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柳の家

これは私が結婚していた頃、今から30年くらい前のお話です。
元嫁は、住宅情報誌が愛読書と言っていいほど、不動産や住宅の広告を見るのが好きな人でした。

そんな彼女がとある休日、近くに広さの割に安い物件があるので、いっしょに見に行かないかと誘って来ました。
聞けば歩いて15分ほどの隣町にある一軒家の中古物件とのこと。
5月半ばの時候の良い頃でしたので、散歩がてら行ってみることにしました。

住宅情報誌の〇〇町○丁目というだけの情報と外観写真を頼りに探すこと数十分、ようやくその家を見つけることができました。
ブロック塀と鉄の門扉に囲まれた60坪ほどの敷地、その半分ほどを占めて平らな屋根、白い外壁の2階建ての洋風の家が建っています。

昭和の終わり頃に流行った、南向きの大きな窓や広めのベランダが特徴的な、住宅メーカー広告でよく見たような建物です。

しかし、それよりも目を引いたのは、敷地の残り半分を占めた庭のようすでした。
庭のやや奥まった位置に、高さ3メートルはあろうかという柳の木が1本立っています。
手入れをされていないためか枝々は伸び放題に茂っていて、その姿は軽やかな柳のイメージとは程遠く、暗く重苦しく感じられました。

また、柳の根元を中心に深みどり色の苔がびっしりと周囲に広がっており、
柳と苔のほかは他の植物、雑草の類さえ一切生えていなかったのも、この庭の光景を陰鬱で異様なものとしている一因でした。

私たちが塀越しに幾度も中を覗き込んだり、門の前で写真を撮ったりしている姿を見て訝しく思ったのか、道を挟んだ向かいの家から一人の老人が出てきて声をかけてきました。

「あんたら、この家を買う気かね?」
私たちが、住宅雑誌に載っていて、近くだったので散歩がてらに見に来ただけだと答えると、
「そんならええけど…、何にしろこの家はやめといたほうがええよ」と言って戻って行こうとします。
「あの、この家何かあったんですか?」と私。
「普通の家の庭に柳なんて珍しいですね。私はじめて見ました」と彼女も言います。
すると老人はちょっと躊躇しているように見えましたが、私たちがただの冷やかしで、不動産屋同伴でもなかったためか、声をひそめて次のような話をしてくれました。

この家が建てられたのは、私たちが話を聞いた時からおよそ15年前。
30代の夫婦と3,4歳くらいの姉と弟、そしてその祖父母の6人家族が引っ越してきました。
家族は近所付き合いもよく、当時、町内会長をしていたというこの老人も懇意にしていたそうです。
特に土いじりが好きな一家で、休みの日は家族総出で庭の手入れをしていたと、老人は懐かしげに言います。
その甲斐あってか、庭は季節ごとに花や緑があふれていたそうです。

一家が越してきて3,4年目の早春、ご主人が家のシンボルツリーにするんだと、高さ1メートルほどの苗木をどこからか買ってきて庭に植えました。
「それがアレ」と老人は柳に向けて顎を突き出します。

「庭に柳なんて変わっとるのぅとワシも聞いたたんよ。そしたら枝垂(しだ)れる木が好きなんじゃと言うとった。枝垂れる木なら梅とか桜とかもっと普通で派手なもんがあろうが?と聞いたら、梅は高さが低いのと剪定が面倒、桜は毛虫がつくと奥さんが嫌がったので、手入れの簡単そうな柳にしたという話じゃった」

とにかく、アレ(と再び顎をしゃくります)を植えてから目に見えてこの家の運気が傾いていったといいます。
柳を植えて1年後の春に、下の男の子が近くの農業用水路に落ちて死亡。
その次の年には、祖父が早朝の散歩中に交通事故に遭い、その怪我がもとで寝たきりとなった末に死去。
祖母も癌が見つかり入院後に亡くなったということでした。

夫婦仲も悪くなっていたのか、長女の小学校卒業を待っていたかのように離婚。
奥さんと長女は家を出て行き、残されたご主人もしばらくは一人で暮らしていましたが、いつのまにかいなくなってしまったとのことでした。

そのような状態だったので自慢だった庭も荒れ放題、いつからか雑草すら生えなくなり、広がりだした苔と柳だけが、まるで不幸を養分としているかのように、毎年青々と茂っているのだとのこと。

無人になった家はしばらくそのまま放置されていましたが、やがて不動産屋の管理物件となり、家にはリフォームの手が入りましたが、何故か柳は伐られることなく、売家の札がかけられたそうです。

「これは偶然かも知れんが…」と老人は続けます。
この家が無人になったあとは、周囲の家に毎年のように事故や病気などの不幸が続いており、そのどれもが春先に起こっているとのこと。
「今年は、この向こう隣の家の爺さんが脳卒中で倒れて、先月葬式を出したばっかりなんじゃ。このぶんじゃ来年あたりワシにも何か起こるんじゃないかと思うとる」といっそう声を潜めます。

私達が言葉もなく顔を見合わせていると、「まぁそんなわけじゃから、この家はやめとかれ」と言い残して老人は自宅に戻って行きました。
振り返ると、暮れはじめた無風の庭には、鬱蒼と枝垂(しだ)れる柳と広がる苔の暗緑色が、いっそう重く暗鬱とした姿を見せているばかりでした。

初出:You Tubeチャンネル 星野しづく「不思議の館」
怪異体験談受付け窓口 五十九日目
20022.8.28

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