Agile Governance Summit報告 #2 Ownership and Autonomy
2023年4月27日(木)、多様な実践知をもつ参加者と共に、サイバーとフィジカルが混じり合うCPS(Cyber-Physical Systems)社会のガバナンスについて公式提言を行うことを目的に、G7デジタル・技術大臣会合の関連イベント「Agile Governance Summit」が開催されました。4月30日に開催されたG7デジタル・技術大臣会合宣言では、本サミットにて議論したGovernance Principlesが取り上げられるなど、多くの方々の尽力がひとつの成果として結実し、大変嬉しく思います。ありがとうございました!
本投稿では「Session #2: Ownership and Autonomy」の模様について報告します。個人のプライバシーや自律的な選択の権利を保護しつつ、社会やコミュニティ全体の利益を最大化するための「所有権」とは?CPSに適合的な「所有権」をもたらすガバナンスモデルやツールとはいったいどのようなものなのでしょうか。オルタナティブな「所有」のあり方を構想・実践してきたRadicalxChangeのMatt Prewitt氏に、「デジタル時代の知財」の最前線を走る弁護士・水野佑氏が迫りました。
所有権を構成する「権利の束」を分割?
所有権のほか、移民制度、民主主義といった概念に、オークションのメカニズムを導入して権力を巡る社会問題の解決を図るRadicalxChange。Prewitt氏は独占禁止法の専門家として権力集中の問題を扱ってきたものの、米国司法制度の限界を痛感し、十分なスピードで意味のある変化をもたらすためにRadicalxChangeの活動を始めたといいます。
既存の私有財産制度には「所有しても使わない」という非効率な側面があるとPrewitt氏は指摘します。所有しても使われなければ、私有財産権は効率的な交換を妨げるだけでなく、周辺のネットワークが生み出せるはずの潜在的な価値の実現を妨げていることになります。そして伝統的な私有財産権に関する概念は、広範に拡散したネットワークによって生み出されるCPS社会の財産に対してその境界線のあり方が定義できていません。
RadicalxChangeは「部分的共有所有権(Partial Common Ownership、PCO)」という考え方を提唱しています。これはコモンローの伝統でいう「法的権利の束」を分割する、つまり所有権を構成するさまざまな権利を分割し、ある部分には「部分共有所有ライセンス」を発行して「期間限定で所有する権利」を管理人(スチュワード)に与えるとともに、それ以外の「残存権(Residual Rights)」を管理人の背後にいるコミュニティやネットワークが持つという概念です。残存権のホルダーは、利用上のルール、つまりガバナンスをデザインし運用する責任を負うと共に、オークションにより発生する配当が手数料として永久的に付与されます。
重要なのは、使用制限を設定することで、資産の使用方法についてガバナンスのような力を行使できることだとPrewitt氏は強調します。つまり一度所有すれば不可侵的な権利を持つというような、ある意味で断絶した状態から、所有権をより「関係性の高い構造」へと変化させることができるのです。そして部分的共有ライセンスはその所有者が一元的にもつ権利であり、限られた期間しか保有できないので、所有物がお蔵入りすることなく、効率的な管理を行う投資インセンティブが働きます。一方で、残存権は分割可能で、民主的方法でのガバナンスが目指されることにより、その資産に対する多様な価値が同時に保持されることになります。
ローマ法でいうと、部分的共有所有権ライセンスのホルダーは、その財産の利用権(Usus)と、利用による利益を部分的に受け取る権利(Partial Fructus)を、残存権ホルダーは利用による利益を部分的に受け取る権利(Partial Fructus)と、その財産に対する修正、売却、破壊する処分権(Abusus)を持つという整理です。
RadicalxChangeは部分的共有所有権の社会実装に取り組んでいます。ロンドンにあるSerpentine Galleryでは、現代アート作品を展示する場と部分的共有所有権をインセンティブ化できるようなブロックチェーンに基づくインフラが構築されています。米国メイン州にある複合施設の不動産開発では、物件の一部を部分的共有所有ライセンスで管理する予定です。そのほか、商業用不動産の空き店舗対策、知的財産、医薬品の特許など、伝統的な所有権の機能不全がみられる領域での適用にも注目が集まるほか、データ領域においても、情報に対する共有権の行使を通じた実験が行われています。
よりPluralistic Powers(多元的なパワー)の実現へ
Prewitt氏のプレゼンに対して、水野氏は「近代の資本主義が大前提としてきた私有財産制に対して、文字通りラディカルな提案」と受け止めたうえで「この仕組みは資本主義的なものを前提にしているのか?」と質問。Prewitt氏は「これはあくまで市場ベースのインセンティブ向上のメカニズムだ」と回答しました。
水野氏からの「すべての所有権を部分的共有所有権に置き換えていくということではなく、適した領域で活用すればよいという提案なのか」という問いに対して、Prewitt氏は「部分的共有所有権はあらゆるものに適応可能で、文化的背景、資産に対する社会的・民主的な目標、資産の種類によって細かいアレンジが可能」としたうえで、下記のように続けました。
部分的共有所有権はリアルアセットの方が相性がいいのでは?という問いには下記のように回答しました。
部分的共有所有権の実現に重要となる技術についての質問には、「ブロックチェーン」があげられました。
RadicalxChangeは、所有権だけではなく、「市民からのコンセンサスを得るためのデジタルツール設計」「より多角的に投票を通じて自分の好みを表現するクアドラティック投票」「データ・スチュワードシップのシステム」「コミュニティ通貨」などさまざまな領域で新しい選択肢を提示しています。Prewitt氏は、こうした活動は「より多元的なパワー構造(Pluralistic Powers)」を可能にするための取り組みであるとコメントしていました。
終わりに
RadicalxChangeが示す新たな選択肢は、開かれた民主主義的なメカニズムと新しい概念を掛け算させることによって、テクノロジーと社会の関わり方について人々の考え方に変化をもたらしています。今回のPrewitt氏と水野氏との対話は、所有権という誰もにとって身近な概念に「他の選択肢があるかもしれない」という衝撃的な気づきを与え、さまざまな文化的背景の中で、さまざまな所有関係を構築することができる世界への想像を膨らませたセッションになりました。
CPS(Cyber-Physical Systems)社会のガバナンスを考える上でも、部分的共有所有権は、関係性をベースにした多様な選択肢を与えてくれる有効なツールになることが期待され、今後の更なる探求や実装が進むことが非常に楽しみです。
本セッションを通じてたくさんの気づきを下さったPrewitt氏と水野氏、改めましてありがとうございました!
【ご参考】
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