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【感想文】『君たちはどう生きるか』を観ました【ネタバレあり】

はじめに


正しく哲学している人々は死ぬことの練習をしているのだ。

『パイドン』プラトン著・岩田靖夫訳、岩波文庫

スタジオジブリ・宮崎駿最新作『君たちはどう生きるか』が7月14日に公開された。
宣伝をしないという宣伝について、考えたことを前回述べた。
今回はネタバレありの感想文として、内容に触れていきたいと思う。

なお、公式サイト上では作品の概要や登場人物などの設定が未だ載せられていない。情報を統制したいという公式の意図をくみ取って、あらすじの説明は最低限のものに抑えたい。
また、公式サイト上はもちろんパンフレットもないため、内容の理解に誤りがありうる。あまりに大きい誤りであれば追記で訂正したいが、軽微なものは、初見時の感慨を尊重した随筆として、大目に見てもらいたい。


マヒトとアオサギ


十代前半と思われる少年・マヒト(眞人)が、火事で母親・ヒサコを亡くす場面から、物語は始まる。
時代は戦争が始まった直後。マヒトの父はヒサコの妹(マヒトの叔母)・ナツコと再婚し、彼女らの故郷である街へと移り住む。
ナツコは子を身籠っており、マヒトと初めて出会った場面で、膨らんだお腹をマヒトに触らせる。ナツコはマヒトに声を掛けるが、マヒトは目を見開くばかりで、あまり喋らない。
この場面だけでなく、物語全体を通して、マヒトは自らの内面を口にしない。ナツコの呼びかけにはそれこそ軍人のように威勢よく答え、姿勢正しく歩くが、自室に戻ると身体中の力を解いて一気にベッドに倒れ込む。
マヒトの内面はいろいろと推し量れる。
いくら顔が似ているといっても母ではないナツコを母と呼ばなければならないことへの躊躇い。母として接してくるナツコへの忌避感。そもそも母を失ってすぐ叔母と関係を結んだ父への苛立ち。それら全てを口にするわけにはいかないストレス。

僕はジブリに通暁しているわけではないので断言するのは憚られるが、マヒトは他のどの作品よりも人間味に溢れているように思った。
「真の人」という名前がいかにも示唆的だ。ある意味で悪心を持ち、その自覚がある故にひた隠しにしている。
『天空の城ラピュタ』のパズーや『もののけ姫』のアシタカが見せたようなヒロイックな精神はない。
本当の人間は内面を隠して嘘を吐く。事実を捻じ曲げて伝達し、自分の被害者性を誇張する。そして本音がバレそうになると、怒りとともに相手ごと叩き潰そうとする。(ナウシカ……?)

マヒトの暴力が向かう相手、アオサギは、本音を語らないマヒトの内面に文字通りくちばしを突っ込んでくる。
マヒトが誰にも言えずにいる亡き母への執着を、アオサギはマヒトにだけ聞こえる声で、嘲るように言い放つ。おそらくアオサギは人の心が読めるのだろう。アオサギの言動にマヒトは怒り、木刀を振りかざしてアオサギとの対決を試みる。
マヒトにとってアオサギは敵であり、その実彼の代弁者でもある。『魔女の宅急便』における主人公のキキと使い魔のジジと似ている。二人の言い争いには、マヒト自身の葛藤が比喩的に描かれている。

本音を隠すマヒトと本音を暴くアオサギ。自分の内面を突きつけられたマヒトの戸惑いは消えないまま、叔母は森の奥へと失踪してしまう。

遺子が旅する意志の石


序盤の邂逅を過ぎると、物語は一気に展開する。
逐一説明するとネタバレすぎるというのもあるが、例え「よーしネタバレするぞ」と意気込んでもきっと挫折する。
とりあえず思うのは、齢八十を過ぎてあれだけ想像力を爆発させることができるのは恐れ入るというかストレートに恐い。『千と千尋の神隠し』の本当に初めて見たときの「なんじゃこりゃあ」感が蘇ってきて顔を引きつらせながらもちょっと感動した。
もちろんわけのわからないものばかり見せられているんじゃなくて、観ている人個人個人で思い描くものがあるのだと思う。それこそジブリとか宮崎駿の世界観を最初から追っている人は昔のテレビシリーズを思い出したりするのかもしれないね。

必要最低限なことだけを言えば、物語は異世界に移る。
そんな世界の端緒には海と緑が広がっていた。鬱蒼と茂る森の奥にはいかにもジブリっぽい勝気な姉御となんかちいさくてかわいいやつがわらわらといる。ワラワラと言うらしい笑笑ワラワラは姉御が捕らえた餌から滋養を取り、十分になると昇天する。そんなワラワラたちを狙ってペリカンが飛んでくる。反撃を受けて傷ついたペリカンは「この世は地獄」と言い残して息絶える。
ええ……ええ? これでわかる? 大丈夫? ちなみに僕はあんまり大丈夫じゃないです。

ちなみにこの異世界についての説明はほとんどない。
マヒトは相変わらず何も言わないが、多分内心は焦ってるけど表情に出てないだけだと思う。「まあ慌てても仕方ないよな」的な。
察するしかないのだが、あの世界は誰かの意志が具現化した世界なのだろう。人?の眠る墓石、武器としての石器や鋼鉄、石から生み出される炎、磨かれた石に宿る(静)電気。意志は石として世界中に散らばっている。意志の石が世界を形作っている。

そんな異世界に、マヒトは叔母を探すために自らの意志で入り、アオサギと共に旅を始める。しかし彼の意志は、繰り返すようだが、本音に従っているわけではない。度々繰り返す「父の好きな人だから」探すというのも、自分の意志というよりは、自分の本音を説き伏せているだけのように思われる。
本音を言えば、叔母はやはり母ではない。それでも異世界を旅してしまえるだけの行動力がある。だから世界の終着点まで辿り着けてしまう。
世界の奥地に聳える塔で、彼は初めて、他人の強い意志に触れる。咄嗟の言い訳も通用しないほどの大きな拒絶を受けてしまう。

君たちは純粋なものに憧れ、やがて別れる


人はどうして嘘を吐くのか。本音を言えない事情があるからだ。
マヒトにとっては母の喪失がそうである。母がいないことは当然もうわかっている。それでも他の人を母と呼ぶわけにはいかない。
例え叔母が戸籍上の母となっても、実質的には母ではない。実感のない、名前だけの「母」という呼称を、マヒトは可能な限り避けている。唯一叔母を「母さん」と呼ぶ印象的な場面も、状況からしてそう言わざるを得なかったという痛々しさ、虚しさが逆に強烈に伝わってきた。

人は純粋なものに憧れる。
『風立ちぬ』の堀越がひたすら美しい飛行機を追い求めたように、マヒトもまた、おそらく同種の戦闘機のパーツが整然と並ぶ様を見て、美しいと口にする。
純粋さへの憧れは堀越とマヒトで共通している。
堀越はその憧れに貫徹することができた。
しかしマヒトは、その憧れに背を向ける。彼は自らの内面に目を向ける。
異世界の外に蔓延っている、愚かな人間の意志(悪意)が自らの内にもあることに気づかされ、立ち向かうことになる。

我ヲ学ブ者ハ死ス

『君たちはどう生きるか』の作中で、あまりといってはあまりにも唐突な形で、このメッセージが立ち上る。
「どう生きる」と問いかけているのに「死ぬぞ」と言う、言葉の強さに面食らうのだが、考えてみたら生きることと死ぬことは表裏一体である。どう生きるかを述べることはどう死ぬかを述べることになる。

タイトルの元ネタ(原作ではない)である『君たちはどう生きるか』は、元々数十年前のベストセラーであり、ちょうどこの映画の製作が発表された頃に、やたらと目力がある少年の顔を表紙にして再編され、一時期は書店に見ない日はないほどだった。
内容について、僕も読んだはずなのだがよくは覚えていない。表紙の少年はどうも目力が受けたようで、池〇彰や齋〇孝など教養を売りにしている方の著書で相変わらず目をギラギラさせて読書したり黒服の政治家やミサイルの合間を肩で風を切って歩いたりしている。教養を武器にして世界に立ち向かう若者像のアイコンとして出世したらしい。
学ぶ者は出世する。方やこの映画の中で、「学ぶ者は死す」という。

目的語の「我」とは何を指しているのか。墓石に眠っていたのは誰なのか。
僕の思う一応の答えは冒頭に引用しておいた。
プラトンは純粋なものの世界をイデア界と呼び、人の世はその影でしかないと説いた。哲学を学ぶ者の魂は肉体の束縛から離れる。故に哲学は死に近づく準備である、という意味だ。
あの異世界も、その創造主が思い描いた理想の世界なのだろう。不純な意志のない石を積み重ねた危うい世界。
反対に現実世界は、特にマヒトの暮らしている戦中は、まさに死の世界だ。これから大勢の人が焼き尽くされる日がやってくる。そんな不純なものばかりの愚かな世界で、君たちはどう生きるか。どう死ぬか。

アオサギはマヒトに対し、最後に笑いながら言う。問いかけそのものを一笑に付して、大人びた釘を刺す。しかしその実、彼がいなければ問いかけ自体が存在しえなかったとも言える。
彼との別れを通じて、純粋なものへと別れを告げることになる。
それは観客である僕らにとっても同じだろう。
マヒトのいる世界に抽象されていた、現実世界を生きる僕たちもまた、ほとんどの時間を不純に過ごし、本音を隠す。
それでも、純粋なものはいつ触れてもいいと、作中でも示されている。実際の時間は関係ない。忘れたのならまた思い出せばいい。そうして得られたごくわずかな時間で、僕らは純粋なものの影を観て、自分の世界を積めばいい。

おわりに


とりあえずあの異世界にたどり着いたばかりのトリップ感が好きすぎるんすよねえ……
文章中でもいくつか触れたけど、あの世界っていろんなジブリとか宮崎駿作品から引用して、積み木のように組み合わせているんだと思うんですよね。
だから秩序はなしよりのありで、総体的に見てジブリって感じで、でも細かく見るとなんだこれってなる。多分ジブリを見たことない人が他人からジブリ作品について説明を受けると脳内があんな感じになると思うんですよ。

とはいえ、説明するにあたって初めてまともにジブリの公式ホームページを見たんですが、それこそ僕が知っている範囲って金曜ロードショーでやったもの見たことあるよってくらいだから、例えばどんな海外作品を配給しているか、海外市場にどう関わっているのかとか、ジブリ美術館限定で公開していたものとか一切追ってない。映画作るだけじゃないんだなと知れたのが良かったです。みんなも公式ホームページ見ましょう。

ということで、『君たちはどう生きるか』を楽しみました。
せっかくやってるんだから、IMAXでも観たいですね。頭おかしくなりそうで楽しみです。

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