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天井のシミ 【短編小説/ホラー/怖い話】スキマ小説シリーズ 通読目安:7分

「まただ・・・
 また濃くなってる・・・」

海崎修平(かいざき しゅうへい)は、風呂場の天井を見上げながら、その呟いた。

一週間ほど前に、ふと気づいたことだが、風呂場の天井に、おかしなシミができている。
全体的に汚れているなら分かるが、不自然に、半径20comほどの範囲だけが、黒っぽくなっている。

「あれが目で・・・ その下が鼻・・・
 その下が口・・・」

黒いシミがより濃いところを見ると、人の顔のようにも見える。

一週間前は、ただのシミだったものが、徐々に濃くなり、今は人の顔を形成している・・・

修平は、自分がおかしくなったのかと思い、スマホで写真に撮り、友人に見せたが、そう言われてみればそう見えるけど、考えすぎだと言われ、誰にも信じてもらえなかった。

大家に相談することも考えたが、今のところ、気味が悪いということ以外に、実害はない。
上の階から水が漏れていて、それが原因でできたのかとも思ったが、水が滴ってくるわけでもない。

下手に大家に言って、あなたが汚したのでは?
と思われたら、それはそれで面倒だ。

風呂に入るという、無防備な状態のときに、背後から視線を感じるような状況は、どう考えても好ましくないが、人間というのは面白いもので、最初は嫌だと思ったことでも、慣れればあまり気にならなくなる。

それどころか、どこまでいくのか見てみたいという、好奇心のようなものまで芽生えてくる。
そのまま観察を続け、最初にシミに気づいてから二週間が過ぎた。

「完全に顔だな・・・
 それ以外の何物でもない・・・
 見てるのか・・・?
 おまえはなんだ・・・?
 なぜそこにいる・・・?」

話しかけるが、反応はない。

「答えるわけないか・・・(笑

 ・・・え・・・?」

修平は、自分の目を疑った。
何度も瞬きして、目をこすり、ソレを見る。

「・・・なんだよ・・・
 なんなんだよ・・・」

シミが、下に向かって膨らんできている。
まるで、天井から下に向かって顔を出しているように、ゆっくりと、ソレを膨らんでくる・・・

「やめろ・・・
 くるな・・・
 くるなぁぁぁ!!!」

天井から出てきた顔が、修平のほうを見て、目が合った。

「うわぁぁぁぁっ・・・・!!
 うわぁぁぁぁ!!!!!

 ・・・はぁ・・・ はぁ・・・ はぁ・・・」

「大丈夫ですか?」

心配そうな顔をしながら、女性看護師が言った。

「また・・・ あの顔が・・・」

「そう・・・
 また、天井からの顔が見えたのね」

「そうです・・・!!
 今のは夢だけど・・・ あれは確かにいた・・・
 いたんですよ・・・!!」

「先生を呼んできますね」

看護師が行ってしまうと、病院のベッドの上で、修平は一人、あのときのことを思い出した。
あの日・・・ 風呂を沸かそうと、風呂場に足を踏み入れたとき、天井のシミは、確かに顔になって、出てきた・・・
間違いないのに・・・ なんで誰も信じてくれないんだ・・・

「修平くん、またあの夢を見たんだね」

「先生・・・
 そうです、見たんです・・・!!
 先生も見たでしょ? 俺の家で・・・
 あの天井のシミを・・・」

「うん、見たよ。
 けど・・・ あれはただのシミだよ」

「そんな・・・
 違う・・・!! あれは悪霊とか、そういう類のものだ!!
 あれは・・・ 俺を・・・ 俺を見てたんだ・・・
 間違いないんだ・・・!!」

「君がそう思うのも無理はない。
 仕事で、つらい思いをしてきたんだからね・・・
 だから、今こうして、復帰できるようにがんばってるんだろう?」

「違う・・・ 俺は・・・」

「とにかく、ここは安全だ。
 修平くんの努力と、薬の効果で、少しずつよくなってる。
 そのうち、その夢にも悩まされなくなる」

「・・・分かりました・・・」

「うん、じゃあまた何かあれば、呼んでくれ」

「承知しました、先生」

「海崎修平か・・・
 薬は効いてるはずだが、夢で見なくなるまでには、まだ時間がかかるか・・・」

担当医師の江口は、自分の部屋に戻ると、カルテを見ながら呟いた。

修平は、二週間ほど前の夜、外で大声を上げて騒いでいるところを、警察に保護された。
その後、家族の要望で入院。

それ以前から、仕事でかなりストレスがかかっていて、ノイローゼ気味だったらしい。
そこに、あの天井のシミを見つけ、人の顔があると思い込んだ。
パレイドリアというやつだろう。
ただのシミを、人の顔だと認知したのだ。

「ブラック企業の犠牲者か・・・
 でも、薬は効いている。
 時期に回復して、社会復帰もできるだろう。
 彼はまだ若いしな・・・」

江口は気づいていなかった。
いや、気づけなかったかもしれない。
蛍光灯が切れたりしない限り、天井など意識して見ない。

「さて、そろそろ夕食でも・・・

 ・・・ん・・・?

 ・・・ぎゃあああああ!!!」

看護師が駆けつけたとき、江口はすでに息絶えていた。

理解出来ない状況に、看護師や他の医師がパニックになる姿を、ソレは天井から、静かに見ていた。
口元に、悪意に満ちた笑みを浮かべながら・・・


みなさんに元気や癒やし、学びやある問題に対して考えるキッカケを提供し、みなさんの毎日が今よりもっと良くなるように、ジャンル問わず、従来の形に囚われず、物語を紡いでいきます。 一緒に、前に進みましょう。