期限一週間の願い事 第6話 ギャップ(全9話)【小説】
第6話 ギャップ
斎賀は、何となくスッキリしなかった。
社長としての業務に追われていると、他のことを考える余裕もなくなるが、モヤモヤとしたものはずっと心の中に残っていた。昨日出会った女性と、あれ以降接触がないのはなぜなのだろうか。
(まさか、あれで終わりってことはないよな……? そういう仲になれるかどうかは自分次第っていっても、あれじゃあどうしようも……)
「あ、そろそろ会議か。
さっき終わったばかりなのに……」
斎賀は、眉間に手を当て、大きくため息をついた。
やることが山積みで、あまり自分のことを考える時間がない。昨日の黒岩との約束も、実は時間通りに行くのに苦労していた。
「行くか……」
席から立ち上がると、部屋を出て会議室に向かう。
会議が始まっても、何となく上の空で、喋りながら、頭の中では別のこと……昨日の女性のことを考えているような状態だった。
(漫画みたいに、あの場ですぐイイ感じになるとか、そこまでいかなくても、せめて名前ぐらいは……)
しかし、いつまでもそんなことを考えている余裕はなかった。
会社を立て直すための対応は激務で、社長就任二日目にして、すでに心も体も疲れ果てていた。
(俺が思ってた社長って、こんなだったっけ……? そもそも、なんで社長になりたいなんて思ったんだろう……見返したかった? いったい誰を? 何に対してそう思ったんだ? 金持ちになるだけなら、別に社長にならなくてもよかったわけで、なんで、俺は……)
結局その日、昨日の女性と再会することもなく、気づけば日は沈んでいた。
いったい、今日一日何をしていたのか、よく分からない。いや、仕事をしていたのは確かだし、自分では何とか乗り切れたと思える。社長なんてやったことがないのに、よく二日間持ちこたえたと、自分を褒めたくもある。しかし、朝感じたモヤモヤは、消えることはないまま、待ちあわせに間に合うように、黒岩が待つ店に向かった。
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内野は、斎賀とは違った。
翌日会社に行き、自分が社長になっていることが分かると、まずは昨日まで自分が所属していた部署に行った。
そして、会社を改革することを理由に、自分を評価しなかった管理者を全員窓際に追いやり、自分に好意的だった社員を管理者に据えた。
当然のことに、いくら社長でも横暴だという反発も出たが、前社長から、会社を改革して生まれ変わらせてほしいと言われて就任したことになってる内野は、反発してくる社員も全員、それぞれバラバラの部署に飛ばし、雑用のような仕事しか与えないようにした。
(よし……これで、今までできなかったことができる。俺が正しかったと証明できる……)
内野は、これまで却下されてきた案を次々に打ち出し、一斉に行動するように呼びかけると同時に、進捗は必ず自分に上げるように号令をかけた。
「ふぅ……」
会社のビルから街を見下ろす。
金、大きな家、社長という地位……それらを手に入れて眺める街は、すべて自分のもののように思えた。もう、手に入らないものなどない。すべてが意のまま……
「……!」
そう思ったとき、昨日のことを思い出した。
あのイイ女も手に入っていれば、言うことはなかった。
邪魔が入らなければ、ものにできていた。
嫌がってるのなんて最初だけで、もう少し話すことができれば、今日、同じベッドで朝を朝を迎えていたはずだ。
それなのに……
「斎賀……」
思い出したら、こめかみ辺りがピクピクしてきた。
「残りの願いは、あと4つ……」
内野は秘書に連絡して、誰も自分の部屋に通さないようにいうと、これから自分が何を得ていくか、慎重に検討した。
思いのままにするためには、障害を取り除かなければならない。金も家も地位もある今、手に入れるものよりも、自分の野望の障害となるものを取り除いたほうがいい。
「出かける。
今日はそのまま帰るから、プロジェクトの進捗は、明日の朝一に持ってくるように伝えてくれ」
秘書にそう伝えると、内野は会社を出て、黒岩との待ちあわせの店に向かった。
まだ時間が早いが、それはどうでもいい。
大事なのは、斎賀より先に黒岩に会うこと……
社用車ではなく、タクシーを拾って店に向かう。
何となく、自分の行動を会社の人間に知られたくなかった。
「急いでくれ」
後部座席に座ると、内野は苛立たしげに言った。
「はい。
しかしお客様、スピードはこれ以上……」
「もし警察に捕まるようなことがあっても、俺が何とかする。心配するな。いいから急いでくれ」
「は、はい……」
内野は、自分が苛立っていることもまた、腹立たしかった。
だが、そもそもの原因は斎賀にある。
アイツが邪魔をしなければ、こんなことにはなっていない。
「……このあたりでいい」
内野が言うと、タクシーは速度を緩めて、やがて止まった。
「急がせて悪かった。
これ、取っといてくれ」
少し怯えた表情をしている運転手に、一万円札を渡すと、内野はタクシーを降りて、小走りで店に向かった。
「……」
いつも来る時間より、3時間ほど早い。
空が暗いことに変わりはないのに、3時間早い景色は、かなり違って見える。
人が多いし、その質も違う。
言ってみれば、今はまだ、子連れでも歩ける感じだ。
やがて、店が見えてきた。
そこだけは、いつもと変わらない佇まいで、内野は不思議と、少し安心感を覚えた。
「……」
ドアを開けて中に入る。
だが、お客はまばらで、黒岩もいない。
(……さすがにまだ早いか。
でも、斎賀より先に、黒岩が来るはずだ。
俺はここで待てばいい……)
少し荒くなった息を整えると、ジャケットの位置を直し、カウンター席に座った。
「いらっしゃいませ」
「何か、カクテルを頼む。
強めのやつ」
「承知しました」
右足が、無意識に上下に動く。
出された酒を一気に飲み干し、おかわりをし……ということを繰り返しているうちに、黒岩が隣に来たときには、顔は茹でダコのようになっていた。
「内野さん、随分早い到着だね」
黒岩は、いつもように淡々と言った。
「……」
「斎賀さんが来るのは、もう少し先だ。
先に来てもらっても、特に問題はないが……その様子では、何かあったのかな?」
「……斎賀がこれまで叶えたこと、すべてなかったことにしてくれ。
それが、俺の4つ目の願いだ」
「おやおや……(笑」
「何がおかしいっ!!」
「お金、大きな家、社長という地位……ほしかったものを手に入れて、もう怖いものは何もない。何でもできる。
唯一自分を脅かす存在があるとすれば、それは斎賀さん。だから、彼からすべてを奪おうというわけか」
「それだけじゃない。
アイツは昨日、俺が声をかけた女をかっさらっていきやがった。
この俺が声をかけた女をだ。
邪魔なんだよ、アイツは」
「だから潰す、と?」
「そうだ」
「仮にその願いを叶えたとして、私は彼に、君がそれを願ったことを伝える。彼は、君に奪われたものを取り戻すと願えばいいことだし、逆に、君が持っているものをすべて奪うように願うこともできる。君がしようとしているようにね。そんな不毛なやり取りに、せっかくの願いを使うのかい?」
「……」
「それに、君は今、これまでなかった力を手に入れて、何でも思い通りになると思っているかもしれないが、君より資産を持っている人も、君より大きな家に住んでる人も、君より力を持つ社長も、世の中にはいる。
世界にまで範囲を広げれば、怖いものなしと思っている君の力も、大したものじゃない。それでも斎賀さんを破滅させたいなら、君の願いを叶えよう。ただし……」
「なんだ?」
「君が思い描いているようになるとは限らないことは、理解しておいてくれ」
「どういう意味だ?」
「いずれ分かる。
君の願いが叶ったあとにね」
「……わけのわからないことを……とにかく、俺の願いはそれだ。斎賀が叶えた願いをすべて奪う」
「ああ、それを叶えよう」
黒岩はそう言うと、いつもどおりに黙った。
「それをしてるときのあんたは、少し不気味だ。
いったい何をやってる?
まあ、俺としては願いが叶えばそれでいいけどな」
「……終わったよ」
「そうか。
じゃあ、俺は行く。
明日は、約束通りの時間に来るよ」
「分かった。
ではまた明日」
内野は、グラスに残った酒を飲み干すと、席から立ち上がって、おぼつかない足取りで店を出ていった。
「あれもまた、興味深いものだ」
黒岩は、カランとグラスを鳴らしながら、ウィスキーを口に運んだ。
「黒岩さん、あなた宛にお電話です」
店のマスターが、受話器を差し出しながら言った。
「どなたからかな?」
「斎賀さんとおっしゃってます」
「……なるほど。ありがとう。
……もしもし、黒岩です」
「斎賀です。
すみません、突然電話して……実はその……ちょっと会社でトラブルがありまして、約束の時間に行けそうにありません。いや……そもそも、今日そちらに伺えるかどうかも……」
「なるほど……
今日の願いはどうする?
明日に持ち越しはできない」
「……そうか、持ち越しはできないんでしたね……
……」
「斎賀さん?」
「……分かりました。じゃあ、今日の願いはなしでいいです……今、会社をほったらかしにして、そちらに伺うわけには行きませんので……」
「そうか、分かった。
電話で願いを言うかと思ったが……いや、まあ残念ながら、願いは直接会ってというのがルールだからね」
「ええ、そうでしたよね……」
「じゃあ、内野さんの状況だけ教えよう。
彼は、自分が勤めている会社の社長になった。そして今日、君より先にここにきて、願いを叶えていった。……君がこれまで叶えた願いを、なかったことにする、という願いをね」
「え……?」
「君の今の窮地は、そのせいかもしれない。しかし、私は君たち二人の願いを叶えるだけだ。叶えられないものでなければ、どんなものだろうと受ける。
だから君も、失ったものを元に戻してくれとか、内野さんからすべてを奪う、という願いを叶えることもできる。今からここにきて、失ったものを元に戻すという願いを言えば、会社の窮地を救えるかもしれない」
「なるほど……
……でも、今日はいいです。
明日は必ず伺います」
「そうか。
分かった。では、問題が解決できるように祈っている」
「ありがとうございます。
ではまた、明日」
受話器から、回線切断を告げる音が聞こえると、黒岩はゆっくりと耳から離し、マスターに手渡した。
「……これもまた、興味深い」
「今日は、もう一人の方は?」
マスターが、さり気なく聞いた。
「来られなくなったそうだ」
「あ、今の電話の方が?」
「ああ」
「そういうことでしたか。
しかし、となると……これまでにないことですね」
「そうなんだ。
実に興味深い」
「じゃあ、今日はもう?」
「そうだね。
私もそろそろ失礼する。
また明日来るよ」
「承知しました。
おまちしてます」
「ではね」
みなさんに元気や癒やし、学びやある問題に対して考えるキッカケを提供し、みなさんの毎日が今よりもっと良くなるように、ジャンル問わず、従来の形に囚われず、物語を紡いでいきます。 一緒に、前に進みましょう。