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真野さんと吉田くん 8話 〜ハロウィンの2人〜

「なぁ、吉田」
「なんですか、真野さん」
「ハロウィンって、結局のところ、何?」
「え、なんで僕に聞くんですか?」
「吉田なら知ってそうだから」

何故真野さんが僕なら知ってそうだと思ったのかはわからないが、とりあえずググってみた。

「元々は古代アイルランドのケルト人が起源のお祭りで…」
「吉田、ごめん、もういい」
「え?」
「小平の毛糸人がご機嫌なお祭りとか、意味がわからない」
どうやら全然伝わってなかったようだ。小平なんて言ってないし、毛糸人って、ちょっとハロウィンっぽいけど。

僕らの町では、市を上げて大々的にハロウィンのイベントを行っている。
プール問題で辞めた女性市長の発案で行われ、始めは「こんな都会かぶれの祭りなんか田舎には合わねぇ。コスプレは姉ちゃんの店だけで十分だ」なんて長老衆が喚いていたけれど、地方で大規模なハロウィンイベントをやっている場所は珍しくて、近県からも人が来て年々盛り上がりは大きくなり、気がつけば長老衆も喜んでコスプレするようになっている。
元市長は暴露本の刊行は諦めたようだが、市民プールとハロウィンの実績を原資に国政に打って出ることを画策していると、もっぱらの噂だ。

そんなハロウィンイベントに、僕らの会社は協賛企業として、全社的に参加している。

「…で、始めはカボチャじゃなくてカブだったらしいですよ」
「えっ、マジで?全然違うじゃん。へぇー」
目を丸くして驚いている真野さんは、なんだか子どものようだ。さっきまで全く興味無さそうだったのに。
「真野さん、なんでそんな格好なんですか?」
「え、ダメ?」

真野さんのコスプレは、ネット通販なんかで売ってそうなミニスカナース。透け感のある白いストッキングに赤いハイヒールの完全装備だ。普通にしていても夜の雰囲気を醸し出す真野さんに、この衣装は良くも悪くも似合い過ぎている。

その格好は東京渋谷のハロウィンイベントなら珍しくもないのだろうけど、地方の町おこしイベントではさすがにかなり浮いていた。

「そもそもなんでそんなの持ってるんですか」
「スナックで働いてた時にもらってクローゼットに埋もれてた」
「男の人にさっきからすごい見られてますよ」
「別にいーじゃん。そういう目で見られるのは慣れてるから」
「僕は良くないです」
思わず本音を言ってしまった。
「えー、なんで?喜ぶと思ったのになぁ」
どう捉えたら良いのか、なんだか複雑なことを言う。
「んー、じゃあ来年は吉田が考えてよ。そしたらアタシ、それ着るし。それなら良いだろ」
「じゃあ、そうします」
来年も一緒に参加出来る。それだけでも十分僕は嬉しい。
「水着でも良いぞ」
真野さんが冗談めかして言った。
「ダメです」
僕のは、たぶん本音。

僕らの役割は、見回りとゴミ拾い。出店も出ているから、どうしてもそこら中にゴミがポイ捨てされている。

「ゴミぐらいちゃんとゴミ箱に捨てろよな」なんてとても真っ当なことをミニスカナース姿の真野さんが言っているのを見てニヤニヤしていると、ピカチュウの着ぐるみを着た小さな女の子が話し掛けて来た。
「ねーねー、お姉ちゃんお医者さんなのぉ?」
「うんうん、違うよ。アタシはね、大人の男の人を癒す看護婦さんだよ」
かがんで女の子に目線を合わせて話しかける真野さんは、とても優しいと思う。ただ、大人の男前提で説明しないであげてね。
「へぇー、そうなんだぁ」
それでも女の子は嬉しそう。
「はい、じゃあ飴ちゃんあげるね」
真野さんがポケットから出した飴を手渡すと、女の子は「ありがとー」と言ってお母さんの元へ駆けて行った。「ありがとうございます」と言いながらも、真野さんを見て目をパチクリさせているお母さんが印象的だった。

「優しいですね、真野さん」
心からそう感じた。
「うーん、小さい内に優しくしてやらないと、アタシみたいになっちまうからな」
「そうかも知れないですね」
「おーい、フォローするとこだろ、今のは。そんなことありませんとか」
「冗談です」
「よし。まぁでも、こういうの本当は苦手なんだけど、吉田の前だと平気なんだよな。お前、アタシのこと変な目で見ないじゃん。今ちょっと馬鹿にしたけど」
僕も真野さんが相手だから、気兼ねなくふざけられるのだと思う。
「ずっとこうなりたかったんじゃないかって、最近すげー思ってる」
そう言った真野さんは、遠くを見ながら何かを考えているようだった。

イベントは大盛況の内に終わり、僕らも一度集合した後で、簡単な打ち上げをして解散した。

帰り道のこと。
「吉田、あの、さぁ…」
「はい」
「いや、なんでもない。明日も仕事、頑張ろうな」
真野さんは確かに何か言い掛けたけれど、最後まで言葉にならなかったみたいだ。仕事を頑張ろうなんて、そんなことを言いたかったんじゃないのはわかっている。でも、僕は躊躇ってしまって聞くことが出来なかった。
「はい、じゃあまた明日」
結局そのまま分かれることになった。
「あぁ、また明日な」
真野さんの笑顔に、ほんの少し切なさが混じっているような気がした。

僕は一人になった後、不甲斐ない自分を責めて、ちょっとだけ泣いた。

つづく

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