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私の人生を変えた恋

 まったく人生、何がどう転ぶか分からない。
あの日、最初の入門書に手を伸ばした時、よもや日本を離れることになろうとは夢想だにしなかった。ずっと日本で仕事をして暮らしていくつもりでいた。それがひとつの恋をしたことで、すっかりひっくり返ってしまった。
 その恋は、熱烈で一方的な恋だった。ただし相手は人間じゃない。ロシア語という外国語だった。

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 最初は、ちょっと齧ってみるだけのつもりだった。仕事に役立つとか交友範囲にロシア人がいたとかの、現実的な理由はなにもない、ただの好奇心。それまでにも同じような理由で色んな外国語に手を出しては、いつも3か月坊主で挫折していたから、まあロシア語もそんなに長くは続かないかも…と思いながらのスタートだった。だから最初に書店で手に取ったのは、フトコロを痛めない程度のお値段の薄い入門書だった。
 ところが。
 3か月たっても半年たっても挫折するどころか、モチベーションは上がる一方。おまけに新聞の国際面などで、ロシアの「ロ」の字を見るだけでドキドキして身体が熱くなり、TVでロシア関連のニュースが流れて現地の街頭インタビューがあったりすると、すぐにも勉強したくてジタバタするようになっていた。
 これはもう学習熱なんてものではない。ほとんど恋愛感情だった。
 最初の入門書では足りず、きちんとした学習辞書を買い、文法書を次々と買い足し、ついには語学学校に入ってネイティブ講師の個人レッスンに通い始めた。もはや投資を惜しいとは思わなかった。
 実生活でも仕事上でもまったく必要性のない言語なだけに、実践練習の機会を求めてネイティブのメル友も募集した。もっとも多かった時には7人のメル友を抱え、仕事から帰って食事を済ますと、あとはメールの読解と返信の作文で夜中の2時3時まで奮闘する毎日だった。当時は寝不足でフラフラだったが、おかげで上達も早かった。

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 これらのメル友の何人かとは、やがてオフラインで会ってリアルタイムで会話をする機会も得た。そして、その中の一人と思いがけずウマが合ってしまい、これが私の転機となった。


 いま、そのメル友は私の夫となり、自宅での日常会話はロシア語という生活をしている。ただ、彼がEU国籍を取得してブリュッセルに住んでいたおかげで、私はロシアではなくベルギーに住み、図らずもフランス語まで学習するハメになったのだった。残念ながらフランス語に対しては、恋するどころか普通の学習熱さえ持てず、したがって未だに必要最低限レベルのままだ。

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 一方、ロシア語に対する恋は未だに終わった気がしない。もちろん、あの頃のような熱情ではないけれど、事あるごとに辞書や文法書を開いて、楽しみながら知識を深めている。そして、もしかしたらこれが前世の私の母語だったのかも知れないと、半分本気で信じている。


注※今回の記事の写真は、すべてフリー素材からの借りものです。このテーマで自分で撮るのがメンドかったので…