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万博異聞

今回は私が高校生の時に、同級生だった木村君から聞いた話です。
木村君と私はそれぞれ別の中学校出身で、高校で初めて同じクラスになった仲でした。

木村君が中学1年生になって間もない5月半ば頃、学校の遠足行事として、当時開催されていた大阪万博(EXPO'70・エキスポ70)に行くことになりました。
私の学校も同様で、当時の市内の中学校ではほとんどの所が万博見学に行ったようです。

1970年3月15日から9月13日までの183日間にわたって開催された大阪万博は、1964年の東京オリンピックと並ぶ高度成長期の国の一大行事で、テレビでも連日、なんらかの紹介や関連番組が放送されていたので、万博見学と聞いて、生徒たちは大いに盛り上がったのでした。

木村君の学校では、各クラス男女混合の5人ずつの班に分かれ、どのパビリオン(展示館)を見て回るかは、各班で計画をたてて、当日の大まかな行動計画書を先生に提出するようにということでした。

木村君は、中学進学と同時に他県から引っ越してきたばかりで、小学校からの顔なじみの友達もおらず、うまく班に入れるのか不安だったのですが、田口君と山本君という、4月に友達になったばかりの二人が声をかけてくれました。
そして、彼ら男子3人に、森本さんと原田さんというクラスの中でも可愛い女子二人を加えた5人で班を組むことになったのです。

万博行きの一週間前の放課後から、各班に別れてのパビリオン巡りの計画会議が始まりました。
木村君の班は、女子二人はフランス館やイギリス館、イタリア館などおしゃれなヨーロッパの国々の展示館に行きたいと言い、田口君と山本君は「月の石」をはじめとした宇宙開発の展示が呼び物だったアメリカ館や、ソ連館、ユーモラスな外観のガス・パビリオンなどの人気のパビリオンを、長時間並んででも見てみたいと主張して譲りません。
一方、木村君はというと、写真や映像に興味があったので、コダック館とリコー館、三菱未来館の三つをじっくりと見てみたいと思っていたのでした。

相談はなかなかまとまらないまま、行動計画書の提出期限が近づいてきます。
ついに業を煮やした女子二人が、こんな提案をしてきました。
「これじゃぁいつまでたっても決まらないから、先生には適当な計画書を出しておいて、当日は各自行きたいところに行くというのはどう?」
男子3人も、なぜ今まで思いつかなかったのかと、一も二もなくその提案に乗ったのでした。

当日、バス、新幹線、電車と乗り継いで、千里丘の万博会場に着したのは午前10時半頃でした。
これから午後3時までが自由行動の時間です。
木村君たちの班は、5人そろって太陽の塔の周辺を見学した後、早めに弁当を食べて、昼からは予定どおりそれぞれ別行動に移りました。
午後2時45分には太陽の塔の下に集合する約束です。

木村君は一人、計画どおりにコダック館、リコー館と足早に見て廻り、お土産を買ったあと、一番楽しみにしていた三菱未来館に到着しました。
未来館は少年雑誌の大伴昌司(おおとも・しょうじ)監修による図解特集でもよく取り上げられており、木村君は長い待ち時間もものともせず、ワクワクした心持ちで入場したのでした。

動く歩道に乗って移動しながら、スクリーンが張り巡らされた五つの展示室のテーマに沿った映像を見てまわり、「50年後の日本」への時間旅行体験をするというのが未来館のコンセプトです。
〈50年後の日本を、驚異の新技術でえがくスペクタクルショー〉というパンフレットの言葉どおり、田中友幸プロヂュース、円谷英二ら東宝の「ゴジラ」シリーズを手がけたスタッフが製作した映像が呼び物でした。

多面スクリーンと巨大なマジックミラーによる「ホリミラースクリーン」、エチレングリコールの煙の層をエアカーテンでサンドイッチした「スモークスクリーン」、220度の超広角レンズを使って球体の中から映像を映し出す「球体スクリーン」、そして観客の姿を5倍の大きさに映し出す巨大スクリーン「シルエトロン」など、新技術を駆使してドラマチックに展開される映像と演出を、木村君は大いに堪能したのでした。

木村君は時間ぎりぎりの2時40分頃まで未来館を見てまわり、映像の洪水に酔ったようなフワフワとした足取りと心持ちで集合場所へと向かいました。
太陽の塔のふもと、お祭り広場には平日にもかかわらず多くの人がいましたが、班のみんなはまだ来ていないようです。
ざわつくお祭り広場の真ん中で、木村君は今日巡ったパビリオンの余韻を噛みしめるように、しばらく一人で立ち尽くしていました。

すると「おーい、きむらー」と背後で呼ぶ声がします。
振り返ってみましたが、人混みの中に知った顔はいないようです。
聞き間違いだったかなと思っていると、ふたたび「おい、木村君」と声がしました。
えっと思い、声のした方を見ると、見ず知らずの中学生らしき二人組が木村君の方へ歩いてくるのが見えました。

「木村、待ったか?」
近づいてきた二人組の片方が馴れ馴れしく声をかけてきました。
「いやぁ、人が多いから木村君を見つけ出すの、大変だったよ」と、もうひとりも親しげに言います。
いったい誰なんだろうと戸惑っている木村君にはおかまいなしに、二人はそのあとも色々と言葉をかけてくるのでした。

その声を呆然とした思いで聞いていた聞いていた木村君でしたが、ふと彼らの胸の名札が目に入りました。
そこには〈田口〉〈山本〉と書いてあります。
何度も見直しましたが、見間違いではありませんでした。

同じ班の田口君と山本君?
しかし、ふたりとも顔はまったくの別人です。
木村君が混乱した頭であいまいな受け答えをしていると、女子二人も戻ってきました。
〈森本〉…〈原田〉…彼女たちも名札の名前こそ元のままでしたが、顔には見覚えがありません。
クラスの中でも可愛いかったはずの二人が、十人並の別人にかわっていたのです。

これは他校の生徒との偶然の一致で、彼らか自分のどちらかが間違っているのだと考えようとしましたが、女子たちの制服や、背負っている学校の校章入りのナップサックなどを見ると、間違いなく木村君の学校の生徒のようです。
そして、目の前の別人の4人は、みな違和感なく木村君に話しかけてくるのでした。

そうこうしているうちにクラスのほかの班の生徒たちも集まってきましたが、名札の名前に見覚えがある生徒は居ても、どの顔も見ず知らずの別人ばかりでした。
この異変を誰かに訴えようにも生徒はおろか、引率の先生たちも、誰一人見知った顔はいなかったのです。

突然身にふりかかったこの異常事態に、木村君は泣きそうになりながら、おろおろと周囲を見回すばかりでした。
訳が分からないまま荒波に押し流されるように、彼は来た時とは別人になってしまったクラスメイトたちと、しかたなく帰路についたのだそうです。

帰りの新幹線で、その日の出来事を口々に語り合う楽しげな声の中、木村君は押し黙ったまま、さらなる怖ろしい可能性に気づき、一人身も心も震えていたのでした。
〈このまま無事に元の学校に帰れるのだろうか?
家は…?家はどうなっているんだろう?もし、家族も別人になっていたら…〉
そう考えると一刻も早く確かめたい気持ちと、現実と向き合うことの恐ろしさで、いてもたってもいられない気持ちだったと言います。

帰りついた学校は元のままでした。
校庭で解散となり、なおも不安を抱えたまま重い足取りで家路についた木村君でしたが、帰り道周辺のようすも、自宅のたたずまいももとのままで少し安心したのでした。

恐る恐る玄関のドアを開け、沈んだ声で奥に声をかけると、見慣れた顔の母親が出迎えてくれました。
その顔を見た時、木村君の中で押し殺してきたさまざまな感情が一気に涙となって溢れだしてきたそうです。

母親にいぶかしがられながらリビングに行くと、これも見慣れた顔の妹がいて、泣き顔の兄を見てからかってきました。
いつもなら怒る木村君ですが、この時ばかりは心底ありがたいと思いました。
やがて帰宅した父親ももとのままで、ひとまずは安心して眠りに付いたのでした。

翌朝も、目覚めるとすぐに階下へ駆け降りて、改めて家族の顔が変わっていないことを確認して、安堵した木村君でした。
しかし、学校に行くと、クラスメイトも先生たちも昨日のまま、名前は同じでも別人ばかりだったといいます。

それを見て彼はきっぱりとあきらめがついたそうです。
もともと4月までは誰一人知らなかった人たちばかりです。
一ヶ月半ほどのロスにはなりますが、また一から憶え直せばいいのだと自分に言い聞かせて、それからの学校生活を過ごしたのだとか。

「それよりも気になったのは、顔はたしかに変わってなかったんだけど、あれから家族の俺への態度が微妙に変わったことなんだよな。
親たちは優しくなったし、喧嘩ばかりしていた妹とも仲良くなった。
まあ、良いことばかりなんだけどもね…」
木村君はどこか遠くを見るような目をしてそう呟いたのでした。

初出:You Tubeチャンネル 星野しづく「不思議の館」
テーマ回「行楽・アウトドアに纏わる不思議な話」
2023.5.20

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