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手触り

これは私がよく行く猫カフェの店員、カヨさんという女性が体験したお話です。
カヨさんは現在20代なかば、両親と妹と2匹の猫とで、市内の一軒家に暮らしています。

その日はカフェの店休日で、カヨさんはお店の同僚とドライブに出かけました。
あちらこちらの観光スポットを回って、帰宅したのは夜の9時過ぎだったそうです。
食事は済ませて来たので、ゆっくりとお風呂に浸かり、疲れていたためいつもより早く、11時過ぎには床に付きました。

カヨさんがベッドに横になると、この夜も黒猫のクロ美が枕の左側、カヨさんの顔の横にやってきて丸くなります。
この場所がクロ美の指定席、お気に入りの寝床なのです。
もう一匹の茶トラのチャア助は、いつもはカヨさんの足元に来て寝るのですが、今夜は妹の部屋に行っているのか、姿は見えませんでした。

明かりを消して、うとうとと仕掛けた頃、ベッドの足元の方で軽く布団をひっかくような感触がありました。
カヨさんは半分寝ぼけたぼーっとした頭で、チャア助が来たのだと思い、いつもしているように右足を軽く上げ、布団を持ち上げて入れてやりました。

布団に入ってきたチャア助は、しばらく足の間や股のあたりでゴソゴソと動きまわっていましたが、やがてカヨさんの身体の左側に移り、左脇から胸のあたりへ這い上がってきました。

カヨさんはいつもの癖で、右手で何度かチャア助の身体をなでてやっていたのですが、なでるうちに、おや?と違和感に気づきました。
いつものチャア助の毛の手触りとは明らかに違う感じです。

いま無意識になでているのは、チャア助よりももっと硬く短い、少し脂ぎったような毛の手触り・・・。
しだいに目が覚めて頭がはっきりとしてくるにしたがって、カヨさんはそれがとても異様なことであると、ようやく思い至りました。

おそるおそる右手で胸元の布団をめくってみると、そこには見ず知らずの中年男性の生首が、にやけたようなうすら笑いをうかべながら、カヨさんを上目遣いに見ていたのです。

「人って本当に驚くと声って出ないもんですね」とカヨさんは言います。
その言葉どおり、怖さよりも驚きの方が勝り、カヨさんは一瞬息を呑んで生首と見つめ合ったまま固まってしまったのでした。

すると突然、枕元に寝ていたクロ美が、シャーッという威嚇の声とともに、目にもとまらぬ速さの高速ネコパンチを、立て続けにニヤけた生首めがけて浴びせかけたのです。

すると、首はネコパンチに打たれるほどに、その生白い顔を歪めながら徐々に消えていったのでした。
あとには中年男性が好んでつけるような、おじさん臭い強い整髪料の匂いが、布団の中やカヨさんの右手に付いて、しばらくとれなかったのだと言います。

結局そのあとは、お手柄だったクロ美をなでながら、明け方まで一睡もできなかったカヨさんなのでした。
そして、思い返すほどに、怖さにも増して、怒りとあの髪の手触りが蘇ってくるのです。
あのニヤけた生首が、足の間や胸のあたりでゴソゴソと動き回っていたかと思うと、気持ち悪さと不気味さで悶々とした一夜を過ごしたのでした。

翌朝、両親と妹にこの話をしましたが、遊び回ってきたから変な夢を見たのだろうと、誰も取り合ってくれませんでした。
チャア助はというと、窓の外が白むころに鳴きながらやってきて、呑気に朝ごはんの催促をするだけだったということです。

生首の出どころですが、その日行った観光スポットの中に、身投げの名所と言われる心霊スポットの橋があったので、おそらくそこから可愛いカヨさん目当てに付いて来たのだろうと、友人たちはなぐさめともいえないような言葉をかけてくれたのでした。

初出:You Tubeチャンネル 星野しづく「不思議の館」
怪異体験談受付け窓口 七十四日目
2023.3.13

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