デジタル倫理が教えてくれること
2023年2月に「AIの社会実装とデジタルを真の競争力に転換する秘訣 --アジャイルガバナンスとそのための共創・対話・倫理 --」(主催:NEC、株式会社Laere、Danish Design Center)が開催され、当センターからアジャイルガバナンス・プロジェクトスペシャリストの隅屋輝佳が登壇しました。
このイベントは12月に出版された『AIビジネス大全』の刊行と、デンマークデザインセンター(以下DDC)のベイソン氏の来日を機に企画されました。本記事では、世界デジタル競争力1位のデンマークから提唱される「デジタル倫理(Digital Ethics)」を巡る対談の一部を同日開催されたワークショップの内容とあわせてご紹介します。
デジタル競争力を誇るデンマーク
デンマークから来日したベイソン氏が代表を務めるDDCは、1978年以来、デザイン手法やマインドセットを通して社会課題の解決やイノベーションの促進に寄与してきた国立のデザインセンターです。対談のなかでベイソン氏は、社会課題解決に向けて「デザイン」の持つ力を強調しました。
デザインを通じたデジタル化を推進するなかで、DDCは「共創」「対話」「倫理」の3点を重要な要素として掲げています。
共創:Co-creation
DDCでは政府、民間、市民といったさまざまなステークホルダーと協力し、エコシステムのためのツールを作り上げています。各ステークホルダーの興味・利点・視点を組み込むことは、社会課題の解決だけでなく、クリエイティビティや社会的インパクトの創出、さらにより良いガバナンスモデルの構築に寄与します。
対話:Conversation
「民主主義は対話である」という認識の下で民主主義が発達したデンマークでは、対話が文化の一部として浸透しています。幼少期から対話を通じて方針やルールを決めていくことが民主主義の根幹として認知されており、社会のあらゆる場面で対話のプロセスが大切にされています。
倫理:Ethics
DDCは、AIの時代にはデジタル倫理が企業にとってより競争力のある要素になるという問いを立てて、「第三の道」としてデジタル倫理の可能性を追求してきました。製品やサービス自体が倫理的でないことは滅多にありませんが、その利用をより倫理的にデザインすることは可能です。デジタル倫理とは「できるからといって、するべきか」を根本から問うことだともいえます。
The Digital Ethics Compass
AIに倫理的な課題が残されていることは周知のとおりです。こうした課題に対して、技術を人間や地球のために役立てるという道徳的義務や、政府や企業の責任といった観点からアプローチする発想が、DDCによるThe Digital Ethics Compassの開発設計に繋がりました。The Digital Ethics Compassは、技術を設計する際にさまざまな角度から意思決定を検討するための問いが設けられており、その問いを通じて価値や考えがぶつかるジレンマをどう乗り越えていくのかを議論することで「倫理の筋力」を鍛えるツールとして開発されています。経営者・技術者・デザイナーなどAIを扱う全ての人達が製品やサービスをデザインするうえで倫理を考慮し、選択するための共通言語として活用されていくことが期待されています。
The Digital Ethics Compassの構成は以下のようになっています。
(1)人間が中心
DXを進めるときには人間を中心に社会を考える必要があります。
(2)4つの基本原則
ユーザーにコントロール権を与える。
理解可能な技術にする。
不平等が発生することを防ぐ。
操作されることを回避する。
(3)3つの技術
自動化:Automation
AIとアルゴリズムによってさまざな自動化が進みましたが、時にはエラーが起こることもあります。開発におけるデザインプロセスで、そのソリューションが人間にとって好ましくない意思決定をしているのかどうかを見定める必要があります。
行動のデザイン:Behavior design
人間のより良い判断のために、どうすれば意図的な心理操作を避けることができるのか、振る舞いのデザインを検討する必要があります。
データ:Data
デジタルサービスやデジタル製品には多くのデータが必要ですが、全てのデータを集めることが必ずしも正しいわけではありません。プライバシーや個人の自由、データ管理方法などを考慮して、データを収集・活用する必要があります。
(4)22個の問い
4つの基本原則と3つの技術に基づいて、「この自動化システムによって人々の仕事をする能力を失わせていないか」や「安直な仕掛けで製品に中毒性を持たせようとしていないか」といった合計22個の問いが設定されています。それぞれの問いに対する意思決定には必ずジレンマが生じます。一つ一つのジレンマと向き合うことが重要であり、それによって倫理的な考え方を強化することができます。
The Digital Ethics Compassはオンラインで公開されており、無料で利用することができます。興味のある方は是非「問いとジレンマ」を体験してみてください。
ガバナンスにもデザインを
当センターが進めているアジャイルガバナンスプロジェクトでは、社会変革や技術革新といった外部環境の急速な変化に対して、ガバナンスのアジリティ(俊敏性)を高めるために、多様な意見を持つマルチステークホルダーを巻き込んでPDCAを回していく手法でガバナンスのアップデートを目指しています。対談セッションに登壇した隅屋は、The Digital Ethics Compassのような倫理的な筋力を付けるツールが、私たち一人ひとりがガバナンスプロセスへの能動的な参加を支援することへの期待を示し、またアジャイルガバナンス領域にも積極的にデザインの力を取り入れていきたいと強調しました。
Ethicsを体験するジレンマゲーム
対談の後には、DDCの戦略デザイナーを務めるブライアン氏によるワークショップが開催され、さまざまなケースでのジレンマゲームを通じてThe Digital Ethics Compass活用を体験するセッションが行われました。ここでは今回のワークショップの運営に携わったNECの駒込郁子さんと参加した執筆担当からの所感を紹介します。
終わりに
私たちが習慣的に体得している「倫理/Ethics」は、社会が時間をかけて築きあげてきた社会概念です。今回学んだ「デジタル倫理」は、言葉は新しいものの、内容は一般的な倫理観の上に構築されており、学んでみると誰もが納得する内容でもあります。つまり「デジタル倫理」というコンセプトは、新しい倫理というよりも、日々の時間に追われた開発のなかでも一旦立ち止まって「提供するプロダクトやサービスの社会性」について対話を行うプロセスの埋め込み(デザイン)への気づきに意義が置かれているのではないかと思いました。
サイバーとフィジカルが混じり合うCPS(Cyber-Physical Systems)社会が日々、深化・拡大するなかで、CPSにおける社会像とガバナンスに関する議論はまだまだこれからです。私たちアジャイルガバナンスチームはより良い社会像とそのガバナンスに向けてさまざまな活動を行なっています。2023年4月27日にはG7サイドイベント「Agile Governance Summit -- Cultivating Common Sense in the Pluriverse」を開催することになりました。こちらも引き続き、ご注目ください。
アジャイルガバナンスサミットについてはこちら↓
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