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秋が好きだなんて… #シロクマ文芸部


「秋が好きだなんて、アタシには理解出来ないわ」
文香が言った。
「えっ、なんで?おかしいかな」
「うん。秋って…なんだか地味じゃない」
「そうかなぁ、僕は秋、好きだけどな」
僕がそう言うと、文香は顔を顰めた。
「だってさ、春は出会いと別れが同時に訪れて、梅も桜も綺麗で素敵でしょ」
「うん、僕は春も好きだよ」
「夏は太陽が一番輝いて、心も開放的になるし、レジャーも楽しい。明るい気持ちになれるじゃない」
「そうだね。夏はとても楽しいと思う」
「冬は真っ白な雪景色が美しくて、雪遊びは童心に帰れるし、クリスマスとかお正月は風情がある。長い冬を越えて春になる感じも、新しい始まりって感じがしてすごく良い」
「確かにね。長い冬の寒さを耐えて、その先に希望があるって感じはわかるよ」
「それに比べて秋って、…なんか…茶色って感じ」
「茶色?」
「そう。もちろんたくさん美味しい物があるし、紅葉も綺麗だし、本当は黄色や赤に溢れていると思うんだけど…」 
「だけど」
「結局色で表すと茶色って感じでしょう。揚げ物ばかりのお弁当みたいな」
揚げ物ばかりにはちょっと賛同しかねるが、茶色って感じ、はわからないでもない。
「それに…」
「まだあるの?」
「うん。梨とか栗とかイマイチ華やかさを欠くわ。柿も微妙なラインね。蜜柑とか桃とか苺、スイカやメロンなんかと比べると、やっぱりパッとしない。ジジ臭いって言うか…」
「よっぽどだね」
「読書の秋とか芸術の秋とか、食欲の秋とかスポーツの秋とか、全部どの季節にもあって、ただのこじつけって感じだし」
秋の方も、そこまで言われる筋合いは無いとそろそろ怒るんじゃないかと思うぐらい、彼女の言葉は止まらなかった。
「でもさ、君だって、今食べているシャインマスカットは大好きだろ」
「まぁ、ね。これだけは特別なのよ」
「それはズルいな。本当は他に嫌いな理由、他にあるんじゃないの?」
図星だったのか、文香は俯いてしばらくの間黙ってしまった。
「ごめん、何か嫌なこと言ったかな」
「うんうん、アタシね…」
目を逸らしたまま、文香が話し始めた。
「新ちゃんの元カノの名前、アキって名前だったんでしょ?」
僕の名前は新一で、文香は新ちゃんと呼ぶ。
「あ…」
「新ちゃんが『アキが好き』って言うの、すごい嫌なの。だからさ、秋に八つ当たりしちゃった」
秋にとってはいい迷惑だっただろうけど、確かに僕は配慮を欠いたかも知れない。
「ごめん、気をつけるよ。僕はね、日本の四季は全部好きだよ。でも、それ以上に文香のことが好きだから」
「じゃあ許してあげる。新ちゃんも秋も」

結局秋は巻き込み事故に遭ったようなものだったけど、それにしても本当に思ってないにしては、次から次へとまぁ、よくも秋のネガティヴな側面があれほど出て来たなと変に感心してしまった。

そしてそのどれもが、何処か否定し切れなくて、なんだか秋に、とても申し訳ない気持ちになったのであった。

「新ちゃん、どうかした?」
「ううん、なんでもないよ」

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