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年次総会(通称ダボス会議)2023 – テックの力と連携

2023年1月、世界経済フォーラムの年次総会(通称ダボス会議)が開催されました。公開配信されたセッションのうち、データ・AIエコシステム関連のものをいくつかご紹介します。

今回は、現地時間で1月19日午後に行われたセッション「Tech Power and Cooperation(テックの力と連携)」です。

開催4日目にあたる1月19日全体のハイライトは下記から参照ください。


登壇者(敬称略)

  • Alison Snyder - Managing Editor, Axios

  • Mykhailo Fedorov - Vice-Prime Minister, Minister of Digital Transformation, Ministry of Digital Transformation of Ukraine

  • Kent Walker - President, Global Affairs, Google LLC

  • Brett Solomon - Co-Founder and Executive Director, Access Now

  • Genevieve Bell - Distinguished Professor; Director, School of Cybernetics, Australian National University


人間中心的なテクノロジーの発展のための協力体制を作るには?

モデレーターを務める Snyder 氏は、2017年に創設されたアメリカで注目を集める新興ニュースメディア「Axios」の Managing Editor です。

セッション冒頭で「AIや量子コンピューティングのようなゲームチェンジャーとなるテクノロジーはまだ不十分です」と述べ、人間の利益を保護し、人間を中心に据えた協力的な取組みのために何が必要かを検討する重要性を指摘し、議論が始まりました。

Alison Snyder - Managing Editor, Axios
世界経済フォーラム年次総会2023「Tech Power and Cooperation」より


テクノロジーは我々デジタル国家を支える上で非常に重要です」と述べるのは、ウクライナ副首相でありデジタル・トランスメーション大臣の Fedorov 氏です。

ウクライナは税金や関税などの支払いを情報システムによって管理しており、データの連携が可能なことが非常に重要になっています。このシステムは、サイバー戦争が進行中にも関わらず稼働し続けていると言います。

また、本セッションが行われた前日には、世界でも最も先進的なデジタル国家とされるエストニアが、ウクライナのコードや UI/UX のアプローチを採用し、新たなeアプリケーションを実装されたことに触れ、戦時下あるにもかかわらずデジタル分野で献身的に活動を続けるウクライナの姿を強調しました。

Mykhailo Fedorov - Vice-Prime Minister, Minister of Digital Transformation, Ministry of Digital Transformation of Ukraine
世界経済フォーラム年次総会2023「Tech Power and Cooperation」より


ウクライナ副首相の Fedorov 氏の話を受け、最新のテクノロジーの良い側面と悪い側面について尋ねられた GoogleWalker 氏は、世界は「テクノロジーの世界」と「地政学の世界」で分断が生じていると述べます。

Walker氏によれば、前者の世界では、多様な技術者が集いAIを発展させたことで、AIはグリーン革命やデジタル化された精密な農業、クリーンな水源など様々な分野で活躍する計り知れない可能性を秘めてるものの、同時に存在する後者の世界では、このようなツールが国家や犯罪者によって悪用されるリスクがあると言います。

「私たちは、今まで以上に団結し規範と合意について確認する必要があります。遺伝子研究におけるアシロマ会議のように、AIについても豊かな可能性を最大限活用し、悪用や脅威を最小限に抑えるための道の模索が重要です。」

Kent Walker - President, Global Affairs, Google LLC
世界経済フォーラム年次総会2023「Tech Power and Cooperation」より


テクノロジーの濫用や誤用にどう対応すべきか?

続いて、モデレーターの Snyder 氏は、テクノロジーが発展した結果、裕福な人々と疎外された人々の間に不均衡な格差が生まれていることを指摘し、その上で「技術が深刻に濫用されたり、誤用されたりする場合、どのようにこれを判断すればよいのか」という質問を投げかけました。

これに対して答えたのが、世界中の人々のデジタル市民権の保護と拡大のために活動を続ける非営利団体 Access NowSolomon 氏です。

Solomon氏は、世界の3分の1が「オフライン」であることを認識することが重要だと言います。その上で、技術の利点と危険性を判断する基準として、国際的な人権の枠組みとそれに基づく法律などの法的枠組みの重要性を主張します。「例えば、スパイウェアの販売、使用、輸出は規制されるべきですし、公共の場における顔認証による人々の識別は人権上正当化することはできません」とSolomon氏は訴えました。

Brett Solomon - Co-Founder and Executive Director, Access Now
世界経済フォーラム年次総会2023「Tech Power and Cooperation」より


Solomon氏の話を受け、これらテクノロジーの濫用について誰が判断するべきかを問われたオーストラリア国立大学Bell 氏は、「全ての人が考えるべきだ」と答えました。

そのためには、市民のために戦う組織が必要であり、政府、多国籍組織、多国籍組織を超えた社会組織、企業などが、テクノロジーの濫用やそれによって生じる不公平に関する会話を行うことが重要だと述べます。

また、本質を捉えることも重要で、AIを規制するためには、AIの構成要素となっているデータセット、アルゴリズム、統計モデル、サーバー、ネットワーク接続グリッドというテクノロジー一つ一つに対して規制の枠組みをどのように作るべきかを考える必要があると付け加えます。

最後に、市民、消費者、政府、多国籍組織、社会的・市民的機関など、あらゆる人々が一堂に会する場において、対話の中でまだ十分に声を上げられていないピースは何かを探る必要性についても強調しました。

Genevieve Bell - Distinguished Professor; Director, School of Cybernetics, Australian National University
世界経済フォーラム年次総会2023「Tech Power and Cooperation」より


Google Walker 氏は、Bell 氏のスピーチに同意し、マルチステークホルダー対話の必要性について再確認しました。

「テクノロジーの発展に対して大胆であると同時に責任を持つことができるか?」という問いを持ち、新たなツールを開発する一方で、そのツールの副作用に対する“ガードレール”規制の枠組みについて世界中の政府と協力しながらガバナンスする体制を築いていくことが重要だと主張します。

Kent Walker - President, Global Affairs, Google LLC
世界経済フォーラム年次総会2023「Tech Power and Cooperation」より


ジェネレーティブAI がもたらすインパクト

話題は、盗作や偽情報、ディープフェイク、そしてジェネレーティブAIへと移っていきます。

偽情報が国家安全保障に与える影響を問われたウクライナの Fedorov 副首相は、ディープフェイクを用いたプロパガンダがウクライナ国内で拡散されていることを訴えるとともに、国民にデジタルリテラシーが身に付くよう教育することで本物の情報と偽物の情報が区別できるようになったと述べました。
また、世の中に存在するすべてのリスク、機会、可能性を考慮した上でセキュリティの観点からプロダクトをデザインすることが重要だと主張します。

オーストラリア国立大学Bell 氏は、ディープフェイクは安全保障だけでなく、アメリカにおいて特定の画像が誰によって作られたものか、誰に帰属するのかを巡って多くの訴訟が生じていることを引き合いに、著作権の観点でも深刻な議論となっていることを付け加えました。

Access NowSolomon 氏は、テクノロジーを巡る政策や規制、ガバナンスは不十分であると語ります。加えて、いまや「Tech War(テクノロジー戦争)」は単に製品や市場シェアの問題ではなく、国家の存亡にかかわるものへと発展したと述べ、法律家だけでなく私たち市民社会にとってもジェネレーティブAIに起因する問題について取り組んでいく必要性を示しました。

世界経済フォーラム年次総会2023「Tech Power and Cooperation」より


テック・ガバナンスのための国際的アプローチ

ここで、GoogleWalker 氏はテクノロジーのガバナンスに関して、二国間・多国間のデータセキュリティに関する枠組みや、国境を越えたプライバシーに関するルール、グローバル・インターネット・フォーラムなどの相互運用性の高いグローバルな規制アプローチを構築しようとする昨今の取り組みを紹介しました。

Access NowSolomon 氏は、こうした取り組みを成功に導くためには、企業と政府だけで意思決定を行うのではなく、従来見落とされてきた市民社会の声を反映する必要があると付け加えました。例えば、近年発展が目覚ましいメタバースの分野では、差別的なコンテンツ等の抑制やデータの収集、監視の可能性といった問題について市民社会をテーブルに着かせ、議論する必要があると言います。 

世界経済フォーラム年次総会2023「Tech Power and Cooperation」より


地政学リスクとテクノロジーの発展のバランス

再び話題はテクノロジーと安全保障の関係性へと戻ります。モデレーターの Snyder 氏はウクライナが国外のテック企業に対してロシアとの関係性を断つように求めていることに触れ、テック企業にどのような役割を期待しているかを尋ねました。

ウクライナの Fedorov 副首相は、海外のテック企業がロシアとの関係性を断つことによりロシアの技術水準を後退させることで、兵力の増強を止めてほしいと呼びかけます。Fedorov 副首相は、続けてウクライナへの継続的な支援も呼びかけました。
我々のようなデジタル国家が生き残るためには、クラウド企業のソリューションを使って、全てのデータをクラウドに移行しミサイルの被害から保護するといった手段が必要であり、それによって市民生活を保護することができます

ロシアからいち早く事業を撤退した GoogleWalker 氏は、YouTubeだけはロシアでも見ることができることに言及し、現在起きている人権侵害など戦争の最前線で起きていることを伝えるためのチャンネルを維持する責任について語りました。
YouTubeでは、世界中で偽情報やプロパガンダを削除し質の高い情報を提供しようと努力していると述べ、政府と緊密に連携しながら真実が伝えられる環境が整備されていることを確認する必要があるといます。

Access NowSolomon 氏は、ウクライナの Fedorov 副首相の考えに理解を示し、テック企業がウクライナ政府をエンパワーする必要性があると考える一方で、ロシア国内の市民社会に対して反戦運動や戦争の最前線の情報を伝えることも重要であるとの考えを示しました。
とりわけロシア政府がインターネットを世界のインターネットから隔離することによって政府からの情報に正統性を持たせようとしている以上、テック企業の撤退については広い視野で考える必要があると言います。

世界経済フォーラム年次総会2023「Tech Power and Cooperation」より


パンデミックを乗り越えるために

話題は、パンデミックへと移ります。モデレーターの Snyder 氏は、アメリカでは法律により誰がワクチンを接種したか追跡することができない一方、中国ではヘルスデータの管理が厳格でワクチンを打たない選択を取る人も多くいたことに言及し、どのようにこれらのバランスを取る必要があるかを尋ねました。

Access NowSolomon 氏は、適切な規制枠組みがなかったために失敗に終わったオーストラリアの My Health Record や、適切なデータ保護枠組みがないにも関わらず連絡先を追跡する機能を持つアプリなどを問題のある例として挙げ、健康に対する権利とプライバシーの権利のバランスを取る必要があると述べました。

また、オーストラリア国立大学Bell 氏は、個人データに関する規制枠組みを考える上では、以下の二点について考える必要があると言います。
第一に、性別や年齢、健康状態などの個人に関するデータは、個々ではなく組み合わされた時にどのような結果が生じるかについて、第二に、スマート家電など身の回りのあらゆるデバイスには、私たちが個人情報と思わずとも私たちの行動や選好に関するデータが大量に記録されていることについてです。
Bell氏は、これらすべてが規制の対象となりうることを指摘し、「私たちは、これまで以上に複雑で、自分でも知らなかったような新しいプライバシーのカテゴリに直面していると言えます」と述べました。

世界経済フォーラム年次総会2023「Tech Power and Cooperation」より


ここでフロアの参加者から、ブロックチェーンと政府の関わり方についての質問がなされました。

質問を受けたウクライナの Fedorov 副首相は、ウクライナでは仮想資産に関する法律を作り、ブロックチェーンを通じて電子通貨を発行し給与を管理するパイロットプロジェクトを開始していることに言及し、ブロックチェーンの影響力は無視できないと答えました。
特に変化が非常に速いブロックチェーン分野では規制が後手に回りがちであり、様々な国の先進的な取り組みを参照しつつ、政府自体がアジャイルに政策を修正していく努力が必要であると述べます。

世界経済フォーラム年次総会2023「Tech Power and Cooperation」より


テクノロジーが照らす未来と問い

最後に、モデレーターの Snyder 氏はテクノロジーの分野で前向きな動向とオーディエンスに問いかけたいことを各スピーカーに尋ねました。

Bell氏(オーストラリア国立大学)
「デジタル技術やAIは、効率や生産性、労働力といった文脈を超え、華麗さや美しさ、驚きを生み出す可能性を秘めています。ですから、みなさんにはテクノロジーはすべて、新しいものを生み出す可能性を持っているということを心に留めていて欲しいです。現在よりもさらに持続可能で公正な未来に向けて、常に物語を語るという仕事と責任が私たちにはあるのです。」

Fedorov氏(ウクライナ副首相、デジタルトランスフォーメーション大臣)
「テクノロジーは戦争を止めるために最大限活用されるようになるでしょう。そのためには、市民一人一人への教育が果たす役割が重要です。世界中の教育にテクノロジーをさらに取り入れることができれば、より多くの教育機会を確保することができ、戦争を止め、疫病や災害に終止符を打つことが可能になるでしょう。」

Walker氏(Google)
「歴史上前例のないペースで10億人もの人々が極度の貧困を脱し、より多くの子供たちが生き、成長し、成功を収めることができるようになった社会の実現を可能にしたのはテクノロジーです。このテクノロジーをよりよくガバナンスするためにも、政府、企業にはどのように技術を活用するのか、どのようにデジタル戦略を立てるのか、自身の姿をもう一度見直してほしいです。」

Solomon氏(Access Now)
「私が楽しみにしているのは、世界中のデジタル著作権運動の成長と多様性です。どの国でも、デジタル技術を理解し、市民社会が関与することで素晴らしい取り組みが数々生まれています。規制当局や政府には、規制を作る際、データの最小化といったあらゆるポイントにおいて人権に基づいた評価がなされているかを常に自問するようにしていただきたいです。」

世界経済フォーラム年次総会2023「Tech Power and Cooperation」より


このセッションのオンデマンド配信はこちらをご覧ください ↓


執筆:松下雄飛(世界経済フォーラム第四次産業革命日本センター インターン)
企画・構成:工藤郁子(同日本センター プロジェクト戦略責任者)

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