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紙魚(しみ)

今回はオカルト好きな大学生Kさんから聞いた彼の友人の話です。

2年ほど前のある夜、Kさんの携帯に電話がかかってきました。
時刻は午前2時過ぎ。
表示を見ると友人のSさんからでした。

普段の連絡はほとんどLINEなので、何だろう?と訝(いぶか)しく思いながら出てみると、電話口からはいきなり「今夜お前の部屋に泊めてくれないか」と慌てたようなSさんの声が響いてきました。
「どうした?なにがあった?」と聞いても、「わけはあとで話すからとにかく泊めてくれ」の一点張りです。

SさんはKさん同様オカルトや怪談好きで、二人でよく心霊スポットにも行く仲だったので、Kさんは「お前、また変な所へ行ったのか?」と冗談交じりに言いながら、軽い気持ちでSさんを泊めることにしたのだそうです。

ところが、やって来たSさんは真っ青な顔をして震えているばかりで、とても詳しい話しが聞ける状態ではありませんでした。
しかたなく、その夜はそのまま寝かせて、翌日の昼間、少し落ち着きを取り戻した彼に何があったのか聞いてみました。
Sさんの話は断片的で要領を得ない箇所も多くあったのですが、Kさんなりにまとめてみると次のようなものでした。

数日前の午後、Sさんが自宅のアパートに帰ってみると、1階の一室で荷物の搬出作業をしていました。
そばには大家さんがいて、渋い顔をしながらその様子を見守っています。
Sさんは大家さんとは顔を合わせれば普段からよく話をしていたので、そのときも何があったのか聞いてみたそうです。

大家さんが言うには、1階のこの部屋の住人だった男性が、3ヶ月前から家賃を滞納して音信不通。
夜逃げだか失踪だか知らないが、実家に連絡しても金は払うから、家財などはそちらで勝手に処分してくれという非常識な対応で埒が明かない。
しかたないので、こうしてこちらで部屋の片付けをしているのだということでした。

Sさんはこの部屋の30代くらいの男性とは、見かければ軽く会釈するくらいで、特に会話を交わしたことはありませんでした。
見るたびに陰気さが増していくようで、少し気味悪く思っていた程度だったのです。
Sさんは大家さんと並んで、荷物の搬出作業をしばらく眺めていましたが、その後は特に気にすることもなくそのまま自室に戻ったのでした。

日が暮れて、Sさんはアパートの脇にあるゴミ置き場まで、空き缶やダンボールなどの資源ゴミを捨てに行きました。
するとゴミ置き場には、いつになく大量のゴミが捨てられています。
特に10冊、20冊とひとくくりにされた雑誌や本の山が目立ちました。

〈これはたぶん、昼間のあの1階の部屋から出たものなんだろうな〉と思いながら、自分の持ってきたゴミを置いて部屋に戻ろうとしたSさんでしたが、ふと街灯の明かりに照らされた本の山の背表紙の文字が目にとまりました。

〈怪奇〉〈恐怖〉〈呪い〉…目を近づけてよくみると、そこにはSさんの好きなオカルト関係の本がまとめて捨ててあるではありませんか。
〈このままゴミとして処分されてしまうのはもったいない〉
そう考えたSさんは内心小躍りしながら、それらの本をすべて自室に持って帰ったのだそうです。

持ち帰った本は30冊あまり。
かなり昔に出版されたと思われる本ばかりで、これは貴重なものも混じっているのではないかと思い、Sさんはさっそく点検がてら、一冊一冊流し読みをしはじめたそうです。

夕食もそこそこに、ペラペラと薄茶色に変色したページをめくっていると、本の端にふと何か動いたような気がして手を止めました。
部屋の薄暗い蛍光灯の明かりの元、よく見るとそれは一匹の紙魚でした。
紙魚はSさんに見られたことを意識したかのように、本の小口からページの間へとその平たく銀色の体を素早く潜り込ませました。

〈紙魚か…まあ古い本だしな〉と、そのときはたいして気に止めなかったSさんでしたが、それからはどの本のページをめくっても一匹、二匹と紙魚が目に付くようになりました。
〈これはいっぺん全部虫干ししたほうが良さそうだな〉などと考えながら、紙魚の動きを追っていると、その銀色の背中が素早く瞬(まばた)きしたように見えたのです。

紙魚の背中が小さな小さな人間のまぶたになっていて、それがパチパチと瞬きすると、これも極めて小さな、しかし確かに人間の瞳がSさんの方をじっと見ているのでした。
え?!と驚いたSさんでしたが、目をこすりながら〈これは疲れているせいだ〉と自分を納得させて、その日は作業を中断して寝たのだそうです。

そしてその翌日、つまり昨日の夜のことです。
再び持ち帰った古本の吟味をはじめたSさんでしたが、相変わらず紙魚がページの隙間をチラチラと動き回り、中には昨日と同じように瞬きをして、じっとこちらを見つめてくるものもありました。
しかし、Sさんは〈幻覚、幻覚〉と自分に言い聞かせながら、なにかに取りつかれたかのように本の点検を進めていったのでした。

そしてついに最後の一冊。
山積みの本の一番下になっていた、分厚い古書を手に取りました。
その本もページをめくるごとに紙魚が走り、瞬きを繰り返します。
それでもなんとか終わりまでたどり着き、めくった最後の1ページ…それは一面に銀色でした。

その銀色がページ一面にびっしりと張り付いた紙魚の群れであることにSさんが気付いたとき、ページを埋め尽くした紙魚の背中のまぶたがいっせいに開いて、無数の小さな瞳がSさんを凝視してきたのです。

Sさんが悲鳴をあげてその本を放り捨てると、紙魚たちはわらわらと部屋のあちこちへと散っていったのでした。
それを見て彼は取るものもとりあえず部屋を飛び出し、Kさんに助けを求めてきたのだと言うのです。

「あの部屋にはもう戻れない。戻れば部屋のいたるところから、無数の紙魚の目が自分を見つめて監視してくる」と泣いて訴えるSさんをなんとかなだめて、KさんはSさんの両親に連絡をとり、彼を迎えに来てもらいました。

その後、Sさんは神経を病んで大学を辞め、結局は半ば強制的に病院へ入院させられたのだそうです。
Sさんが住んでいた部屋は解約されて、彼が持ち帰った古書の行方もわからずじまいになってしまいました。

「もしかすると…」とKさんは言います。
「アパートの1階に住んでいた男性も、Sさんと同じ理由で失踪したのかも知れませんね。
そして、万一古書が処分されずに、またほかの誰かの手に渡っていたら…。
Sの住んでいた部屋に一匹でも背中に目がある紙魚が残っていたら…。
そんなことを次々と考えてしまうのは、やっぱり僕がオカルト脳だからなんですかねぇ…」
そう言ってKさんはこの話を終えたのでした。

初出:You Tubeチャンネル 星野しづく「不思議の館」
恐怖体験受付け窓口 九十ニ日目
2023.10.21

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