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マリリンと僕18 〜人は時に鬼と化す〜

オーディションの日から1週間が経過した。
しかし、未だ音沙汰は無い。念の為に萱森さんに確認をしたが、「普通に考えたら春からのドラマの主演を今頃選んでるのが遅過ぎるぐらいなんで、そんなに選考に時間掛けないと思うんですけど。でも、今んとこ連絡無いですね」ということだった。

そして今日は、初めてインタビューを受けることになっている。「舞台も予定無いんですから、何か仕事しましょう」と言って、萱森さんが仕事を取って来てくれた。「タウン誌なんで、ノーギャラです。顔売るのと、インタビューの練習だと思って下さい」だそうだ。僕はその辺のことはよくわからないし、確かにインタビューなんてされたこともないから、「はい」という返事しか用意は無かった。

「アタシ忙しいんで、後でメール送りますから、それ見て自分で行って下さい」
萱森さんは1人で5人のタレントや俳優のスケジュールを管理している。僕なんかより余程忙しいのはわかっているが、それにしても扱いがぞんざいだなぁと思う。
「早く陽太さんの専属にして下さいね」
ぞんざいだなぁと思った直後に、こういう冗談をおどけて言うのだ。メールでも嬉しいけど、どう返すのが正解か、よくわからない。
「頑張ります」
よくわからないから、面白くも何ともない返答しか返せない。
「うーん、陽太さんはとてもじゃないけど、バラエティ向きでは無いですね」
そう言われても、何も反論出来ないな。
「最近は俳優でもバラエティ出ないとダメなんだけどなぁ。でも、そういう業界慣れしない陽太さん、アタシは好きですよ」
プツッという音と共に電話が切れた。ただただ感情を弄ばれた気分。電話の向こうでニコニコ笑っているだろう萱森さんを思い浮かべると、腹が立つような、でも少し嬉しいような複雑な気持ちになる。

取材の待ち合わせ場所である中野のカフェに、30分以上早く着いた。人の流れを避け、カフェの横壁に寄り掛かりながら、何を聞かれるのだろうとか、どう答えようとか、とりあえずのシュミレーションをしながら取材の担当者を待った。が、約束の11時を15分過ぎても来ない。時間を間違えたかと思ってメールを確認したが、間違いは無かった。そのまま30分が過ぎた頃、ハイヒールであることを忘れているかのように猛ダッシュで走って来る女性が目に入った。
「す、すみません。電車乗り過ごしてしまって」
顔は既に汗だくだったが、汗だくがあまりに不似合いな、大人っぽい綺麗さと可愛いらしさを併せ持った女性だった。長いストレートの黒髪が美しく、ベージュのロングコートに小豆色のレーススカートが良く似合っている。僕より少し歳上だろうか。
「またやっちゃった」
「また、ですか?」
「今月三度目なんです…。小説の世界に入り込むと、気づいたら乗り過ごしてしまって」
仕事の時は小説読むのやめたら良いのにと思うが、綺麗な人に言われるとなんだか許せてしまう。勝手なものだと、我ながら思う。もらった名刺には、タウン誌の名前と山村梓という、彼女の名前が書いてあった。

カフェに入り、案内された席に着く。「経費なのでお好きな物を」と言われ、僕はブレンドコーヒーを頼んだ。メニュー表には豆についての説明があったが、普段缶コーヒーばかり飲んでいる僕にはあまり意味のないものだった。
「お煙草吸われますか」と聞かれ、「前は吸っていたんですけど…」と伝えた。絵莉と別れた時に、煙草ともお別れしたのだ。

質問の内容は一般的なものだけだった。だが、実際のところその“一般的”な質問ですら、僕にとっては難題なのである。

子どもの頃からの夢で親を必死で説得して、でもないし、原宿でスカウトをされたわけでもない。専門学校も途中からは惰性で通っていたし、アルバイトをしながら寝る間を惜しんで稽古に打ち込んでいた、とかでもない。そもそも下積みと言って良い期間があるのかも怪しいレベルだ。気づいたら5人の女性を掛け持ちで交際していたなんて話せるわけもないし、奇妙な出立の少女との関わりが、本気で芝居に打ち込むようになったきっかけだなんて、普通に考えたら意味がわからない。あげくマリリンが城山家の令嬢だなんて知られた日には、もうややこしくて仕方がない。

そんなわけで、1時間ほど話せることだけを話した結果、何の面白味も無い内容に仕上がるであろうことは容易に想像がついた。目の前の山村さんには申し訳なく思う。
「以上です。ありがとうございました」と笑顔で会釈してくれた山村さんに、「なんかすみません。物語がなくて」と僕は言った。
「それはそれで面白いと思います。夢を叶える人が皆ドラマチックじゃなきゃいけなかったら、夢、追いづらいじゃないですか」
そういう意味では、僕の現状はドラマと言うか漫画のようでもある。なんだか余計に申し訳ない気持ちになった。
「あの、月野さん、この後って何かご予定ありますか」
「いえ、特には」
「お昼、ご一緒に如何ですか。ちょうどお昼時ですし、私お腹空いちゃって。あ、勿論お金はこちらで出します」
「そうですね。僕もお腹空いてます。でも、自分の分は自分で出しますよ」

カフェを出て少し歩き、山村さんが「前から行きたかったんです」と言って案内してくれた、中野では有名なラーメン屋の列に並んだ。15分程待って店内に入るとテーブル席に案内された。注文は並んでいる間に聞かれていたので、席に着くや、間もなくラーメンが出て来た。背脂たっぷりの濃厚な豚骨ラーメンだ。
「ほんっとに美味しい。チャーシューもとろっとろだし...。来て良かった」
満面の笑みで、心からの感想。実際、並んで損は無かったと思えるクオリティだ。
「本当にありがとうございます、付き合って頂いて」
「全然。僕もお腹空いてましたから」
「こんな…って言ったら失礼ですけど、月野さんみたいな造形の綺麗な男性と一緒に食事出来るだけでもとても嬉しいですし、結婚してから、なかなかこういうお店も自由に来られなくて」
左手の薬指には結婚指輪が輝いている。
「僕なんかで良ければ、いつでも」
僕は何の気無しに、そう言った。

食事を終え、お店の前で山村さんと別れた。別れ際「今回の記事のことで連絡するかも知れないので」と言って連絡先を聞かれたので、電話番号を教えてLINEも交換した。インタビューが終わった報告だけ萱森さんにメールで送り、そのまま夕方頃までサンモール商店街やブロードウェイをブラブラし、文明堂寄ってカステラを購入し、帰路に就いた。

帰り道、自販機でホットの缶コーヒーを買って、いつもの公園に向かう。

公園に着くと、ブランコに乗るジジとマリリンがいた。ジジも上手にブランコに乗っていたが、僕に気づくと譲ってくれたのか、ブランコを飛び降りて、僕の足に首元を擦り付けて来た。そしてマリリンに、今日のインタビューのことなどを話した。

「え、なんで!?あかんの?」
何が?
「ウチのオカン、たぶん兄ちゃんとのこと言いふらしてんで」
え?
「ああ見えてオカン口軽いからな、若手のイケメン俳優と友達になった言うて、下手したら勝手にSNSとかあげてるかも知れへんで」
それはさすがに事務所に怒られるかも知れない。
「一応オカンには言うとくわ。兄ちゃんが困るて。でも、ウチと兄ちゃんのことはさすがに言わんと思うねんけど」
そう願いたい。
「にしても兄ちゃん、ほんま気をつけんとあかんで」
何が?
「ひとづまとふりんしたらあかん言うねん」
人妻?不倫?
「自分から連絡先聞いて来るて、その気満々やん。仕事の話なら、それこそ事務所に連絡入れるんちゃうの」
確かにその通りだ。マリリンに言われるまで気づかないのは、さすがに情けない。
「たぶん違うとは思うけど…、まぁ、不倫はマズイよね」
経験済みではあるが。
「ウチももう高学年やからな。ふりんがあかんことぐらいわかるで」
「そうだね。気をつけるよ」

僕は僕で聞きたいことがあった。マリリンのお母さんの真里亜さんと、祖母の真里子さんの関係について。なんだか訳ありなようで、夢にまで出て来られて、とても気になっていたのだ。
「いや、兄ちゃんでもそれは言えへん。そればっかりはさすがにウチもお口にチャックや」
僕は手元の文明堂の紙袋を、マリリンに見えるように膝の上に置いた。
「カ…カス…テラ…やん!?くれんの?」
またそっと手元に隠す。
「に、兄ちゃん。それはあかんで。ほんまにあかん。そんなんクズのやることやで?」
さらに背中に隠す。
「ちょっ、待っ…、いやいや、いつからそんなんするようになったん?悪魔か鬼やで?鬼畜やん?鬼畜米英やん!?ぎぶみーカステラやで!?」
紙袋を膝の上に戻す。
「わ、わかったて。わかりましたて。話しますやん。話しますて。だからその...、カステラをください…」
我ながら大人気ないやり方だとは思ったが、どうしても聞いておきたかったのだ。

そしてマリリンが、母と祖母の関係について話を始めた。

つづく

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