見出し画像

復讐 【修正前ver.】

夏休みも終わり、また憂鬱な高校生活が再開した。

柴咲玖美は学校が嫌いだった。4月に入学して以来、少しずつクラス内で性質毎にグループが分かれ始め、玖美は不真面目な方のグループに籍を置いた。成績は特別悪くはないが、教師は信用していないし、素直に言うことを聞くなんてまっぴらごめんだ。だから、望んだわけでもなく、自然と居場所が決まった。

「ねぇねぇ、玖美くみぃ、この間山下公園で一緒に撮ってアップしたTikTok観た?」
声を掛けて来たのは同じクラスの石井優奈だった。グループ内では明るい天然キャラ的な立ち位置で、玖美も表向きは仲良くしているが、内心は「ただのバカ」と蔑んでいる。実際優奈は、九九すら危うい。
「え、撮ってすぐに一緒に観たじゃん。どうかしたの?」
「ここ観てみって。この木の陰のところ。なんか制服着た女の子がウチらのことめっちゃ観てんの。すっげぇ暗い顔で。ちょーヤバくない」
動画には、確かに優奈の言う女の子が映っていた。
「玖美、この子のこと知ってる?」
「えー、知るわけないじゃん。だって途中で学校ふけて山下公園行った時っしょ?なんか撮ってっから観てただけじゃね」
「あー、そっかもね。なんか地味な感じの子だし、ウチらが羨ましかったのかな」
休憩時間終了のチャイムが鳴り、優奈は自分の席に戻って行った。

「なんで…」

一人になった玖美の体は震え、鳥肌が立ち、心は酷く動揺していた。

動画に映り込んでいた少女を、玖美は知っていた。知らないはずがない。その少女は間違いなく、中学3年生の時に自殺した、同級生の新田萌乃だった。自殺の理由はイジメ。

きっかけはとても小さなことだった。
「萌乃って須藤のこと好きらしいよ」
という誰かの言葉。もう誰が言ったのかも覚えていない。そんな噂レベルの言葉。

須藤隆一はバスケ部のエースだった。背が高くイケメンで、運動神経は抜群。学力はイマイチだし生活態度も良くないが、その悪っぽさがかえって思春期の女子にはウケが良く、須藤に憧れる女子は多かった。

当時玖美が常に行動を共にしていた親友、金田有紗もその内の1人だった。有紗は2年生の時に一度須藤に告白をしたが、「俺、今部活最優先だから」とフラれてしまった。そんな傷心の経験もあってか、クラスでも地味な方である萌乃が須藤を好きだという噂が耳に入ると、「身の程知らずにも程がある」と理不尽な怒りを露わにした。

玖美自身は須藤に対して特別な感情を抱いてはいなかったが、有紗が萌乃に意地悪をするようになると、“軽いノリ”で加担するようになった。

玖美は玖美で、両親と上手くいっていなかった。成績のことで叱責され、反発すると父に頬を叩かれた。生活態度のことでも毎日母にクドクドと説教をされ、苛立ちを募らせていた。結果として、蓄積したストレスの八つ当たりの対象が萌乃になったのだった。

始めは有紗と玖美だけが、悪口を言ったり軽い嫌がらせをする程度だった。しかし、そこに須藤とその仲間数人が加わってから、潮目が変わり始めた。

「新田が俺のこと好きとかマジ気持ち悪りぃんだけど。なんかこっちが恥ずかしいじゃん」
須藤がそう言うと、
「本当だよね。ちょー生意気でムカつくんだ」
未だに須藤に気のある有紗がそれに乗った。

2人が中心になり、萌乃にドッキリを仕掛けた。放課後に須藤が萌乃を呼び出し、「ずっと新田のことが好きだった」と告白をした。有紗や玖美のことで心を痛めていた萌乃は、突然の告白に戸惑いはしたが、嬉しさのあまり涙を流した。夢のようだと思った。そこに有紗や玖美、須藤の仲間たちが現れ、ドッキリだったことを明かす。喜びの涙は一瞬にして、悲しみの涙に変わった。傷ついた萌乃の心に塩を塗るように、全員で罵声を浴びせ、辱めた。

それからイジメはエスカレートする一方だった。

ある日、須藤はまた萌乃を呼び出した。そして、「俺のこと好きなんでしょ。パンツ見せてよ」と言った。当然萌乃は断ったが、仲間の男子2人が羽交い締めにし、有紗が笑いながらスカートをめくってみせた。須藤がそれをスマートフォンのカメラで撮影すると、有紗が「せっかくだから全部見てもらいなよ」と言って、泣きながら抵抗する萌乃を無視し、下着を下ろした。須藤はその姿もカメラに収め、「お前、親とか学校にチクったら、これ拡散すっからな、名前入りで。一瞬で世界中に広まるぜ」と言った。泣きくずれる萌乃を気にとめることも無く、笑いながらその場を立ち去った。

次の日、萌乃は学校を休んだ。親には昨日あった事を話すことは出来ず、「悪寒がする」と言っておいた。萌乃の家は母子家庭だ。母親も仕事を休むわけにはいかないから、「最近元気ないみたいだし、今日はゆっくり休みな」と言って出て行った。本当は行かないでほしかったし、昨日のことを話したかったが、結局勇気を出すことが出来なかった。

しかし、須藤は休むことも許さなかった。
「アイツ警察とか行ってねーだろうな」
内心、自分のやったことに怯えていたのかも知れない。その怯えは、須藤の暴走を加速させた。
「お前んち母子家庭だろ?親いない時間なら外出られるよな」
電話をして、萌乃を呼び出した。

公園に連れて行き、多目的トイレに萌乃を押し込んだ。外には1人、見張り役を置いた。
「なぁ、全部脱げよ」
萌乃を睨みつけながら須藤が言った。
「嫌だよ…」
絞り出すような声で、萌乃は抵抗した。
「うざっ。別に何もしねーよ。画像拡散されたいのかよ、お前」
萌乃は諦めて、服を全て脱いだ。
「オナニーしてみせろ。どうせいつも家でしてんだろ。俺がオカズか」
「もうやめてよ…」
萌乃が泣きながら言った。
「うっせーな、さっさとやれよ。逆らえる立場じゃねーだろ」
須藤に凄まれ、形だけしてみせた。
「うーわ。お前、本当変態だよな。よく生きてられんな、マジで」
そう言いながら、須藤は動画を撮影した。有紗は須藤に寄り添いながら、ニヤニヤして、その姿を見ていた。

その頃には玖美や須藤の仲間の一部は、行為の残酷さに引いていた。玖美は一緒にいるだけで、積極的に加担しようとはしなかった。でも、そこから抜けることは、怖くて出来なかった。

その夜、萌乃は遺書を残し、自殺した。

仕事から帰宅した母親が、タオルで首を吊っているのを発見した。その時にはもう手遅れだったらしい。死に方は、スマートフォンで調べたのだそうだ。

その事実を知った玖美は、人生終わったな、と思った。途中からは積極的に加担していないとは言え、人が一人死んだのだ。いや、殺したようなものだ。そして、元々のきっかけは有紗と自分だ。お咎めが無いはずが無い。そう思った。

だが、そうはならなかった。

学校や教育委員会が、隠蔽に動いたのだ。形式的にアンケートが取られたが、学校内ではそれほど目立つことはしていなかったから、大した情報は出て来なかった。玖美や有紗、そして須藤らは遺書に名前があったから聴取はされた。しかしそれも便宜的なもので、イジメが自殺に結び付いた事実は無いという、結論ありきの聴取だった。学校はその結果を元に「自殺の事実は無かった」と萌乃の母に伝え、反論をされてもまともに取り合おうとしなかった。警察も勿論動いたけれど、結論は変わらず。その理由はわからない。須藤の父親が県の議員だからじゃないかって誰かが言ってたけど、そんなこと、玖美にはどうでも良かった。自分もクソだけど、大人はもっとクソだって、その時ハッキリと理解した。

玖美は昼休みを前に、学校を早退した。動画のことが頭から離れず、授業も友人の話も全く頭に入って来なかった。

家に帰り、ベッドに寝転んだ。きっと何かの間違いだ。萌乃はもう、この世にいない。そう思ってTikTokを開き、動画を再生した。でも、そこにいたのは間違いなく、萌乃だった。心なしかさっき見た時よりハッキリ映っているように感じた。体の震えが止まらない。

LINEの着信音が鳴った。通知画面には『もえの』という名前が表示されている。登録した覚えは無い。怖いけど、開いた。

『許さないからね』
端的なメッセージが、玖美の心をえぐる。

震えが止まらない。目から涙が溢れ出る。頭がおかしくなりそうだった。悪いのは私じゃない、須藤なんだ。恨むなら私じゃなくて須藤を恨んでよ。

どうすれば良いのかわからず、玖美は須藤に電話を掛けた。電話は、不通だった。中学卒業後、家庭の都合で引っ越したのは知っていたが、電話はそれでも繋がるはずだ。

今度は有紗に掛けた。中学を卒業してからは、一度も連絡を取っていない。
「もしもし、玖美?」
有紗の声だ。
「うん」
「久しぶりじゃん、どうしたの?」
「うん、ちょっとさ、須藤に電話したんだけど繋がらなくて、有紗知ってるかなって思って」
理由を濁しながら話した。しばらく黙った後、有紗が話し始めた。
「リュウ、引っ越してすぐ事故で死んだんだよ。知らない?」
「え…、初めて聴いたけど…」
「なんかね、夜中に急に外に出たと思ったら、道路に飛び出して、それでトラックにはねられたんだって」
「全然知らなかった」
「たぶん中学の同級生はほとんど知らないよ。アタシも直接聞いたんじゃないし。次…アタシかな」
「そ…そんなこと言わないでよ」
「だって、絶対そうじゃん。萌乃の呪いに決まってるよ。自分から死にに行くとか、呪いしかないじゃん…」
それだけ言うと、電話が切れた。掛け直しても、繋がらなかった。

LINEの着信音が鳴った。もえのだ。
『どちらにしようかな』
玖美か、有紗か。

「やめてよっ。アタシ、そんなに酷いことしてないでしょ?悪いのは須藤と有紗じゃない…」

TikTokが勝手に開いた。

AIレコメンドによるオススメ動画が表示されている。

玖美のスマートフォンの画面は、須藤が撮影した萌乃の動画で埋め尽くされていた。泣きながら、辱めを受け、死を選ぶしか無かった少女の姿で、埋め尽くされていた。

「ごめんなさい…ごめんなさい…」
玖美は画面から目を背け、恐怖に涙しながら、実体の無い萌乃に謝った。

『アタシ、許してもらえなかったよ。悪いことしてないのに、許してもらえなかった』

「ごめんなさい…。アタシが軽い気持ちで有紗に合わせなければ…きっとこんなことにはならなかった。途中で止めることだって出来た。アタシ…ごめんなさい…ごめんなさい」
絶叫するように、玖美は萌乃に詫びた。心から謝った。ガラガラの声で、存在しない萌乃に、ごめんなさいを繰り返した。

『反省した?』

「うん。幾ら謝っても、足りないのはわかってる…。許してもらえないのもわかってる。でももう、アタシには謝ることしか出来ない。何も出来ないのよ。萌乃、本当にごめんなさい…」
何回も何回も、玖美は萌乃に詫びた。玖美はは萌乃が近くにいるように感じていた。その萌乃にごめんなさいを叫び続けた。どれぐらいの時間そうしていたのだろうか。やがて疲れって、体の力が抜け、そのまま気を失った。

目が覚めると、玖美のスマートフォンはいつも通りに戻っていた。LINEの履歴にもえのの名前は無く、TikTokのオススメも元通り、K-POPやアイドルの動画中心に戻っていた。

「ありがとう」
安堵した玖美は、萌乃に感謝を伝えた。許してくれたことへの、心からの感謝を。

LINEの着信音が鳴った。

有紗からだ。

『たすけて』

復讐はまだ、続いている。


end.

※先にアップした、2000字のホラー用『復讐』の原文です。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?