カレー屋で本を買うのだ

ハロー!張りネズミ!

そんなこんなで生きてるよ!文フリで頒布した「カリーライフisハードコア」の1話、2話を無料公開するZE!
気に入って続きがみたいって稀有ピープルはお店まで買いに来てネ!

それじゃあいっくよ~!

 第1話

 声優も駄目、バンドも駄目、サラリーマンも駄目、カルチャー教室運営も駄目。何をやっても駄目な私は暇にかまけてカレーを作り始めた。なぜならいずれ世界は滅ぶからだ。世界が滅ぶのを傍目にカレーを作る。羊の肉を細かく刻み、スパイスを炒め、玉ねぎをみじん切りし、トマトと一緒に流し込む。
 西友で購入した格安テフロン鍋に小さな世界が誕生する。加熱することでフラストレーションを高め水分を追い出していく。煮込むほどに粘度を増すカレーはもはやデモクラシー。コンロから生まれる炎は革命であり湯気は狼煙だ。
 米は長粒種のバスマティライス。こう書いていると一見「丁寧な暮らし」に見えるだろうが、室内ではドンキ・サミット・いなげや・西友のレジ袋が所狭し大暴れし至るところにスパイスが置いてある。埼玉県は川越市のどん詰まり。世界の終わりのその果てで40歳近い異常独身男性がカレーを作る。夢も希望も焼き捨てたオッサンが一人。何も変わらぬ人生を放り出し、鍋の中を見つめて世界を手中に収めたつもりでいる。過去の栄光が呪いとなり、足元にまとわり付いているご身分なのにだ。

「素直になれば良いのに」

 声優なんて格好を付けるのが仕事だ。そんなことは出来ない。まだ、あの頃の呪いにまとわりつかれている。
 近いうちに、大久保通りを歩いて店に向かうだろう。呪いに囚われた体を引きずりながら。迷いながら。

第2話

 呪いのきっかけは声優時代だった。二十歳からバンドをやりつつ芸能の世界に入り、二十四歳で芸能事務所の社長から「私はね、後藤君の顔が嫌い」と言われて飛び出して夢だった声優事務所のオーディションを受けたら合格した。特に能力も個性もあったもんじゃねえ限界声優ワナビーだった私が事務所に入れたのは運でしかない。オーディション前日は朝4時まで酒を飲んでいた。同時期に上京してきた友人の実家帰り送別会。その場で「俺は明日やったらあ。お前の分までやったら。俺とお前の大五郎」と啖呵をきったが完全な二日酔い。オーディション対策はまったくやっていない。順番待ちで一眠りしていた自分の番。敦煌の主人公よりはマシではあるが、声も寝てしまっている。読む原稿はテメエでもって来いとのことだったので、イッチョかましてやりますか?と、破れかぶれでチェーホフの桜の園、ロパーヒンの独白をぶちかまし、その後も「もういい。わかった」と言われるまでありとあらゆるセリフをカマした。

「後藤君、失礼なこと言うね。私はあなたのお芝居は大好き。でもね、声優に向いてないと思うの」

「声優に向いてないとしても俺の心は声優へ向いている。だから逃げる訳には行かない。逃げるなら俺は大阪から東京まで来ていないです」

 結果、同席していたマネージャーは「落としましょう」だったが社長のゴリ押しで合格が決まり三十歳まで辞めるまで声優人生。辞めるってことは社長の期待に応えられなかったということだ。
 その後は六本木でブイブイ言わせるベンチャー系企業でサラリーマン。そこも数年で辞める。辞めるってことは期待に応えられなかったということだ。次は誘われていたカルチャー教室運営の立ち上げから発展までをやるがメンバーと発狂寸前の喧嘩をして堂々脱退ス。そして2019年、カレーを作り、世界を掌握した気持ちになるにいたる。

 カレーは声優時代から作り続けていた。割と正統派のパキスタンカレー。いろんなカレーがある中、パキスタンカレーを選んだ理由は「センスよりもパワー。肉をがんがん食うカレー」という男気あふれるイスラム魂に共鳴したことや「これなら適当に作っても失敗しない」と思ったからだ。時たま行う客がこないトークイベントでもカレーを作り、友人との宅飲みでもカレーを作り続けていた。

「声優よりもこっちを商売にしたら良いのに」

 失礼な友人だ。こんな素人の手慰みで金が取れる訳がなかろうに。俺は声優としてのスターダムを突き進むのだ。そんなことを考えていたが、職を失って人生を考え直した時に自分にはハードコアパンクミュージックとカレーしかなかったことに気がついた。
 嗚呼、悲しきアラフォーオヤジ。頑張って毎日を生きていたら人生の積み重ねなどがあるはずだ。声優をすぐに辞めた友人は今や二児のパパ。フェイスブックを見るたびに世間との乖離を実感し、ツイッターで胡乱なことをつぶやく毎日。地獄の鬼が「大変やろ、こっちで針山登るか?」と微笑みかける。これからどうなるのか。どうなってしまうのか。元声優なんて肩書でトークライブなんぞをしているが、一兆回ほど咀嚼したスルメ以下の味わいしかなくなってきた。声優時代の話よりもカレーの話が盛り上がるってどういうことだ。こんなことが続くと私はね、感情的になるよ?

 そしたら大いに感情的になった。カレー屋をやってやる。理由は再就職のためにあっちこっちに送った履歴書が大いなる祈りにより霧散したからだ。カレー屋、どうやってやるのか。メニューも考えないといけない。私が作れるのはパキスタンカレー。あまりパキスタンカレーを作っているお店はないのでワンチャンあるのか?とりあえずやってみるしかない。でもいきなり自分で店を出すとしても金はない。それに飲食で生きていくことができるのか?こんな時は人生の先輩に相談をするしかない。
 私は13年通っている串カツ屋に向かった。飲食の大変さなどを聞き、どこかで私の思いを蹴散らす厳しい言葉も貰いたい。「お前、飲食をなめているのか?」と言われ、正気に戻りたいと考えいた。お店の場所は新宿区は大久保百人町。馴染みの酔客にも挨拶をしながら席に座り黒ホッピーを注文する。いつの間にか黒ホッピー、ナカ、ハイボール、ハイボール、ハイボール、馴染みからのごちそう日本酒などを摂取した私はバブルスライムよりも形がおかしくなり、謎の連続行動を繰り返す生命体に大変身。いや、今日は酔っ払いに来たのではない。相談だ。相談天国をしにきたのだよワトソン君?
「大将、最近ランチやってないですけど儲からない感じですか?」
「夜の売上だけで何とかなるようになったからやってないねん。でも周りには割と会社が多いから悪くはないよ。そんなん聞いてどないしたんや?」
「いや、実は……良かったらそのランチタイムを使って間借りカレーをやりたいなと考えていまして」
 断られるだろうがとりあえず言ってみた。厳しく突っ込まれたらどうしよう。ええい、酒の勢いだ。思ったことを言おうとした刹那。
「いつから?来週とかでもええで」
 即決定してしまった。決定は恐怖のはじまり。新しい呪いのはじまりだ。夢は呪いを生み出す。私は呪われている。声優として食っていけなかった呪いがまとわり付いている。バンドで売れなかった呪いが覆いかぶさっている。社会人としてうまくいかなかった呪いが頬を撫でている。

 本当にカレー屋をやりたいのか?だとしたらなぜカレー屋になりたい?求めている。ただただ求めている。声優だった時、十年以上のキャリアだったが終わるまでは一瞬だった。ほとんど来ない仕事を待ちながら鍛錬を積み重ねていた。口の形をチェックし、テレビなどから聞こえるナレーションからは学び、金もないのに先輩の舞台などには顔を出す。
 声優を目指す人間ならこのくらいは当たり前で全ての時間を鍛錬に変えて生きていく。凡人が当たり前を続けても何もならない。毎日エンジンから火を吹くように生きていた。自分よりも素晴らしい毎日を過ごしている人間なんていないと思っていた。そりゃそうだ、子供の時の夢を叶えて声優になったんだ。
 だからこそ、辞めてからは辛かった。何をやっても燃えることができないのだ。バンドも不完全燃焼、小説も不完全、仕事も全て不完全燃焼。一酸化炭素で自家中毒を起こし、カビの生えた布団の中で「昔は良かった」と過去の自分に呪詛を吐き続けていた。
 カレー屋はその呪いを解くのか?それはわからないが何もしないことで生まれる不安を粉砕したいのだ。

 串カツ屋との交渉はスムーズだった。話に行ったのは10月のはじめ、私は3月か4月あたりに間借り店をスタートさせたいと思ったが店主は12月にでもはじめろという勢いだった。飲食店で食っていけるのかを聞きに行っただけなのにやる感じになってしまった。私は性格が細かく、何かをはじめる前には徹底的にリサーチをしていた。だが、それでうまくいったことの方が少ないので「これも一つの波だ」ということにし、飲まれ溺れることに決めた。

 カレー屋になってしまう。それも店舗数が圧倒的に少ないパキスタンカレー。良いじゃない。やったらあの精神ですよ。そんな時に人生を一変させるような出来事が発生した。なんとツイッターでたまにイチャラブしていた友人、仮に入道氏と呼ぼう。その人がカレー店をやるという。それも11月に。オープンする。知人が先輩になる。多くを学べるチャンスだ。はじまりはいつもツイッター。
「入道さんのカレーすげーうめー!」
 共通の知人がテンション高いツイートをしている。どうやら今この瞬間に試食会をしているらしい。そのツイートを見て即DM。
「僕も伺って良いですか?」
「後藤さん!ぜひぜひ!」
 そんな感じでゴートゥー豊島区。一体どんなカレーなのだろうか。パキスタンカレーで被ったりしないだろうか。何回かイベント的にカレーを出したみたいなのは聞いていたがいきなり店をやるなんてすごい。
「どうも入道さん。カレー!くーださい!」
「どうぞどうぞ!」
 先に店にいた共通の知人と話す。何度か食べたことがあるらしいが「食べたら絶対びっくりするよ」「果たしてカレーなのか?」などのトーク。カレー、いろんな種類がある。しかし、ある程度のカレーは食べてきた。びっくりするとはどういうことか?びっくりしてしまったらそれはもはやカレーの範疇外になるのでは?
「おまたせしました~」

 なんじゃこらぁ!?!?!?

 マジでマジでなんなのだ?赤いのはトマトベースなのか?玄米が見える。そしてそこにスープを掛けて食えという。見た目だけでは何肉を使っているのかもわからない。店主はチキンキーマのカレーという。これが?マジで?人は理解できない食べ物が目の前に現れると変質者を見た時のように固まる。そして私はカレー屋を目指すオールドボーイ。固まるどころか冷や汗が出た。なんとも例えようのないのにカレーを感じる香り、それが鼻腔に入るだけで自分が出そうとしていたカレーが根底から崩れ落ちる。

「普通じゃねえ」

 この感覚だけで白米4杯は食える。完全に理解した。これだ、これをやらねばならないのだ。入道氏が何を思ってこのカレーを作ったのかは全くわからない。だが、やるからにはここまでやらないといけないのだ。スプーンを手に取りカレーに向かう。その時、カレー以外の副菜が目に入った。数種類の色鮮やかな副菜。カレーの副菜といえばカレーライスなら福神漬けやラッキョウがメジャーだ。いわゆるインドカレーなら玉ねぎのアチャール(漬物)など。野菜や豆を使った物が多いが、目の前には果物を使った何かがある。

「それもカレーに混ぜて食べてみてくださいね」

 どういう世界観でカレーに果物混ぜて食べるのか?割とおいしいカレーを作ってきた自信が崩壊していく。これがアポトーシス。細胞が死んでいく。しかし、よりよい細胞を残すための死だ。このカレーを食うと今までの私は死んでしまう。必ず何かが起きてしまう。そもそもそんなことを考えてしまうカレーなんて地球で出会ったことがない。こう考えさせられる時点でこのカレーは私のなんかより高い位置にある。雲を突き抜け大気圏。思考が食欲という本能に染められ、無意識に手を動かして食べていた。

「宇宙じゃん」

 なんだこれ、ミスター味っ子(アニメ版)みたいな反応になったぞ。冷や汗に温度が宿る。たった一口で私の全身が喜んでいる。もっと食えと動いている。カレーの味がする。これはカレーだ。副菜、玉ねぎを混ぜて食べる。うまい。果物も混ぜる。うまい。スープをかけて食べる。うまい。全部うまい。隙がない。何をどうやってもうまい。それ以外の感覚が生まれてこない。「○○みたいですね」「これは○○を使ってますか?」そんな言葉が「うまい」に押しつぶされ、脳のリソースが食べることにだけ使われる。そんな経験、人生であるか?あるんだよ。割と自分と近いところで。だから人生は面白い。されど絶望は間近にあり。

 気がつくと何も乗っていない皿が目の前に。一切の分析を許さずに目の前から消えたカレーに思いを馳せていると入道氏から声がかかる。
「そういえば後藤さんもカレー屋なさるんですよね?」
「うひゅ!?あがが。ウィ、じゃっす……」
「楽しみにしてます!がんばってください!」
 アルカイック・スマイル。本当に私の未来を期待してくれている最高の笑顔が向けられた。そんなに期待しないでくれ。本当に。期待されてきたんだよ俺は。そしてその全てに応えられなかったんだ。ああ、まただ。また夢見てしまっていた。解けない呪いをまた増やすのか。絶望の淵にいれば倒れているだけで時間が過ぎていくしそれ以上傷つかないのに、また夢を見てしまっている。黙って倒れておけば苦しみなんて存在しない。なのに「今考えているカレーを変えなければ」なんて思ってしまっている。それがうまくいく保証なんてないしカレー屋をやるのかどうかも怪しいこんな状況で未来を考えてしまっている。今は契約社員だが一般的な仕事をしている。声優を辞めて10年ほど、まだあの時のことが悪夢として蘇る。小説で多少は認めてもらえたが燃え上がることはできなかった。
 夢を見る。それは未来を燃料に今を燃やす行為。それを続けた先、うまく行けば新しい未来が新しい薪として運ばれてくる。いつまで燃やすのか?夢を見てもあらゆる理由で燃料不足に陥って進めなくなる。それを何度も経験してきたし見てきた。あの状態の人間に掛ける言葉なんてない。「自分じゃなくて良かった」と思うだけで精一杯だし、そう思われることで「お前はやっていけよ」と嘯けた。だがそれは嘘だ。殺したい程に嫉妬する。その嫉妬が射抜くのは自身。他者に飛ばした嫉妬は面白いように自分に返ってくる。そして心の奥底で呪いとなり行動を抑制しはじめる。もうこれ以上苦しみたくないから。あえて考えなかった世界にもう一度踏み込もうとしている。あの世界の泳ぎ方はわからない。いつ溺れるかわからない。だが、微かな郷愁を感じる世界。似ている。声優と似ている。だったら、だったらやれるかも知れない。呪われたい。呪われたいのだ。呪いが私に未来を捨てろと言う。呪いが私に笑顔を向けて手を伸ばす。「久しぶり、会いたかったよ」奇遇だな。俺はテメエをぶん殴りてえって思っていたぜ。

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いやー、これからどうなって行くのでしょうかねえ!そんな感じでウソエッセイ風フィクション文章、カリーライフisハードコアは俺の店で絶賛発売中!あと20冊くらいあるわ!よろしくちゃんやで!

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