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マリリンと僕 20 〜don't think.Feel.〜

翌日、僕は阿佐ヶ谷でランチをしていた。正面に座っているのは山村さんだ。さんざマリリンに注意してもらったのに、午前中の電話で「仕事だし」ということで会う約束をしてしまった。

山村さんは今日も20分程遅刻をして、阿佐ヶ谷駅の階段を猛ダッシュで駆け降りて来た。冬なのに汗だくで、ハァハァと息を切らしている。そんなに焦らなくてもと思いつつ、見た目の綺麗さと行動のギャップに、可愛い気を感じてしまう。白いニットのワンピースにファー付きの黒いダウンジャケットという出立ちで、ダウンを脱ぐとボディラインの美しさがよくわかる。通り過ぎる男性の視線を集めるのも無理がないと感じられた。

「無理を言ってすみませんでした。お時間割いて頂いて、本当にありがとうございます」
呼吸を整えながら、山村さんが言った。仕事とは言え、歳下の僕に対してずっと丁寧な言葉で話してくれることに、僕はとても好感を感じている。

お店は既に山村さんが予約済みで、阿佐ヶ谷でも有名なピッツェリアに入った。

「もう少しお話聞きたくて」
山村さんはそう言ったが、昨日のインタビューでも僕はエピソードらしいエピソードを話せていない。僕の人生が動き出したのはマリリンがきっかけで、その前の話もマリリンと出会ってからの話も、話せないことか、至って平凡な話かのどちらかだ。
「特別に面白い話は出来ないかも知れないですが」
僕が言うと、山村さんは「全然大丈夫です」と笑顔で返した。
サラダとブッラータ、ピッツァはクアトロフォルマッジォとルッコラ・エ・プロシュットをオーダーした。「お昼なので」と山村さんは一杯ずつハウスワインの赤も頼んでくれた。

僕の話はやはりドラマ性の欠片も無いものに終始したが、それでも山村さんは楽しそうに聞いてくれていた。
「なんだかデートみたいで新鮮」と、ふいに山村さんが言った。他人が見たらそう思っても無理はないだろう。お飾りのようにテーブルに置かれたレコーダーを除けば、これはただのランチデートに他ならない。ふとマリリンの「気ぃつけなあかんで」という言葉が過ぎったが、仕事として割り切ることにした。

「もし月野さんが嫌じゃなければなんですけど…、仕事以外でお誘いしたらご迷惑でしょうか」
山村さんが少し照れた感じで言った。
「山村さんは大丈夫なんですか?」
質問返しをしたのは、山村さんが既婚者だからだ。
「ウチは大丈夫です。仕事だって言っておけば何も聞かれないし、あっちはあっちで好きにやってますから」
良いのか悪いのか、よくわからない。
「口は堅い方だから誰にも言わないですし、間違っても記事にはしませんよ」
ニコッと笑ってそう言ったけれど、それもどこまで信じて良いのか。
「そうですね、日が合えば」
僕は曖昧なことを言ってはぐらかした。
「お仕事の邪魔は絶対しません。ご都合の良い時にお会い出来たら、それで十分です」
断り切れず、なんとなく受け入れてしまった。嫌な気はしない…というより、正直なところ嬉しい気持ちの方が強い。そうしてその日のインタビュー(?)は終わった。

山村さんと別れた後、少し時間を潰してから大手町の向かった。萱森さんと打ち合わせをするのに、大手町を指定されたのだ。阿佐ヶ谷からは乗り換えなく行けるから、それほど面倒ではなかったが、マネージャーに合わせて移動するのはどうなんだろうかとさすがにモヤっとする。

「遅いですよ!」
改札前で頬を膨らませて怒る萱森さんを見て、僕は思わず「可愛いな」と呟いた。15分も前に着いて待っていてくれたそうだ。ただ、僕も約束の5分前に着いたのだから怒られる理由も無いのだけど。
「何言ってんですか。さっさと移動しますよ。もうお店予約してあるんですから」
僕の意思とは無関係に、夕食の場所も既に決まっているらしい。

移動した先は個室にある居酒屋だった。「ここはおでんとお刺身が美味しいんです」と、満面の笑みで言う萱森さんは、やはり可愛い。

オーダーしたおでんと刺身の盛り合わせ、出汁巻き卵をつつきながら、僕は獺祭を、萱森さんはレモンサワーを飲みながら仕事の話をした。
「結果はっぴょーーー!」
先日のオーディションの結果の報告を、あまりにも軽いノリで発表される。既に軽く酔いが回っているようだ。
「だららららららら…じゃん!月野陽太さん…、落選です!!」
「あぁ、そうなんですね」
「もう少しショック受けて下さいよー。せっかくドラムロールまで鳴らして演出したんですからー」
僕は一切求めていないよ…。
「でもでもでもでもー」
今度は小島よしおのノリ…。
「レギュラー決定です!!」
「あぁ、そうなんですね」
「それ、わざとやってます、陽太さん?普通『本当ですか!?』とかじゃありません?」
確かにそうかも知れないが、軽く過ぎるノリのせいで、大事なことだと気づけなかったのだ。僕のせいではない、と心の中で言い訳をする。
「すみません」
とりあえず謝っておいた。

萱森さんからドラマの一話目の台本を手渡された。そこに桜井の名前が載っているのも感慨深い。ストーリーは男性教師が主人公の学園ラブコメで、僕の役どころは主人公の同僚の体育教師だった。自分で言うのもなんだが、僕は体育教師という風態ではない。「なんでですかね」と萱森さんに聞いたが「なんでですかね」と同じ言葉で返された。まぁ、知るはずも無いか。

それから他のキャストを改めて確認し、驚いた。僕の恋人役として書かれていた名前は…、深谷絵莉。元カノだ。

「絵莉…」
「あ、深谷さんご存知なんですか?なんかオーディションと関係なく『なんでこの娘、今まで売れてないんだ?って娘見つけた。このドラマで売るぞ』って、監督さんのゴリ押しみたいです」
「す、少し知ってるくらいです」
本当のことは言えない。
「陽太さんの役の体育教師と深谷さんが恋人で、主人公の恋人も陽太さんに魅かれちゃう…みたいな感じらしいです。陽太さん、モテモテですねぇ」
桜井から聞いたのか、台本にまだ書いてない展開だ。役とはいえ設定が複雑過ぎて、とてもラブコメとは思えない。
「嫉妬しちゃうなぁ」
僕は頭の中で、この役をどう演じるか真剣に考えていたから、まともに聞いていなかった。
「あれー、冗談ですよ。何真面目な顔してるんですか」
「えっ、何がですか」
「聞いてないんかい。もう、言い損だなぁ」
「すみません」
「陽太さんに行っちゃいそうな恋人を引き止める為に、主人公が奮闘するっていうのが話の軸らしいんで、陽太さん、めちゃくちゃ重要な役です」
もう既に胃が痛くなり始めているのに、軽々にプレッシャーを掛けて来ないでもらいたい。
「モテモテはドラマの中だけにして下さいね。陽太さんも注目されるようになったら、油断するとすぐに週刊誌の餌食にされちゃいますから。間違っても勝手に女性と二人で会ったりしないように。敏腕マネージャーからの忠告です」
「はい」
「あ、あたしはマネージャーなんで特別ですから」
「はい」
「特別扱いして下さい」
「はい」
「ちょっとー、陽太さんあたしのこと面倒くさがってません?」
「はい」
「もー、イケメンじゃなかったら鼻の穴におでんの竹串ぶっ刺してますよ」
ちょいちょい発言が過激なんだよな…。
「まぁでも、本当に頑張って下さいね。このドラマで認められたら、次こそは主演のオファー私も頑張ってもぎ取って来ますから。それぐらい、陽太さん魅力あると思ってるんで」
急に真面目な話だ。でも、嬉しい。
「台本の読み込み、お願いしますね。必要なら、あたし陽太さんち行って、本読みの相手しますよ」
「遠慮します」
たまには僕もスカしてみよう。
「なんでですか!うら若き乙女が一肌脱ごうって言ってるのに!もうっ、このヤリチンイケメン!!」
ヤリチンて…。言葉が酷いよ。
「帰りますよ!あたしまだ帰って仕事しなきゃいけないんで」
忙しいんだね、萱森さん。僕も頑張るよ。

会計を済ませ、萱森さんをタクシー乗り場まで送り、僕は地下鉄で帰ることにした。車内は混み合っていて、座ることは出来なかった。帰宅ラッシュの車内で人に揉まれながら、ドラマのことを考えていた。

まさか絵莉とこんな形で再会することになるとは…。

― 本読みの日は近い。

つづく

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