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こぼれる砂

これはある飲み会で相席になった女性が話してくれたお話です。

10年ほど前のこと、彼女は大学に通うため、一人暮らしをすることになりました。
経済的に裕福な家庭ではなかったので、なるべく両親に負担をかけないようにと、できるだけ安い物件を探したということです。
あちらこちら探し歩いていると1軒のアパートが見つかりました。

築40年ほどと古いものでしたが、間取りは四畳半と六畳の二間続きの和室、
風呂とトイレは別になっていて、小さな台所も付いています。
この広さのものが、ワンルームマンションを借りるよりも安い価格で出ていたのです。
駅には少し遠かったですが、大学へは自転車で通える立地です。

内見に行ってみると、上下3部屋ずつの2階建ての小ぢんまりとしたアパートでした。
外見・内装ともにいかにも昭和という感じでしたが、彼女の実家も似たようなものだったので、その点はたいして気にならなかったそうです。

彼女が借りようとしていたのは2階奥の角部屋でしたが、階下の部屋は今は物置がわりになっているとのことだったので、生活音をあまり気にせずにすみそうなところも、思いがけない好条件のひとつでした。

彼女はここに住むことに決め、3月の終わりに入居しました。
住んでみると、アパートの住人や近所の人も、穏やかな良い人ばかりでしたので、何のストレスもなく、日々を過ごすことができたそうです。

やがて大学2年生となったその年の7月のある夜。
その日はちょうど彼女の二十歳の誕生日でした。
友達がささやかな誕生パーティーを開いてくれて、いい気持ちに酔って帰ってきた夜のことです。

心地よい酔いの感覚とともに眠りについた彼女でしたが、ゴトリという大きな音で目が覚めました。
時計を見ると午前0時過ぎ、横になってからまだ1時間とたっていません。

物音は天井裏でしたように思いました。
一瞬「泥棒!?」と思い、身を固くしてしばらく耳を澄ましていましたが、そのあとは何の不審な物音もせず、彼女はいつしか眠ってしまっていたそうです。

それからしばらくしたある日のこと、彼女は四畳半の部屋の畳が少しザラついているように感じました。
素足で歩くと、足の裏にザラザラとした砂のような感触があります。

ふだん彼女は六畳間の方で生活しており、四畳半は物置として使っていました。
物置といっても、もともと荷物が多くなかったのと、この部屋には押入れも付いていたので、ふだん着る洋服以外の荷物はすべて押し入れにしまっており、部屋自体はすっきりと片付いていました。

掃除機は持っていなかったので、箒とちり取りで掃き集めてみると、たしかに細かな砂粒が少し畳にこぼれていました。
砂浜や公園の砂場などに行った覚えはなく、どこから入ってきたのだろうと
訝(いぶか)しく思いながら処分して、その日は終わりました。

それから1週間ほどして、彼女はふたたび四畳半の畳がザラついていることに気がつきました。
掃いてみると、やはり細かな砂粒が落ちています。
そして、砂粒は部屋全体ではなく、押し入れの襖の前あたりに多く落ちていることに気がつきました。

ふだん開けることのない押し入れです。
何か変なものがいたらどうしようと、怖がりな彼女はびくびくしながら、襖に手をかけてそろそろと開けてみました。

開けた押し入れの中には、段ボール箱や衣装ケースが積まれているだけで特に変わった様子はありません。
ただ、上段に置いてある衣装ケースの蓋の上に、小さな砂の山ができており、その一部が押入れの床にこぼれ落ちていました。

この砂が襖の隙間から畳の上にこぼれ出ていたのかと納得はしましたが、
砂の山自体、どうやって出来たものなのかがわかりません。
携帯電話のライトで押入れの中を照らしてみると、砂は天井板のすきまからパラパラとこぼれ落ちているようでした。

ライトで照らしたまましばらく見上げていると、砂はわずかずつですが、絶えることなくサラサラと落ち続けていることがわかりました。
それは砂浜などのものよりももっと細かい、粒の揃ったものでした。

天井裏には何があるのだろうと思いましたが、怖くて覗いて見る勇気はありません。
大家さんに言って対処してもらおうかとも考えたのですが、ずいぶん気難しそうな印象の人だったので、ためらってしまいました。

結局、砂がこぼれ落ちてくる位置に、百均で買ってきた小さなバケツを置いておくことで、この件は誰にも言わずに、彼女の中では一応解決済みということにしたそうです。
しかし、砂は少しずつ、途切れることなく落ち続けるのでした。

バケツに溜まった砂は数週間に1度、近くの公園へ捨てに行っていました。
年が明けたある日、その日も溜まった砂を捨ててながら、彼女は不意に恐ろしくなったのだそうです。

「公園の土の上にサラサラと落ちていく砂を見てて、わたし気がついたんです。これは砂時計の砂だって。
そう思うとあの誕生日の夜に、天井裏で鳴ったゴトリっていう音は、何か得体の知れないモノの手が、砂時計をひっくり返した音なんじゃないかと想像しちゃって…」

「もしこのままあの部屋に住み続けて、いつか砂が落ちてこなくなったら、
わたしどうなってしまうんだろうと思ったら、どうしようもなく怖くなって、両親に無理を言って、すぐに部屋を引っ越したんですよ」

と、そんな話を彼女は聞かせてくれました。

初出:You Tubeチャンネル 星野しづく「不思議の館」
怪異体験談受付け窓口 六十二日目
2022.9.18

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