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雨だれ

 これは、Kさんという関西在住の男性が経験したお話です。

Kさんが20代なかばのある年の6月、大学時代のサークルの同期会が開かれました。
男ばかり、あわせて10人あまりの飲み会でした。
二次会も終わり、まだ遊び足りない数人が、次はどこへ行こうかと相談していたときのことです。

話の流れで、どこかの心霊スポットに肝試しにでも行こうかということになりました。
しかし、その日は誰も車に乗って来ておらず、折悪しく小雨も降りはじめました。
どうしようかと迷っていると、その日少し遅れて参加してきたAが「いいところがある」と言い出しました。

Aは大学卒業後は、父親が経営する小さな不動産屋を手伝っているのですが、典型的なドラ息子タイプの男でした。
そのAが、さも良いことを思いついたとばかりに次のようなことを言うのです。

「この近所にちょうどええマンションがあんねん。
そこな、先月若い女性が亡くなったばっかりのホヤホヤの事故物件やねん。
特殊清掃したてで、本格的なリフォームはまだできてない。
俺、さっきそこの確認に行っとって遅ぉなったんやけど、電気はきてるしトイレも使える状態や。
照明器具や残置物もまだ少し残ってて、生活感漂うっちゅうか、けっこうええ雰囲気やで。
俺、ちょうど鍵持ってるし、角部屋で隣は空室や。
多少騒いでも大丈夫やから、そこで飲みなおすっちゅうのはどやろ?」

その言葉を聞いてKさんたちは、酔った勢いもあり、今夜はそこで飲み明かそうということになりました。
Kさんを含めて5人は、コンビニで酒やつまみを買い込み、ぞろぞろとマンション4階のその一室へと向かったのでした。

到着して玄関のドアを開けたときに、一瞬強い薬品の臭いがしましたが、Kさんたちはおかまいなしにどやどやとなだれ込み、酒盛りの続きをはじめたのでした。
部屋はごく一般的な1Kの間取りで、照明器具や花柄のカーテン、女性が好きそうな家具が数点残されたままの状態です。

酒宴は当然、亡くなった女性がこの部屋のどこで、どのような方法で命を断ったのかという話題になりました。
事情を知っているらしいAが頑として詳しい説明をしなかったため、Kさんたち4人はふざけながら、あれこれと部屋の中を探索しはじめました。

ことにKさんは、酔いも手伝って、ドアノブで首をくくるまねや、バスタブに入って手首を切るまねなど、あとから考えると随分とバチあたりなまねをしたそうです。
Aはその様子を、ニヤニヤと笑いながら、黙って眺めているだけだったといいます。
やがて5人は酔い潰れ、その夜はこの部屋で雑魚寝したのでした。

夜中、トイレから戻り、もう一度寝ようと横になったKさんは、どこかからポツン、ポツンと水滴の落ちる音がしていることに気づきました。
キッチンや洗面所の水道が漏れているのかとも思いましたが、どうやらそうではなさそうです。
「雨だれかな?」Kさんは酔いの醒めきらない頭でぼんやりと考えました。
来る時に降っていた小雨がいよいよ本降りになって、雨だれの音がしているのだろうなどと考えながら、その規則正しい音を聞きつつ再び眠りについたのでした。

それから数日後の深夜、眠りにつこうと横になったKさんの耳の奥に、かすかに聞こえてくる音がありました。
ポツン、ポツン、ポツン…、
ゆっくりとしたテンポで、規則正しく繰り返されるその音は、あの夜、マンションで聞いた雨だれの音に違いありません。
耳を澄ませて聴いていると、小さかった音はしだいに大きくなっていき、ついにはその一滴一滴の音が鋭く重い塊となって、頭の芯を穿(うが)つように、繰り返し繰り返し両耳に響きわたりはじめたのでした。

Kさんは耐えきれずガバリと半身を起こしました。
すると、雨だれの音はスッと小さくなります。
しかし、横になるとボリュームのつまみをMAXへとひねるように、再び雨だれの音は大きくなるのです。
結局この夜は、横になって眠るることはできず、上半身を壁に凭れた状態で朝を迎えたのでした。

翌日以降も雨だれの音は止みませんでした。
ためしに大音量のロックをイヤホンで聴いてみたりもしましたが、雨だれの音はバスドラムよりも鋭く強く、Kさんの頭の真ん中に突き刺さってくるのでした。

仰向けでも、横向きになっても、途切れることなく一定のテンポでポタン、ポタンと繰り返されるその音を聞いていると、まるで自分の命の終わりまでのカウントダウンを聞いてるようで、Kさんは居ても立ってもいられなかったそうです。

病院へも行きましたが、耳鼻科、神経科は異常なし。精神科では幻聴ということで薬を処方されましたが、まったく効果はありませんでした。
睡眠不足と苛立ちで、ほとほと困りはてていたKさんでしたが、ある日、あの夜Aが頑なに言わなかったマンションの女性の最期の様子を人づてに聞いて、はたと思い当たったのだそうです。

女性はバスタブの中で手首を切って亡くなっていました。
あの夜、Kさんがふざけて行っていたポーズのひとつが、偶然にも女性の最期の姿と重なっていたのです。
Aが何も言わずニヤニヤと笑っていた理由もわかったような気がしました。

そして、Kさんがもっとも震え上がったのは、自分を悩ませていたのが雨だれの音ではなく、女性の手首からしたたり落ちる血の音ではなかったのかと気付いたときでした。
彼はすぐにお祓いをしてくれるお寺を探して尋ねて行き、数時間かけて除霊をしてもらいました。
すると音は数日の間に聞こえなくなり、今では元の健康な状態に戻ったということです。
ちなみにAとの関係もお祓いと同時にすっぱりと断ち切ったのだと…、そんなお話を聞かせてもらいました。

初出:You Tubeチャンネル 星野しづく「不思議の館」
怪異体験談受付け窓口 八十日目
2023.6.10


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