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2040年、ヘルスケアデータ活用の未来

世界経済フォーラム第四次産業革命日本センターは、新たなブリーフィングペーパー「Key Agendas for Healthcare Data Use in 2040: The Future of Health Data in the Fourth Industrial Revolution(2040年に向けたヘルスデータ活用のキーアジェンダ:第四次産業革命下でのヘルスデータの未来)を公開しました。今回は、その内容についてご紹介します。

新たな社会への鍵となるヘルスケアデータ

現在、日本では10人に4人以上が60歳以上という超高齢化社会を迎えています。高齢化に対応した社会を作るには、AI、ロボティクス、IoTといった第四次産業革命関連のテクノロジーが不可欠であり、ヘルスケアにおいてそれらを生かすには個人のヘルスケアデータの収集が不可欠です。昨今のパンデミックを通して、感染状況の把握や非接触サービスを可能にするヘルスケアデータの重要性も再認識されました。

しかし、ヘルスケアデータはセンシティブな情報を多く含むため、利活用は簡単ではありません。パンデミックでも、公衆衛生のためにどこまで個人の健康状態を共有すべきかなど、データ活用の難しさが浮き彫りになりました。

これらを踏まえ、このブリーフィングペーパーでは、日本において官民でヘルスケアデータを活用する上での課題と目指すべき未来像、それを実現するための提案を探っていきます。

最大多様なウェルビーイングの実現へ

ヘルスケアデータ活用がもたらす価値を考えるために、日本で人々が持つ価値観について考えてみます。

まず、誰もが健康でありたいと願っていることに疑いはないでしょう。加えて、高齢化の進む日本では、寿命だけでなく健康寿命を延ばすことや、健康でなくともウェルビーイング(幸せ)でいることの重要性にも注目が集まっています。

また、私たち個人は必ずしも健康のみを目指して行動しているわけではなく、各人が目指すウェルビーイングもさまざまです。官民でヘルスケアデータ活用を進めるには、いかに個人が持つ多様な価値観を調整しつつ、社会的な価値実現をしていくかが課題になっています。

この課題のヒントとなりうるのが、データに基づくウェルビーイングを研究する、慶應義塾大学の宮田裕章教授の考え方です。宮田教授は「最大多数の幸福の実現」から「最大多様の幸福の実現」を目指すべきだとしています。つまり、個人の多様な価値観に基づく様々なウェルビーイングを最大限に目指しながら、社会全体でのウェルビーイングを最大化するべきだということです。これにより、多様なウェルビーイングの形を達成するために、個人の行動の自由も担保され、ある程度の愚行権(他者に迷惑をかけない限り、愚かに思われるような行為を自由に行う権利。飲酒、喫煙を行う権利などが含まれることが多い)も認められるようになるのです。

この考え方が現れているのが、神戸市の PHR(Personal Health Record)事業です。神戸市は、なりたい自分・やりたいようにできるコンディションに持っていくためには健康が大事であるとして、それら各個人の目指すウェルビーイングな姿に近づくためのセルフケアのツールとして PHR を捉えています。ここでは、個人の持つ価値観を「健康」のみにおかず、より広義で多様なウェルビーイングをターゲットにしています。このように、個人のウェルビーイングを最大化するためには、個人のデータに関する主権は各個人にあることを基本としつつ、例外として公的に(社会的な価値のために)データを使える状況を明確化し、本人自身が積極的にウェルビーイングの向上を図れる仕組みが理想だと考えられます。

APPAと社会的な価値が共有されるコミュニティ

では、ヘルスケアデータ活用がもたらすルールはどうあるべきでしょうか?

世界経済フォーラム第四次産業革命日本センターでは、公的な目的でのデータ利用のルールに関して、Authorized Public Purpose Access(APPA)という考えを提案しています。これは、公衆衛生の向上といった社会的な共有可能な価値の実現を、多様なウェルビーイングといった個人の権利への制約リスクを最小化しながら実現する、というコンセプトです。APPAについては、下記をご参照ください。

APPA ではデータ活用を行うコミュニティのなかで社会的な価値が共有されていることを前提としています。コミュニティの範囲は大小様々に考えられますし、ウェルビーイングをとってみても、 OECD が進める世界共通のコンセプトから、地域独自のもの、あるいはサイバー空間独自の考え方などがあります。すなわち、それぞれのコミュニティのサイズや特性に基づくルール形成が重要になるのです。

ヘルスケア三要素を満たすデータ活用

ヘルスケアデータ活用は個人の多様なウェルビーイングと社会に共通する価値の双方を目指す取り組みであると紹介してきました。では、ヘルスケアデータ活用は具体的に何が実現できるのでしょうか。

これを考えるために、ヘルスケア全体が目指す未来像について考えてみます。良いヘルスケアとは、クオリティ、アクセス、コストの三要素を満たすとされています。これに基づくと、ヘルスケアデータ活用は

・個人への医療の最適化(Precision Healthcare)を進めることで、医療のクオリティを上げる
・あらゆる人に医療を行き渡らせる Universal Health Coverage(UHC) を進めアクセスを高める
・効率化を進めることで、コスト削減する

というように、三要素すべての目標達成に貢献しうるものです。

実際にヘルスデータの活用量は全世界で増えており、日本でもさまざまな取り組みによって使えるデータが増えてきました。ただしデータは量だけでなく、規格の統一や信頼性といった質的な側面も重要になります。例えば、電子カルテにおいてはISO、HL7といった、医療情報交換に関する基準がすでに定められ運用も広まりつつありますが、COVID-19のワクチン証明書では国際的な基準の設定、運用が大きな課題でした。こういった課題の解決には、Web3といった第四次産業革命関連技術が役立つと考えられています。

2040年に向けた4つのアジェンダ

こうした目的達成のために、マルチステークホルダーでの課題を整理し、4つの目標とアクションプランを提唱しました。

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ヘルスケアデータ活用促進のための4つのアジェンダ

1. 個人ニーズにオーダーメイドされた医療サービスの提供(一次利用)

個人により良い医療や介護サービスを提供すること。そのためには、使えるデータを増やし標準化するとともに、データへのアクセスを改善する必要があります。具体的なアクションは、以下が挙げられます。

・個人のニーズと目指すウェルビーイングへの理解
・AI、ロボットを使ったサービスの提供
・場所に縛られないアクセスを可能にするオンライン、メタバースの利用
・誰もがサービスを受けられるようにするための、ユニバーサルデザインの促進

2. 医療従事者や各関係者間での情報共有を通じた、医療の質と効率性の向上(1.5次利用)
ヘルスデータを用いて医療の質と効率性を向上させ、間接的に個人に利益が還元されるようにすること。そのためには、データを安全に共有する仕組みが必要です。実際、ペーパー発行後に開催された総務省での情報信託機能認定スキームの在り方に関する検討会においても、健康・医療分野の個人情報の情報銀行での取り扱いの検討が予定されているようです。これらを可能にするための、具体的なアクションは以下の通りです。

・互換性のあるデータ、アプリケーションの作成
・Web3を活用した信頼性の高いデータの活用
・データ解釈をサポートするAIの作成

3. 持続可能な官民モデルの作成(二次利用)
ヘルスデータ活用プロジェクトを持続可能にすること。これまでも官民でさまざまなPHRが作られてきましたが、プロジェクトを持続できるかどうかが課題になってきました。北欧の国々のように税金で賄うのかを含め、政府と民間のセクターがどのように関わっていくかを考える必要があります。具体的に必要なアクションは、以下が挙げられます。

・APPAといった、政府と民間のセクターの関わり方モデルの作成
・持続可能なビジネスモデルの作成

4. 上記3つを支える人材育成・社会的コンセンサスとルールの形成
上記3つの目標達成に必要な人材やコンセンサスを形成すること。直接的な利益がわかりやすい一次利用とは異なり、1.5次利用、二次利用においては社会的なコンセンサスを得るのが難しくなることも考えられます。また、データ活用をするための人材も必要となるでしょう。そのための具体的なアクションは以下が考えられます。

・各ステークホルダーへの教育
・メディアとの連携
・社会的コンセンサス形成のための場所作り
・データ共有に関する国際的なフレームワーク作成
・データ活用に関する国と地域の法制度の統一化


おわりに

今回、ムーンショット目標や他の未来予測に基づき、2040年という中期的な未来について議論しました。
今後は社会実装に関しても議論を進めていく予定ですので、続報にご期待ください!

執筆:小林令奈(世界経済フォーラム第四次産業革命日本センター インターン)


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