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マリリンと僕19 〜転がる石のように〜

マリリンは、どう話せば良いのかと、少し考えてから話を始めた。

「んとなぁ、兄ちゃんなんとなくわかってるかも知れへんけど、オカンて、ばあちゃんと全然似てへんやん」
マリリンの母、真里亜さんはモデルのようなスラっとした美人(今風に言えば美魔女とでも言うのか)で、祖母の真里子さんはマリリンにそのまま加齢したような、服装まで含めて“奇抜”と言う表現がしっくり来る、ずんぐりむっくりな個性的な女性だ。

「ばあちゃんは個性的なのがええもんなんや言うて、ずっとオカンにもそう教えてたんやて。でも、オカンは個性的なのと、みんなが好きのバランスが大事や思っててんて。そんで、洋服の学校行くようになって、自分のデザインばあちゃんに見せたらボロカス言われたらしいねん」
真里亜さんのデザインは世界的に広く受け入れられている。それに対し、真里子さんは国内では主に大阪に限定された人気だが、海外でも一部に熱狂的なファンを持ち、一点物の服は今でも高額で取り引きされる、言わばアートに近いデザインなのだ。

「オカンのデザインがウケて、どんだけ売れるようになっても、ばあちゃんはずうっと認めへんかったんやって。最後まで認めんくて、結局そのまま死んでもうた。そんで、ばあちゃんが死んでさ、次の年にウチが生まれてん。」
真里子さんは55歳という早さで亡くなっている。

「自分で言うのもアレやねんけど、ウチ、ばあちゃんそっくりやん。オカンな、ウチが生まれた時めっちゃショック受けてたらしくて、『死んでまで皮肉を残された気分だったの』って。いつだったか泣きながら謝られてん。悲しそうな顔で、『ごめんね』言うてな」
複雑な想いはなんとなく理解出来る。まさかこれほど自分に似ずに、軋轢をそのままで亡くなった母に似ていたら、それは相当にショックだろう。

「でもな、ウチかてめっちゃ複雑やで。どうせ似るならそらオカンの方が良かったし、この見てくれな上に、嫌がってたはずの個性的な服ばっか着せられてるねんで。そんで泣かれて…、なんでやねん思うわ」
確かに一番複雑なのは、直接関係の無いマリリンだ。

「まぁでも、なんやかんや言うてオカン好きやし、おらんかったら生きていかれへんし。でも、会うたこと無いけど、ばあちゃんにもテレパシー感じるしなぁ」
マリリンが物憂げに空を見上げる。でも、たぶんそれは、シンパシーだね。
「ウチと会うたら絶対忘れへんやん。それってすごいことやと思うねん。他の子には無い、ウチの個性やろ。宝物やで」
なんなんだろう。まだ小学生なのに、誰かの業を代わりに背負っているようでもあるのに、それを前向きに変換出来るなんて。僕は少し泣きそうになっていた。

「兄ちゃん、もうええか?」
もう十分だよ。
「ほな…、カステラくれる?」
僕は膝に置いておいた文明堂の紙袋を、サッと後ろに隠してみた。
「ちょっ…、えぇ?えぇーっ!?なんなん?ほんまに兄ちゃん悪魔に魂売ったやろ?エロイムエッサイム言うて契約交わしたやろ?小学生相手にそんな意地悪せんといて下さい」
リアクションが楽しくてちょっと遊んでしまったけれど、さすがに罪悪感を感じて、「ごめん」と言ってカステラを手渡した。
「なぁ兄ちゃん、死ぬのもそうやけど、生きることも逃げられへんねんて。イギリスの…誰やったかなぁ。黒いスーツみたいな服着たちょび髭のおっさん。ツェッペリン?その人が言うてたらしいで」
ふいにマリリンが言った。おそらく喜劇王と言われたチャップリンのことだろう。お父さんから聞いたのかな。だとしたら、ずいぶんと重い言葉を教えたものだ。富豪の娘だからこそなのかも知れないけれど、マリリンは多くを抱え過ぎだと、僕は思う。

死と同じように避けられないものがある。それは生きることだ
                     チャールズ・チャップリン

「ジジー。帰るでぇ」
マリリンが呼ぶと、滑り台の下で丸くなっていたジジが立ち上がり、ひと伸びしてからゆったりと歩いて来た。
「兄ちゃん、カステラどうもありがとう。あとな、ほんま女の人には気ぃつけなあかんで」
そう言って一人と一匹は、ドタドタと走り去って行った。

一人きりになった僕はベンチに移動して、すっかり冷めた缶コーヒーを飲みながら、ポケットからスマホを取り出した。Eメールとショートメールが1件ずつ着信している。

『オーディションの結果来たんで、明日で良いから電話下さい。直接内容伝えたいんで。まぁ、会ってご飯食べながらでも良いんですけど、会いたかったら、私忙しいので陽太さんが来て下さいね』
Eメールはマネージャーの萱森さんからだった。どういう立ち位置で言ってるんだろうと軽く憤ってみたくもなるが、いつもの笑顔が頭に浮かぶと、あっさりそんな気は消え去ってしまった。

『本日はありがとうございました。今日のお話の件で、確認したいことがございます。ご都合宜しければ、明日お会い出来ないでしょうか。お返事お待ちしております。』
ショートメールは山村さんだった。確認したいことってなんだろうか。中身のない平凡な話だったと思うのだけど。

どちらも明日の朝電話を掛けようと決めた僕は、飲み終えた空き缶をゴミ箱に捨て、帰路に就くのだった。

つづく

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