象は忘れない?

「象は忘れない(An Elephant Never Forgets)」という言葉がある。

「象は記憶力がよく、自身が受けた仕打ちを決して忘れないものである=必ず復讐する」という意味らしい。
言い伝えには、ある男が誤って象の足に針を刺した際、数年後にその男に会った際、象はその男に水をぶっかけた事から、この諺が生まれたそう。


私の大好きなアガサ・クリスティの探偵、エルキュール・ポワロシリーズにも「象は忘れない」という長編がある。
ただ、この際の原題は「Elephants Can Remeber(象は覚えることができる)」だった。

この話は、ポワロものによくある「回想の殺人」がテーマ。
過去に起こった未解決事件を、ポワロや友人で推理作家のオリヴァ夫人が、当時のことをよく覚えている証人たちの記憶や証言を頼りに、真実を解き明かすというストーリー。
二人は、これらの記憶力の良い証人たちを「象」に例える。

「過去」を辿るというのは、難しい作業だ。
人によって覚えている物事が違っていたり、その人自身が当時何が起こっていたかを忘れていたりで、その結果齟齬が生じる。
皆さんも少なからずこういう経験があるのではないだろうか。

また、人によっては思い出したくない過去もあったりする。
そういう過去をほじくり返すのは、勇気がいる。


かくいう私も、思い出したくない過去はある。
小学6年生の時に、いじめに遭っていた。

小学6年生という小学生最後の年を、思い出したくないものにしてしまった後悔と悔しさは、今でもふと味わうことがある。

あの時は本当に毎日辛かったし、学校に行くことがこんなに辛いと思ったこともなかったし、本気で死のうと思ったこともあった。
あの時の私の感情は、死んでいたも同然だった。

音楽の授業終わりに、私が先生の前で「辛い」とこぼしていなければ、私は今のように生きていないだろう。
あの時、親身に話を聞いてくれた音楽の先生には今でも感謝している。


それから数十年の月日が経つわけだが、傷が癒えたかと問われると、100%は癒えていないだろう。

ふとした瞬間に思い出すと、いわゆる「無」の状態になる。
考えることも、感じることも、やめてしまう。

いじめた人らに対する恨みはない。
ただ、彼らが今現在どこでどんな生活をしているかは、全くもって関心がない。
恨んでいるだけ時間は無駄だと思うし、気にする時間も勿体ない。
そんな時間があるのなら、嫌な思い出を忘れようと前を向く努力の方に、その時間を割きたい。

そう。
象は忘れないかもしれないが、人間は忘れることができるのだ。
良くも悪くも、忘れることが。

「あなたも私も象ね。過去を見たがる象」
「いいえ、マダム。我々は人間です。そして人間には、忘れるという慈悲があります」

(「名探偵ポワロ」第13シリーズ第1話「象は忘れない」)

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せっかく神様が「忘れる」という慈悲をくれたのだ。
私の「未来」は、「過去」に縛りつけられるには、まだまだ長すぎる。

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