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デジタルとシンクロする写真家 川田喜久治

写真家 川田喜久治(1933年生まれ)は、1959年に写真家集団いまでいうセルフ・エージェンシーの『VIVO』の設立メンバーとして参加。東松照明、細江英公、奈良原一高らとならぶ戦後日本の写真界をささえてきた重鎮の1人である。東松もそうであったように、いち早くデジタルの世界に飛び込んだ写真家である。 川田はPCを自由自在に操作して、プリンター出力も当然のようにこなしてしまい、写真集まで製本してしまうという実力の持ち主である。恐るべし御年85歳(2018年現在)である。 川田のデジタル写真をみて確信できたのは、やはり暗室作業を明室作業のPCの画面に切り替えた場合、写真家自らがレタッチすることが必要であることを教示したことだ。他人にイメージを伝え操作してもらい作り上げるのでは感情移入の度合いがまるで違うからだ。

代表作に「地図 The Map」1965年美術出版社 があるが、私は何といってもデジタル写真の「ワールズ・エンド」にやられてしまった。これは銀塩からデジタルに移行した写真家への指南書になるであろう。私を含む銀塩をぐずぐずといつまでも引きずって断ち切れなかった者にとって、銀塩と変わらぬそれ以上の質をデジタルで見せてくれた川田の写真は、デジタルという混沌とした世界に、一条の光明がさすような希望と勇気を与えてくれるのではないだろうか。彼の最近のデジタル写真は、Instagramでチェックできるのでのぞいてみては如何だろうか。

 「憎まれっ子のようなデジタル・カメラがこの世に生まれたころに撮影ははじまる。現象のなかに含まれる曖昧さの集積が凝縮されて現象をこえるまでにはかなりの時間がかかる。その集積を作るには意志的な撮影が必要だろう。考えられないほどの高速シャッターで停めた瞬間からも凡庸な写真の世界は消えていない。「都市」のシリーズを撮るきっかけをつくってくれたのはデジタル・カメラだった。レンズを固定した部分がぐるぐると回るスイバル方式、マルチ・ショット機能もついている。レンズを回せば後にいるひとだって写せるし、一画面に十六枚の連続ショットは時間と空間を分断しながら眼に見えない世界まで拾ってくれる。それがどこかで何かとシンクロする。どこかとは網膜かも知れないし、頭脳の片鱗かも知れない。モータードライブを押し続ける指先かも知れない。しかしシンクロするときは目の前でかなり強い異変が感じるられる。それをモニターのなかで見つけることもあれば、モータードライブの響きの中で感じることもある。具体的なものと抽象的なビジョンが交差しながらスパークする。リアルになるものもあれば消えるものだってある。シンクロシティ(共時性とか同時性)がそのリアリティを撮っていることもあるがよくわからない。瞬間をシャッターで断ち切ることを繰り返すと、さまざまな死と生にかならず出会うことだけは確かだろう。」

風の旅人No41〜ワールズ・エンドより TEXT 川田喜久治

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