見出し画像

スターコーポ2020号室

今回はI(アイ)さんという20代の看護師の女性から聞いたお話です。

Iさんは現在、眼科医院の看護師として勤務していますが、数年前、今の病院に就職が決まって、初めて一人暮らしをすることになりました。
ネットで検索してみると、病院の近くに運良く手頃なアパートを見つけました。
名前は〈スターコーポ〉、築4年、2DK、家賃4万円(共益費込)という物件です。
Iさんは、さっそく不動産屋に連絡して、部屋を見せてもらうことにしました。

スターコーポは軽量鉄骨2階建て、各階3部屋ずつの小綺麗で小ぢんまりとしたアパートでした。
玄関ドアを開けるとすぐに8畳ほどのDKとバス、トイレ、奥に6畳の和室と洋室が並んでいる、ごく一般的な間取りです。
念のため、前の住人についても聞いてみましたが、新築時に入居した女子大生が、卒業して転居したばかりだということでした。
家賃も築浅(ちくあさ)の割には安く、勤務先の病院へも歩いて通えます。
Iさんはここに住むことに決めました。

Iさんの部屋は2階中央の202号室です。
荷物を運び終え、手伝いに来てくれていた母親といっしょに、両隣と階下の3部屋に引っ越しの挨拶に行きましたが、どの部屋の住人も穏やかそうな人たちばかりだったので、ひと安心したIさんでした。

住んでみると部屋は日当たりもよく、Iさんはなんの不満もなく毎日を過ごしていました。
しかし、Iさんが越してきてから3ヶ月ほどたったある日、隣の203号室に住んでいた若いカップルが突然引っ越して行きました。
そして、それを皮切りに引っ越しが相次ぎ、気がつくと1年もたたないうちに、Iさんが入居したときに挨拶した、すべての部屋の住人が引っ越していたのです。

条件は悪くないアパートなので、新たな入居者はすぐに見つかるのですが、入居後、早い人だと1ヶ月もたたないうちに引っ越して行くという、なんとも入れ替わりの早い落ち着かない雰囲気の物件に、いつのまにかなってしまっていたのでした。

そんなある日、Iさんは実家宛の荷物を送りに近くのコンビニに行きました。
対応してくれた顔なじみのアルバイトの女の子は、差出人欄を見て声をひそめてこんなことを言うのでした。
「Iさんて、スターコーポに住んでるんですか?」
「えっ、そうだけど、なにか?」
「だいじょうぶなんですか?」
「だいじょうぶって、なにが?」
「あそこって、いろいろ出るっていう噂ですけど…」

Iさんが詳しく話を聞いてみると、彼女が住んでいるアパートは、最近、怪奇現象が多発する幽霊アパートとして、近所で噂になっているのだとか。
夜中にラップ音や階段を上り下りする足音が聞こえたり、黒い影や白い服を来た髪の長い女の霊の目撃談、金縛りにあって子どもや老婆の霊がベッドの周りを歩き回るなど、よく聞く怪談ばなしのオンパレードのような噂が、まことしやかに囁かれているようなのです。

ああ、それで最近、入居者の入れ替わりが激しいんだと納得はしたのですが、Iさん自身はゼロ感なのか、些細な事は気にしない性格のためか、まったくそのような怪奇現象を感じることなく、体験することもなかったのです。

それからしばらくして、Iさんの父方の祖父の三十三回忌の法要がありました。
脚の悪い祖母と、仕事で都合がつかなかった弟をのぞいて、両親とIさんだけが出席した内々だけのこじんまりとした法要です。

お経をあげてくれたのは、先ごろ先代から引き継いだばかりの40代くらいの住職さんでした。
先代の息子さんで、長い間よそのお寺で修行していたということですが、Iさんは初めて会う方でした。

法要はとどこおりなく終わり、お寺の庭をながめながら世間話をしているときに、Iさんは、自分の住んでいるアパートで最近怪奇現象が起きているらしいこと、そのせいで住人の入れ替わりが激しいことなどを、軽い気持ちで話してみました。

住職は何も言わず、しばらくIさんを見つめていましたが、軽い微苦笑をうかべてこのようなことを言ったのでした。
「たいへん失礼な言い方ですが、その原因はあなただと思いますよ」
突然そのようなことを言われて目を丸くしているIさんに、住職はさらに言葉を続けて、
「正確にはあなたの後ろについていらっしゃる方が原因です。
今、あなたの後ろには、何代前の方かはわかりませんが、ご先祖のおばあさまがついていらっしゃるのですが、この方がとてもお優しいのです。
それで、あなたの行く先々で出会った行き場のない人の霊や動物の霊に、よかったらうちへ来ないかと誘ったり拾ったりして連れてきてしまうんです。
外から帰って来たときに、妙に首や肩が重いことはありませんでしたか?」

そう言われてIさんには思い当たるふしがありました.
最近特にひどい肩こりに悩まされていましたが、仕事の疲れがたまっているとばかり思っていたのです。
しかし、なおも半信半疑の心持ちで、Iさんは「はあ」とあいまいに答えるしかありませんでした。

「ところが…」と住職は続けます。
「ところが、残念なことにこのおばあさまには、連れてきた霊たちを成仏させてやるほどの力はありません。
それで、つれて帰ってくるのは良いのですが、そのあとはなにもしないで放りっぱなしにしてしまうんです。
それでアパートが…言い方は悪いですが、霊的なゴミ屋敷のようになってしまっているんだと思います」

そのように言われてIさんはふと疑問に思いました。
「そんな人がわたしの後ろについているんなら、なぜ実家はゴミ屋敷みたいにならなかったんですか?一人暮らししたとたんにそんなことになるなんて…」
そう口にするIさんに、住職は
「おそらく、途中でうしろの方が交代なさったんではないでしょうか。
アパートに引っ越して一人暮らしをなさる前に、何か大きな人生上の転機か、考え方の変化はありませんでしたか?」

そう聞かれてIさんは「ああ」と思ったのだそうです。
実はIさん、中学高校時代はかなり荒れた生活をしていて、暴走族や不良グループとのつきあいもありました。
それが、高校2年生の夏に、親友をバイク事故で亡くしてからは、人が変わったように真面目になり、猛勉強の末に看護学校に進み、今の職にあるのでした。

それを聞いた住職は
「そうですか。おそらくあなたがそのような生活をされていた頃は、先代のうしろの方が、悪いものたちと懸命に闘ってくれていたんでしょうね。
闘って力を使い果たしたので、今の方にバトンタッチしたんだと思いますよ」と穏やかに言うのでした。

「そうなんですか…それでわたし、これからどうすればいいんでしょう?これからも今のような生活を続けていていいんでしょうか?霊的だろうと住んでるところがゴミ屋敷っていうのはちょっと嫌なんですけど…」
困惑しながらIさんが尋ねると、住職はにこやかに笑って、
「まあ、しばらくはこのまま辛抱するしかなさそうですね」と言うのでした。

「えー、そんな~」とIさん。
「うしろの方も悪意があってやっていることではないですしね。
たとえ、今のアパート全体を除霊しても、よそに引っ越しても、あなたが住んでいる限り、すぐにゴミ屋敷状態になってしまうでしょうね。
ほら、テレビでやってるゴミ屋敷の人も、片付けてもまたどこからかゴミを拾ってきてしまうでしょ。あんな感じですよ」住職はそう言ってまた笑います。

「まあ、今はあなたには何も実害はないようですし、幸い今のお勤めも、人の生死に直接かかわらない眼科ということなので、それほど悪いものを拾ってくることもないと思います。
今のままお仕事や生活を真面目にしていらっしゃれば、だんだんとあなた自身の霊格が上がって、うしろの方もそれにふさわしい人に交代していきますよ。
それまでは、あなたは今までどおりの生活で良いと思いますよ。
念のためにお守りをお作りしますので、それを持っていればあまり変なものは寄ってこないと思いますし、アパートも少しはすっきりするかも知れません…」
そんな住職の言葉に背を押されるようにして、Iさんはアパートへと戻ったのでした。

「そんなことがあって、今はずっとこれを持ち歩いてるんです」
そう言ってIさんは赤い守り袋をちらりと見せてくれました。
「えっ?アパートですか?
大家さんには悪いですが、今でも住んでますよ。
あいかわらず、住人の入れ替わりは激しいですけどね…」
そう言ってIさんは屈託なく笑うのでした。

初出:You Tubeチャンネル 星野しづく「不思議の館」
テーマ回「引越し・新居に纏わる不思議な話」
2023.3.19

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?