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廃墟内見

これはカメラと廃墟探索を趣味とするJさんという30代の男性から聞いたお話です。

今から数年前の初夏のこと、まだ20代だったJさんは先輩のKさんといっしょに、とある廃墟へ探索と撮影旅行にでかけたそうです。
そこは山間(やまあい)にある廃旅館で、Kさんが仕入れてきた情報によると、周囲に民家や監視カメラはなく、侵入しても警備会社が来ることもないらしいという、廃墟マニアにとっては近年珍しい、理想的な物件でした。
しかも、心霊スポットなどの噂もまだないことから、知る人も少なく、まだあまり荒らされていない状態だというのです。

実はこの廃墟にトライするのは二度目でした。
一週間前にもKさんと行こうとしたのですが、折悪しく途中の県道で何か大きな交通事故があったらしく、通行止めに引っかかってしまい、結局断念した経緯があります。

リベンジとなるこの日、二人はKさんの車で廃旅館へと向かいました。
彼らの目的は心霊ではなく、廃墟の探索と写真撮影なので、いつも明るいうちに行くことにしていました。

車を走らせること1時間あまり、県道から少し入った脇道を進むと、新緑の樹々を背景に目的の建物が見えて来ました。
看板類はすでに撤去されていますが、小ぢんまりとした三階の、旅館というよりは少し大き目の民宿といった感じの建物です。
玄関前の、雑草がいたるところに伸びはじめた駐車場に車を停め、二人は探索を開始しました。

正面から見た建物の窓は、一階はどれも雨戸が閉まっており、二階三階はガラス戸のままで、レースのカーテンがかかっていたり、いなかったりしているのが見てとれます。
見たところ窓ガラスはまだ一枚も割れておらず、玄関を塞ぐベニヤ板がなければ、一見して廃墟とは気づきにくい物件です。

正直、廃墟マニアとしては、もう少し荒れた感じの方がテンションが上がるのですがしかたありません。
とりあえず正面からの全景を撮影したあと、二人は少しがっかりした心持ちで、カメラバッグに三脚、大型の懐中電灯を携えて、監視カメラの有無を確認しつつ、侵入できそうな箇所を探して建物の裏へと回って行きました。

側面の窓も雨戸が閉ざされていることを確認しながら歩いて行くと、先に裏へと回り込もうとしていたKさんの足がピタリと止まりました。
何だろうと思いJさんが近づいてみると、建物の裏口あたりで若い女性が二人、建物を見上げながらうろうろとして居るではありませんか。

廃墟探索で人と出会うことはたまにありますが、女性の二人組は初めてです。
Jさんたちが驚いて立ち止まっていると、彼らの姿を見た女性ふたりは、軽く会釈をして近づいてきました。

彼女たちは共に20代なかばくらい。
一人は長い黒髪で、細かな花柄のブラウスに薄い茶色のパンツスタイル、もう片方は対照的に茶髪のショートカットで、白いブラウスにジーンズ姿のボーイッシュな感じの女の子です。
そして何よりもJさんたちの目を引いたのは、二人ともとても可愛かったことでした。

「あのー、この家を見に来られた方ですか?」
ショートカットの娘(こ)がそう尋ねてきました。
JさんとKさんが先を争うように「そうです」と答えると、女の子たちは嬉しそうに顔を見合わせて、こんなことを言うのでした。

「わたしたち、一週間くらい前からこのあたりをいろいろ見て回っていて、今日はこの家のうわさを聞いて来てみたんです。
けれど、いざ来てみると中に入る勇気がなかなか出なくって、どうしようかと思っていたところなんです」
「もしよかったら、家の中の見学、いっしょに連れて行ってもらえません?」
二人はそう言ってJさんたちの顔を交互に見つめてきます。

〈廃墟というには少しがっかりな物件だったけど、かわりにすごい幸運に出くわしたもんだ…〉
Jさんは小躍りしそうな心を抑えて、二人には必要以上に重々しく「いいですよ」と快諾したのでした。
もちろんKさんも同意見です。

話はまとまったものの、さて、どこから入ろうかとJさんたちが相談していると、
「ここ、開いてますよ」と、彼女たちが裏口のドアのひとつを指さします。
確かめてみると、その裏口は塞いでいた板が外されて、鍵も壊されているようでした。
「えっ?これってお二人が来たときからこうなってましたか?」と聞くと、彼女たちは「そうだ」と頷きます。

その答えを聞いて男性二人の顔が少し曇りました。
ドアを破ったのが、廃墟マニアの仕業ならありがたいことなのですが、ホームレスが棲みついているとなるとやっかいです。
しかし、そのようなことを口に出して、女の子たちを怖がらせてもいけないと思い、Jさんたちは平静を装って、緊張しながらドアを開けました。

少しきしみながら開いたドアの先はさほど広くない厨房となっていました。
どうやらこれは勝手口の扉だったようです。
男性二人はそれぞれカメラをかまえ、懐中電灯をつけてそろりそろりと入って行き、女性たちも恐る恐るそれに続きます。
交錯する懐中電灯の丸い光の中には、流し台に雑然とおかれた鍋などの調理器具、残された食器類などがチラリチラリと映り、それがまた妙に生々しく彼らには見えたのでした。

Jさんたち二人は思い思いに撮影しつつ、厨房を抜けて廊下を通り、食堂や浴室、ロビーからフロント、その奥の事務室やスタッフルームらしき部屋などを見て周りました。
そのあいだ女性たちは特に何を話すでもなく、あたりを眺め回しながら、おとなしくJさんたちのあとについて来ています。

一階の探索を終え、四人は二階へと上がって行きました。
二階は二十畳ほどの大広間と八畳ほどの和室が4部屋ありました。
物は散乱していましたが、壁やふすまなどはそれほど荒れていないのと、どこも雨戸が閉まっていないので、明るい初夏の日が窓から差し込んで、一瞬ここが廃墟の中であることを忘れるほどでした。

本格的な廃墟を期待していたJさんたちにとっては、はっきり言って廃墟未満の期待外れの物件でしたが、女性ふたりは興味深そうに押入れを覗いたり、部屋の隅々を見て回っています。

三階は廊下をはさんで4部屋づつ、計8部屋あり、こちらはすべて洋室でした。
ベッドがそのままの部屋や、リネン類が散らかっている部屋など、状態は様々でしたが、幸いどの部屋もホームレスが侵入した形跡はありませんでした。
その反面、廃墟と呼ぶにはどれも物足りない感じでもありました。

このころになると、Kさんの廃墟探索の熱はすっかり冷めてしまったようで、しきりに女の子たちに話しかけては、彼女たちの情報を聞き出すことに精力を傾けていました。
Jさんも一応写真は撮りながらも、頭の中ではこのあとの合コンの段取りなどを密かに考えていたのでした。

三階もあらかた見て回り、四人は一階へと降りて行きます。
もうそのころにはKさんは、ボーイッシュな娘がレイコさん、黒髪のおとなしめの娘はユウカさんと、二人の名前まで聞き出していました。

入ってきた厨房の勝手口を出て、四人は改めて向き合いました。
日はすでに傾きかけ、建物の裏手には早くも夕暮れの気配が漂いはじめています。

「これからどうします?いっしょにお食事でも…」とJさんが下心満々で聞こうとすると、それより早く女性ふたりは深々と頭を下げてこう言いました。
「ありがとうございました。お二人のおかげで隅々までよく見ることができました」
とレイコさんが言うと、ユウカさんも
「変なホームレスや怖そうな先輩もいないようですし、わたしたち、ここに決めました」と明るい声で言うのです。

何のことか意味が分からず、言葉を返せずにいると、彼女たちは閉まっている勝手口のドアに向かって歩きはじめ、そのまま溶け込むように消えてしまいました。
Jさんは反射的に、二人が消えた勝手口のドアを開けようとしましたが、さっき出てきたばかりのその扉は引けども押せども開きません。

JさんとKさんは互いに顔を見合わせたまましばらく固まっていましたが、やがて身体の奥底から恐ろしさが一気に湧き上がり、われ先にと表に停めてある車めがけて駆け出したのでした。

あれほどはっきりくっきりと見えて、会話まで交わした女の子たちが、この世の者ではなかったのだという現実と、そうとは知らず合コンまで夢想していた自分の愚かさを蔑(さげす)む感情が入り混じったまま、Jさんたちは大慌てで車を発車させました。
最後に振り返ったJさんの目には、三階の窓からこちらに手を振る、血まみれの二人の女性の姿が見えたのだそうです。

「可愛い女の子にいきなり出くわして、舞い上がってしもうて、そのときは気づかんかったけど、冷静になって考えてみると、駐車場には俺たち以外の車はなかったし、内部を見てまわっているときに彼女たちの足音はしてなかったように思うんよ。それにいっしょに回っている間中、なんか鉄臭いような変な臭いがしとったんやけど、今考えてみると、ありゃぁ血の臭いやったんかなぁ…」とJさんは言うのでした。

後日、人づてに聞いたところによると、最初の廃墟へのトライの日、通行止めの原因となった交通事故で若い女性がふたり亡くなっているのだとか。
それがユウカさんとレイコさんだったのかは定かではありません。
なにしろ、Kさんが聞き出したこの名前からして、二人合わせれば「ユウレイ」という、ずいぶんと人を食った嘘くさいものなのですから…。

初出:You Tubeチャンネル 星野しづく「不思議の館」
怪異体験談受付け窓口 七十八日目
2023.5.27

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