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真野さんと吉田くん 第7話〜素直になれなくて〜

吹く風も涼しくなり、少しずつ秋らしくなってきた、とある休日。僕はタナベ書店で小説を2冊購入し、なんとなく商店街をぶらぶらと歩いていた。

反対側の歩道を歩くカップルがいて、その女性が真野さんだと気づいた僕は、気づかれないよう、逃げるように近くのコンビニに入った。

僕と真野さんは恋人では無いから逃げる理由も無いのだけど、他の男性と笑顔で腕を組む姿を見て、反射的に隠れてしまった。

男性は僕や真野さんよりは10歳くらい上だろうか、背も高く180㎝ぐらいはありそうで、男としてのスペックは全く及ばないと思った。オフホワイトのニットワンピースに身を包んだ真野さんとも、大人な雰囲気で似合っていた。

その日は家に帰って小説を開いても、頭の中のモヤモヤが邪魔をして、内容が入って来なかった。

翌週は仕事でも凡ミスをして、部長からは注意を受け、真野さんにも心配された。理由の元が真野さんだなんて、本人に言うことは出来なくて、とにかくミスに気をつけてその週を乗り切った。

金曜日の昼休み、真野さんから「吉田、今日とりき行くぞ」と言われた。いつもと違って、及び腰な誘い方じゃないことに違和感を感じたけれど、僕はいつも通り「もちろん行きます」と答えた。

「なんか最近元気無くないか」
席に座り、生ビールを2杯頼むなり、心配そうに真野さんが言った。
「いえ、そんなことないです。元々こんな感じですよ」
「嘘つくなって。吉田はアタシと違って、仕事でくだらないミスすることなんかないじゃん。ずっと気になってたんだ」
いつに無く、真野さんは真剣な表情だ。

嘘をつき続けることも出来ないと思い、先日のことを話した。
「真野さん、新しい彼氏さんいるって言ってなかったから、どうすれば良いかわからなくて」
そう僕が言うと、何故か真野さんはニヤついた表情に変わった。
「吉田、もしかしてお前…嫉妬してる?」
「してません」
「嘘だぁ」
「嘘じゃありません」
「ぜーったい嘘だね」
「絶対本当です」
「ふーん、あれ、従兄弟だぜ」
「えっ?えっ?」
「いーとーこ。ウチ、母子家庭じゃん。ケンちゃんはアタシが小さい頃から一緒に遊んでくれてさ、アタシがグレてる時もずっと気にしてくれてたんだ。歳の離れた兄ちゃんみたいなもんなんだ」
「でも、腕組んで歩いてたから。てっきり彼氏さんだと思ってました」
「昔から何か買ってもらいたい時はアレやってねだるんだ。ケンちゃん普通に嫌がってたろ」
あの日の僕は半ばパニック状態だったからか、その辺の記憶は抜け落ちている。
「…で、吉田。嫉妬、してたんだろ?」
「してません」
「嘘つくなって」
「嘘じゃありません」
嫉妬かどうかは別として、少なくともホッと安心したのは事実ですけど。
「素直じゃないねぇ」
真野さんが両手を広げてそう言った。

「カタラーナ頼んで良い?」
「じゃあ僕はチョコパフェ食べます」
各々締めにデザートを食べ、会計を済ませて鳥貴族を後にした。

夜も8時を過ぎると、風も少し冷たく感じられた。
「秋っぽくなって来たなぁ」
暑いからと、グレンチェックのセットアップの上着を脱いだ真野さんは、白のノースリーブ姿。
「それ、さすがに寒くないですか?」
僕がそう言うと、真野さんはまたニヤっと笑って腕を組んで来た。
「こうしてほしかったんだろっ?」
真野さんが悪戯な笑みを湛え、ピタッと体を寄せて来た。髪の香りがフワッと漂う。僕はどう対応すれば良いかわからず、ただ硬直してしまった。
「なんかリアクションしろよー。こっちがバカみたいじゃんよー」
真野さんは目を細めて、僕に不満を漏らした。
「すみません」
「罰としてあそこの大通りまでこのままの刑だ」
「……………。」
「だーかーらー、だーまーるーなーよーーー」
「あ、はい、すみません」
自分でもよくわからないけど、なんだか泣きそうだった。嫉妬や安堵、驚きが入り混じった複雑な感情の中に、“嬉しい”も間違いなく含まれていた。

大通りまではたった数分だ。

「ずっとこの時間が続けば良いのにな」

言葉には出来ず、左腕に真野さんを感じながら、大通りまでゆっくりと歩くのだった。

つづく

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