美和は答えた。 珍しく美和が昼ご飯を外で食べたいと言った。 そして、カズと美和は地下鉄に乗った。 地下鉄の改札を通るときに、運行状況のお知らせと書かれた紙が掲示されていた。 そこには赤と黄色い線の引かれた文言があった。 カズには『運休の見込み』
今回の短編は、昨日スクール・バスに偶々同乗していて、思いついたフィクションです。 良ければ一読ください。 _____ 今日はスクール・バスの日。 しかも学生からインタビューを受けるらしい。 テーマは『通学バスの運転手さん』だそうだ。 いつも運転している観光バスと違って、乗客は時間によって増減するが、時間的にも、距離的にも通学バスは他のバスの運転に比べて非常に楽だった。 1時間に1度は必ず小休憩が取れるし、登下校する学生は意外と静かで、運転の邪魔になることはほと
昔同じタイトルで小説を書きましたが、原文が見つからないです。今回はそれを思い出しつつ、一から書いた新しいフィクションです。 良ければ一読ください。 _____ 僕はケンと二人で、とノモさんに会いに行った。 ケンは行きたくない、と言ったが、半ば無理やり僕は彼を説得した。 「どうして俺までノモさんのところに謝りに行かなきゃならないんだ」とケンは道すがら終始機嫌が悪かった。 「謝るだけじゃないよ。 それはケンにもわかるはずだ」と僕は言った。 「つまり、おれがノモさんの後輩
今回の短編は、スタバで作業しているエンジニアさんを横目で見ながら、頭に浮かんできたフィクションです。 良ければ一読ください。 _____ 僕はノザワとの生産性の違いが苦しかった。 こと、今回の案件に関しては、その差が非常にわかりやすい。 ノザワは経験値が僕とは圧倒的に違っていた。 10年くらいだろうか、あるいはもっとあるのかもしれなかった。 僕とノザワは、具体的には言えないが一つのプロジェクトのチームに所属していた。 彼も僕もエンジニアとして、チームでは専
今回の短編は、待ち合わせの暇な時間に、頭に浮かんできたフィクションです。 良ければ一読ください。 _____ 近頃、注意力が落ちたと思うことが多くなった。 「つぶやきからわかる」と彼女に言われてからかもしれない。 つぶやき、それは僕のどの言葉について言っているのだろうか。 「どうして、そんなことがわかるの?」と僕はかつて聞いたことがある。 「何でもないことよ」と彼女はまるで別れの挨拶をするように呟いてから、僕の格好見て少しだけ眉をしかめた。 彼女はそれ以上何も言
今回の短編は、一日にコーヒーの摂取上限を超えた時に、頭に浮かんできたフィクションです。 良ければ一読ください。 _____ 「エクストラ・コーヒー。 直訳すると余分なコーヒーよね」と彼女は言った。 「エクストラクト・コーヒーじゃないの?」とビーが言った。 「どっちにしても、何かしら抽出された特別なコーヒーなんだろうな」と僕は言った。 いつものように、僕達3人はカフェへ行って、おのおの適当な話題について語り合った。 注文はいつも僕からだった。 「今日はアメリカンに
今回の短編は、自分の猫が迷子になったら、と想像しながら書いたフィクションです。 良ければ一読ください。 _____ 「人と話す機会に恵まれていないということは、悲劇です」と彼女は言った。僕との会話から、いくつかの罪の無い嘘と誇張を排除して、その人は僕の一時間に渡る言葉の連結を手早くばらばらの状態に分解してみせた。 僕は久しぶりの悲しみを悲しんだ。 なぜこんなところに来てしまったのか、ますます分けがわからなくなった。 十二月の真ん中にぽっかりと開いたぱっとしない
今回の短編は、CDの整理をしながら思いついたフィクションです。 良ければ一読ください。 _____ 「人の言葉を僕は信用できない」と彼は言った。 日曜日の夕焼けが零れ落ちて、僕の部屋の隅にまで差すころ。 「なぜ」と僕は聞くしかなかった。 それは、彼が始めた話題で、僕には理由を聞くことぐらいしかできることがなかった。 「それは、耳にする多くの言葉から精気みたいなのが抜けているから。 あるいは、僕が人の言葉から苦し紛れの響きしか聞き取れないからかもしれない」と彼は
今回の短編は、引っ越しとガスの開通をしながら思いついたフィクションです。 良ければ一読ください。 _____ ドーム上海へ引っ越してきたのは6月の1週目だったと思う。 仲介業者から部屋の鍵をもらい忘れていて、3時間も大家さんを待ち続けた。 携帯の充電は電話連絡という方法を思いつく前になくなった。 タイミンが悪かったのだ。 大家さんによると、こんな天気の悪い日にわざわざ越してくるなんて想像もしてなかったという。 「今時、携帯も持っていないなんて、あんた変ね」と