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自転車泥棒 #シロクマ文芸部



走らない自転車をひいて図書館へ向かう。

涼しくなって来たとは言え、役割を果たさない自転車を運ぶのはなかなかに面倒だ。

「なぁ君、こないだ借りたチャリンコだがな、うんともすんとも走らなくなっちまったよ」
受付の黒縁眼鏡の兄ちゃんに申し伝える。
「弁償」
兄ちゃんはこっちを見るでもなく、ボソッと呟いた。
「いや君これは経年劣化と言うんだ。こっちの膝が冬は痛むのと同じで、借りた時にはもう痛んでたんだよ」
「修理」
「二文字しか喋れないのか君。あいわかった、修理をして返そう」
「早めに」
今度は眼光鋭くこっちを見てハッキリ言った。三文字。

「全くこんなオンボロ借りんじゃなかったぜ」ボヤいて、自転車屋に行く為商店街へ。

自転車屋に行く前に小腹が空いていたので肉屋に寄り、メンチカツを買ってその場で食う。「相変わらず美味いね大将」と声をかけると「じゃなきゃ金取れねぇからよ」と大将さりげなく矜持を語る。
「ところで大将、今日自転車屋は開いてるかね」と問うと「アンタが行った時に開いてりゃ開いてるし、閉まってりゃ開いてねぇんじゃねぇか」確かにそうだと思い、土産のコロッケを買って店を出た。

「なぁ店主、コイツはなんとかなるかね」
自転車屋の店主は車体を舐め回すように見て、中指曲げて関節でコンコン叩く。こっちにゃ何やってんだかわかりゃしない。
「なぁ店主、コイツは何処が壊れてるんだい」
「いや旦那、コイツは壊れてるんじゃあねぇな。病気だ病気」
店主が神妙な顔で言う。
「病気って店主、自転車が病気になることなんてあるのかい」
「旦那だって病気になるだろう。自転車が病気にならないなんて道理はねぇ」
「さてそういうもんかね。それで病気ってのはいったい何だい」
「うーん、コイツは恋煩いだな」
店主が神妙な顔で言う。
「恋煩いとな。自転車がかい」
「旦那だって恋煩いになることも…」
「わかったわかった。そりゃあるよ」
なんだか面倒くさくなってきたな。
「旦那よう、思い当たる節はないかね。コイツが恋に落ちるようなさ」
自転車の恋煩いだなんてわかるわきゃない。
「なんでい、鈍感だねぇ。まぁなんとか探してみなよ。コイツはウチじゃ直せねぇから」

さんざ能書き垂れといて直せねぇと来た。まぁ仕方ない。何とかその恋煩いとやらの原因を探してみる他ない。

しかし考えれば考えるほど訳がわからんので、ふざけて店主を真似てコンコン叩き、「お前さん誰に惚れてるんだい」と声をかけてやる。
「ミヨチャン」
ハゥッと驚いて尻餅ついた。
「なんでい、本当にしゃべる奴があるかい」
そしたら今度は黙り決め込みやがった。
「ミヨちゃんたぁ子どもじゃねーか。とんだロリコンチャリ野郎だなおい、お前じゃサイズも見た目も似合いやしねぇぜ」
挑発してみても、結局その後はとんとしゃべりゃしない。仕方がないからミヨちゃん家に行くことにした。

春泥棒のミヨちゃんは、あの日以来ちゃんと小学校をやっている。しかしてミヨちゃんとロリコンチャリ野郎の関係たぁ如何なものか。

インターフォンを鳴らすと老婆が出た。ミヨちゃんに用事だと言うと、返事もなく、家の中で「ミーヨーちゃーん」と叫ぶ声が聞こえた。
「なに」
相変わらず愛想もへったくれもない。
「なんぞこのロリ…いやチャリンコがミヨちゃんに会いたいんだそうな」
「なんで」
こっちが聞きてぇっつんだ。
「なんでもだい。ちょっとだけで良いから相手してやってくれ」
言ってるこっちがよくわからねぇ。
「うん」

ミヨちゃんは小さくて乗れやしない。「ばあちゃんで良い?」と声を掛け、代わりに老婆が自転車に乗った。すると不思議なもんで、ロリコンチャリ野郎が普通に動きやがる。
「こりゃどういうこっちゃ」とこっちが言うと、「どうしたもこうしたも、見ての通りだっちゃ」と老婆。「ちゃ」が気になったがもうそんなこたどうでも良い。ロリコンチャリ野郎なんだかババコンチャリ野郎なんだか。

「運命」ミヨちゃんが言うので「そうかも知れねーな」と言って、結局こっちはそのまま歩いて帰った。

「そういう訳でな、自転車やっちまったんだ。すまんな兄ちゃん」
翌日図書館に行って、兄ちゃんに洗いざらい説明してやった。
「自転車泥棒」
相変わらずこっちも見ずに言う。五文字。
「泥棒たぁ人聞きが悪い。病気じゃあしようがねぇだろ、ありゃ依存性ってやつだ」
「弁償」
「兄ちゃん単語でしか話せねぇのかい。わかったわかった。で、幾らだい」
「三万」
「いやそんな、もうちょい負けてくれよ」
「五万」
「なんで増えるんでぃ。仕方ねぇ、間を取って四万でどうだい」
「良いよ」

なんだか損したような気もするが、まぁ収まるところに収まった。ってことにしとこう。自転車も病むって学んだしな。

走らないチャリンコのせいで、こっちは膝の経年劣化が余計に進んじまったよ。

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