直感と妄想を大事にして生きる
武蔵野美術大学大学院造形構想研究科クリエイティブリーダーシップコースクリエイティブリーダーシップ特論 第2回 佐宗邦威さん
4月17日、ビオトープの佐宗氏の講演を聞いた。講演の内容は、今年3月に発売になった著書『直感と論理をつなぐ思考法』をベースに、「ビジョン思考」の提唱に込められた佐宗氏の思いを語ったものだった。
●ビジョン思考とは
ビジョン思考とは一人ひとりが持つ「妄想」を大事にして、社会に価値を作り出していく、という考え方である。「妄想」は佐宗氏がよく使う言葉で、柔らかく言うとその人の根っ子の部分にある「本当にやりたいこと」「本当に好きなこと」 を指している。ビジョン思考がデザイン思考と異なるのは、デザイン思考は与えられた課題に対して解決策を生み出していくが、ビジョン思考は課題への対応ではなく、「自分がやりたいこと」が起点になっている点だ。
この講演を聞いて、改めて著書を読み直してみた。
この本が人気なのには、理由が2つあると考えている。
1つは、「妄想」を実現するための具体的な手法を呈示していることだ。
スタートアップ志向者に対するアドバイスとして「社会課題から考えるのではなく、自分が本当にやりたいことは何か、から発想する」というのは、比較的よく耳にする話だ。
「クリエイティブなことがしたい」「イノベーションを起こしたい」と思う人が欲しているのは、実践的なステップであり、佐宗氏は、最初の段階で実践すべきことを具体的に呈示している。ビジョン思考を実践したい人は、何から手をつければいいのか、本を手に取ればすぐに分かる。それくらい、具体的な実践方法が、分かりやすく明示されている本だ。
そして売れている2つ目の理由。これは読者に関する考察である。この本に魅力を感じるのは、必ずしも「イノベーションを起こしたい」という意識の高い人だけではないと思っている。シンプルに「自分の人生を充実させたい」、その上で「自分にしかできないことをしたい」という欲求を漠然と持っている人が増えてきおり、その人たちにビジョン思考が響くのではないか。
●よりよく生きるために、自分の妄想に耳を傾ける
佐宗氏は、妄想を実現させるには、まず「余白」を持つことが大事だと言っているが、実はすでに、多くの働く人が時間的な「余白」を持てるようになっているという肌感覚がある。働き方改革は着実に浸透しており、多くの人の労働時間は削減されている。(労働時間削減は、ポジティブな側面ばかりでなく、仕事がAIにとって代わられている前兆かも知れない)加えて、定年後の人生が長いことを考えると、時間的な余白をどう使おうか考えざるを得なくなる。多くの社会人がこれまで考えずに済んだ、「与えられた余暇をどう使おうか」ということを真剣に考えるようになると、ビジョン思考が魅力的に思えるのは想像しやすい。
ただ、ここで一つ現実的な疑問が出てくる。「妄想」を実現する以前に、ビジネスにまで昇華したいほど強い妄想=「自分が好きなこと」を深いレベルで持っている人がどれだけいるのか、ということだ。
就職活動の時を振り返ると、「自分が本当にやりたいこと」を一生懸命考えた。当時は自己分析にあてられる時間もあったが、自分も含めて、周りに「本当にやりたいこと」が見いだせた人は少数だったように記憶している。あるいは卒業論文で書きたいテーマが、いくら時間をかけても決まらない、という人も多かった。
だから、「ビジョン思考が正義」という風潮になると、それはそれで理不尽ではないか、と思う。佐宗氏の思考をめぐるメタファー図はとても分かりやすいので引用すると、「カイゼン思考」「戦略思考」「デザイン思考」で仕事をすることが好きな人もいるのではないか。(カイゼンに関しては、これから仕事としてどれくらい存在するか疑問ではあるが)
※出典「直感と理論をつなぐ思考法」佐宗邦威(2019ダイヤモンド社)
個人的に思ったことをまとめると、ビジョン思考は、ビジネスに限定した思考方法ととらえない方が良い。ビジネスに限らず自分らしく充実した人生を送るための方法と考えれば良いのである。ビジネスに落とし込まなくても、「妄想」をドライブさせる価値は十分にある。ビジョン思考の手法を用いて、自分が本当に好きなことを形にしていくことで、余白時間を有意義に使うことにつながれば、それだけで人生の充実度は増すはずだ。そして、私見だが、ビジネスかnotビジネスか、という2項対立もだんだんなくなっていくのではないか、と思っている。
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