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たまたま肛門日光浴をしていたところに”太陽フレア”が当たり、それが直腸に入ってしまった。

 公園の広場の芝生の上では子供たちが駆け回っていた。親子連れは仲良くバトミントンをしていたし、女子高生がスマホの前でお揃いのダンスを踊っていた。バレーをする大学生らしい若いカップルがいた。犬を連れた夫婦がいた。シートを広げて歓談する女たちがいた。
 空からは五月の穏やかな陽光が降り注いでいた。それは初夏を予感させる力強いものではあったのだけれど、その日は気持ちの良い風が常に吹いていて、つまりまあ、とても良い塩梅だった。
 五月の休日の午後、その公園にいる人々はとても満ち足りていて幸福そうに見えた。それを見ている僕まで幸せであたたかな気持ちになった。その時に僕はこう思った。
 肛門日光浴をするにはうってつけの日だ、と。
 僕は広場の中央に行き、ベルトを外し、ズボンとパンツを脱いだ。近くにいた子供が「なんで~?」と言った。その子の母親が血相を変えて子供の手を引いてどこかへ行った。ズボンとパンツは靴のところで引っかかった。僕は踵を踏んで無理やり靴を脱ぎ、ズボンとパンツを脱いで芝生の上に放った。五月の気持ちの良い風を陰嚢に感じた。今なら、大きな力で空に浮かべそうな気さえした。周囲のどよめきが、さざなみのようにその芝生一帯に広がりつつあった。
 僕は芝生の上に尻を下ろした。青い芝生の葉先が僕の尻や珍棒をちくちくとついてきてこそばゆかった。僕は三角座りのまま、ゴロンと仰向けに転がった。そして両脚を大きく拡げた。尻たぶを掴み、左右に拡げた。会陰にあたたかな陽の光が当たるのが感じられた。若い女の悲鳴が聞こえてきた。中学生くらいの年頃のやんちゃな男子たちが近づいてきて、「ギャハハ」と笑いながら僕にスマホのカメラを向けていた。
「おまわりさん、あそこです、ほら」「うわっ、なんだあれ気持ち悪い」「急に脱ぎ出して……」「知り合いですか?!」「違いますよ!」と言ったやりとりが少しずつこちらに近づいてきた。見ると制服をきた警官2名が険しい顔の30代くらいの男に連れられて、こちらに小走りでやってきていた。
 やれやれ。僕はただ、肛門日光浴がしたいだけなのだが。
「お兄さんお兄さんどうしたの? 駄目だよこんなところで脱いだら」と警官のひとりが笑いながら声をかけてきた。目は笑っていなかったし、その後ろに控えている男は腰の火花に手をかけていた。ホルスターからニューナンブの黒光り。それを見た瞬間、空に向けられた僕の肛門が「ふわっ」と開いた。
 その時だった。

 *

 その数日前、地球からおよそ1億5000万キロ離れた位置にある太陽の表面でかつてない規模の爆発が起きていた。太陽フレアだ。この爆発によって陽子などの電気を帯びた粒子が大量に放たれ、それはおよそ数日かけてこの地球へと降り注いでいた。

 *

 それは柱だった。光の柱。最初、それは冷たい鉄の棒のように思えた。しかし違った。その柱は冷たいのではなく熱いのだ、あまりにも熱く、そのために僕は、僕の直腸はそれを「冷たい」と感じたのだろう、と思った。
 しかしそれさえも間違いだった。実際のところ、その柱は凍結した炎、燃え盛る氷柱だった。熱くて冷たいものだった。矛盾していながら無欠のものだった。
 地球から遥か1億5000万キロ離れた場所からその光の柱は真っすぐに僕の直腸を貫いた。僕の直腸はその光の柱を確かに視た。とてもソリッドな光の構造が見えた。それは道だった。それは氷で、炎だった。
 その瞬間に、僕にはすべてが見えた。
 むかしむかし、まだこの宇宙が生まれる前のこと。母宇宙の表面で泡立つ無数の子宇宙のひとつが、その表面から飛び出した瞬間。そして瞬く間にそれは膨張し、急速に冷えたのだ。そして太陽が生まれ、地球が生まれ、太古の海の底の泡の中では最初の生命が生まれた。幾度の繁栄と絶滅を繰り返して僕がここにいる。ほんの一瞬の、夢みたいなものだ。次の瞬間僕は消える。僕たちも消える。僕たちの足跡もみな消える。あと50億年もすれば太陽さえなくなる! そして光の柱はさらにその先、この宇宙全体が虚無に沈む瞬間まで続いていた。

 僕はあの瞬間、光の柱の中にいた。あるいは、光の柱が僕の直腸の中にいた。僕の直腸に全てがあった。僕の直腸はこの宇宙の始原と終末を結ぶ回廊だった。僕を含むすべての始まりとその終わりがそこにあった。
 それは凄まじい体験だった。僕の30年あまりの人生のすべての経験・すべての感情・すべての記憶を立った一瞬で、一切合切すべて無為にするような、恐ろしい体験だった。
 あれ以来、僕は何も感じないのだ。何も……何一つ。喜びも、悲しみも、苦痛も、それはただ見かけ上のものだのだ。窓を伝い落ちる雨粒。僕の内側、僕の心、僕の直腸は、あの日以来、光りなき夜のように物言わず沈黙している。

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