高度プロフェッショナル制度はなぜ浸透しないのか

2019年、『働き方改革』の一環としてスタートした制度があります。

高度プロフェッショナル制度、通称「高プロ」です。

この高プロ、制度開始から1年ほど経過してものの実際に制度を利用している企業はごく少数のようです。

https://www.asahi.com/articles/ASN5364NFN4XULFA03K.html


果たして、高プロはどのような制度なのか。なぜ浸透しないのか。探っていきたいと思います。

高度プロフェッショナル制度とは?

まずは、高度プロフェッショナル制度とはどのような制度なのかを見ていきましょう。

端的に言えば、高度・専門的な職種で一定以上の年収の従業員を対象に、労働基準法の適用を緩和してより柔軟な働き方を実現させるための制度ということになります。

この対象となる職種は、金融商品の開発・ディーリング業務・アナリスト業務・コンサルタント業務・新商品等の研究開発業務などです。

また、年収の基準は1,075万円以上とされています。

職種が限定的である点、年収の基準が高い点などから見て取れますが制度の名称通り「高度」な業務に就く方を対象とした制度であることがわかります。

さて、ではこれらの要件を満たしている人であれば誰にでも制度が適用されるのかと言えばそういう訳ではありません。

(1)労使委員会の設置

(2)労使委員会での可決

(3)使用者(企業)が労働基準監督署へ届出

(4)対象労働者の同意(書面)

実際に制度を適用させるには、これらのステップを全て充足させる必要があります。一つずつ見ていきましょう。

(1)労使委員会の設置

労使委員会とは、使用者と労働者の代表から構成される委員会です。詳細な要件は割愛しますが、賃金や労働時間などの労働条件について労使双方が意見を述べるために設置されるものです。

高度プロフェッショナル制度以外にも企画裁量型変形労働時間制の適用にも必要な委員会となります。

この労使委員会を設置せず、社長の独断で制度を適用させようとしてもダメということになります。また、当然他の社内会議による決議などでもダメです。

(2)労使委員会での可決

さて、この労使委員会が無事に立ち上がったとして決議には5分の4以上の賛成が必要となります。過半数ではありませんので要注意です。

さらに、労使委員会での決議事項は10項目に及びます。

①対象業務の限定

②対象労働者の範囲

(ア)職務要件(使用者との間の書面その他の厚生労働省令で定める方法による合意に基づき職務が明確に定められていること。)

(イ)年収要件(基準年間平均給与額の3倍を相当程度上回る水準)

③健康管理時間の把握措置を講じること

④1年間を通じ、104日以上、かつ、4週間を通じ4日以上の休日を使用者が与えること

⑤対象労働者に対し、次のア~エの4つの措置のうちいずれかの措置を講ずること

(ア)始業から24時間を経過するまでに省令で定める一定時間以上の勤務間インターバルを確保し、深夜労働の回数制限をすること

(イ)健康管理時間を1カ月又は3カ月について、それぞれ省令で定める時間を超えないこととすること

(ウ)1年に1回以上継続した2週間の休日を与えること

(エ)週40時間を超える健康管理時間が月80時間を超えた場合等に健康診断を実施すること

⑥健康管理時間の状況に応じて有給休暇(年次有給休暇を除く)付与や健康診断の実施その他の省令で定める措置を講ずること

⑦対象労働者の同意の撤回に関する手続 

⑧苦情処理措置を決議で定めるところにより講じること

⑨同意しなかった労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをしてはならないこと

⑩その他省令が定める事項

項目を眺めているだけでも何だか気が重くなる内容ですが、これらすべてについて決定した上で、決議しなければいけません。

(3)使用者(企業)が労働基準監督署へ届出

労使委員会にて無事に決議がなされればそれでOK!という訳ではありません。

使用者は労使委員会にて定めた内容を労働基準監督署へ届出る必要があります。

届出るのを忘れていた・・・などということがないように必ず届出ましょう。

(4)対象労働者の同意(書面)

いくら労使委員会で決定されたとは言え、実際に働く人は嫌がる可能性があります。

ですので、実際に高度プロフェッショナル制度を適用して働く人からは同意書面を得る必要があります。

口頭での同意では意味を成しませんので要注意です。

さらに、労使委員会での決議事項にも書いていますが、同意しなかった従業員に対して不利益な措置を行うことは認められていません。

さて、ここまで制度の概要を見ていきました。

ここまでの手続きを踏んでようやく対象労働者は「労働基準法」による制限を受けることなく労使委員会で決議した内容に基づいて働くこととなります。

高度プロフェッショナル制度はなぜ浸透しないのか?

ここからがようやく本題です。果たしてなぜこの制度は浸透していないのでしょうか?

そもそも、経済界のニーズに対応するためということで始まったようですが、制度開始から1年経過時点での利用社数は10社。この制度のもと働いている方は400名程度ということです。果たして本当にニーズがあったのでしょうか・・・?

色々と浸透していない理由を考えてみましょう。

(1)制度運用までのハードルが高い

先ほど紹介しましたが、実際に高度プロフェッショナル制度を適用させようとすると、非常にハードルが高いことがわかります。

まず、労使委員会を立ち上げる必要があります。恐らく日本企業には労使委員会がある企業はごく少数です。さらに、本人の同意もなく適用させる訳にもいきません。このようなめんどくさいステップを踏んでまで利用したいほどメリットがある制度なのか・・・という点が大きな心理的なハードルになっているような気がします。

(2)職種、年収要件に該当する人が少ない

そもそも論になってしまい恐縮ではありますが、現在の日本で1,075万円以上年収を得ている人はかなり少数です。

日本全体の平均年収が500万円未満ですので、1,000万円プレイヤーともなれば5%にも満たないほどしか存在していません。

この中から対象職種の基準も満たす人、となるとむしろよく400人以上もいたものだなあと思ってしまうほどです。

(3)メリットがわかりにくい

結局、労働基準法による制限を撤廃したとは言え365日24時間働きっぱなしにするような制度ではありません。柔軟な働き方を実現とは言いますが、そこまで大きなメリットがあるような気もしません。

もちろん、業務に集中的に取り組む時期とそうでない時期の切り替えなどはしやすく、対象職種の方にはメリットがあるのでしょうが・・・

一方で、予防措置があるものの長時間労働の常態化や残業手当(深夜含)がなくなることなどデメリットも考えられます。

裁量労働制でもそうですが、「労働者の自由意思に任せる」と言いつつも結局は企業側の思惑によって左右されてしまい制度が形骸化する恐れもあります。

(4)中小企業にはほとんど無関係

という訳で、つまるところ日本の90%以上を占めている中小企業にはあまり関係がない制度と言わざるを得ません。

一部の大企業の一部の従業員のための制度、それが高度プロフェッショナル制度であると言わざるを得ないのが現実でしょう。

となれば、浸透しないのも必然です。

制度の是非は今後

ここまで長々と高度プロフェッショナル制度について書いてみました。

現時点では、この制度に対して懐疑的な見方をせざるを得ない訳ですが、今後制度を運用している企業からのデータが出てくるでしょう。

制度に対しての是非はそのデータを見てからにしたいと思います。実際、物凄く生産性が向上したりしているかも知れませんから。

しかし、裁量労働制やフレックスタイム制度など既存の制度内で運用できるような気がしますので、高度プロフェッショナル制度でなければならないという理由が欲しいような気がします。

今後、より柔軟な働き方を目指すのであれば、労働基準法などの法制度も順次改正されていくでしょう。

ひとまずは、昨年から始まった「働き方改革」の動向を伺いつつ、よりよい組織とよりよい働き方を模索していくことが企業に求められている姿勢であることは間違いないと思います。

高度プロフェッショナル制度が大きな成果を上げて新しい「働き方」のモデルとなってくれれば。



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