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デジャブ(着信アリ)

枕元の携帯電話が鳴っている。


マナーモードを解除していなかったので、正確には『振動』している。




もう朝か?

いや、そんなわけはない。

ギリギリ意識はあるが、目すらあかない。




…まだ鳴っている。メールではない。電話らしい。

諦めてくれ。


俺は、ただ、眠い。





……『振動』が恐らく3分を経過している。






『親族に不幸かなにかあったのか?』


まぶたをあける。




時計に目をやりつつ、携帯を手に取る。

社会人2年目・平日・毎朝6時起き



以上の条件を満たしている俺にしてみれば、一番起きてはいけない時間帯だ。




     加藤
   090-6185……


…誰だ?


加藤って…誰?


まだ頭は起きてない。とりあえず、出る。








俺「……もしもし…」





加藤「あ!!もしもし!!ひさしぶり!!俺!!俺!!」











【時間は午前2時30分】














誰だ。このウザイ加藤。


俺「ごめん、誰だっけ」

加藤「『加える』『藤』の方の加藤だよ!!ひさしぶり!!」









日本のカトウさんの9割は『加える』に『藤』だ。



俺「下の名前は?」

加藤「加藤シンイチだよ!!ゼミで一緒だったじゃん!!」





…思い出した。

そういえば大学3年の時のゼミに『加藤』というヤツがいた。気がする。



最初のゼミの時にとりあえず番号を交換したのだ。たしか。

ただ、間違いなく憶えているのは、

俺はコイツに電話を掛けた事も、掛かって来た事もない。

つまり初めての通話だ。






なぜ?







俺「あーあ。ひさしぶり。で、何の用?」

加藤「おぉ!!いきなり!?

もうちょっと何かこう、お互いの近況とか報告し合おうよ!!

大学の卒業以来だから2年ぶりじゃん!!」






神に誓う。


俺はこいつと近況を報告し合うほど、
















親 し く な い








俺「…酔ってんのか?」

加藤「いやいや酔ってるもなにも、俺、酒一滴も飲めないじゃん!?」




お父さん、お母さん、俺はこれまで、

そしてこれからの人生の中で最も必要としない知識を、


今、得ました。














『加藤は酒が飲めない』





俺「あのさ、今何時だと思ってる?そして俺は明日6時起きだ。正直、あんまり親しくない友人からの急な電話だ。よっぽどの用件なんだろ?その用件を伝えてくれ。そして用件を聞いた後、俺はソッコーで寝る」



本音だ。

というか、今すぐにでも切りたい。




加藤「…そうだよな。確かに非常識かもしれない。謝る。いや、謝罪する。すまん。」



なんでわざわざ『謝罪する』と言い換えるのか。

コイツは頭がおかしいのか?



俺「うん。で、何?」



加藤「実は、深刻な相談がある。のってくれるか?」


















少し雰囲気が変わった。

シリアスな相談なのだろう。

ただ、宗教や金銭関係はゴメンだ。











注意深く一度深呼吸をする。










俺「内容にもよる。なんだ?」





既に眠気は醒め、

聞き漏らさないよう呼吸をするのにも気を使う。









加藤「もし…」















なんだろう。この緊張感は。











俺「なに?」
















加藤「もし…自分ちのトイレで大便をした後…」

俺「…はい?トイレ?大便?」














加藤「もし、自分ちのトイレで大便をした後、便器の中から体格のいい男が出てきて、

『なぁなぁ、UNOやらへん?UNO。』

って言ってUNO差し出してきたら、UNOやる?」



























俺「……加藤。…手元に保険証はあるか?」



自信から確信に変わった。








コイツは、頭がおかしい。



全国の病院に告ぐ。





















急患だ。







加藤「お前は今、『俺の頭がおかしい。医者に見て貰った方がいい』そう思ってるだろ?どうだ?当たってるか?」


俺「金田一君じゃなくてもその推理はできる。
ハズしようがない。
ある程度日本語ができるヤツなら、みんな絶対にそう思う。」






加藤「だが、俺はいたって正常だ。クスリなどもやってない。
だから病院にいく必要もない。

むしろ、今、

軽く勃起をしている」







『むしろ』ってなんだ?

接続詞の『むしろ』か?

逆接の?

まさか。前後からどう考えても逆接がくるのはおかしい。




というかなぜこの状況で

『勃起』という単語が出てくるんだ?

つまり彼は今勃起をしているのか?



軽く?











軽く?







軽く勃起ってなんだ?

略すとカルボッキか?




『カルボナーラの麺の最高の茹で具合をカルボッキという』

ってなんかの料理番組で言ってたか?




『麺の硬さはアルデンテになさいますか?それともカルボッキになさいますか?』

ってパスタ屋できかれたことがあるか?









俺は一体何をしているんだ?

真夜中に全然親しくない友人に電話で起こされて、
トイレでウンコして男が出てUNOをするしないとか言う相談をされ、










挙句の果てには相手は性的興奮状態である。




なぜ俺がこんな目に…





なるほど。






















これは、一種のテロだ。





甘かった。

日本はてっきり平和だと思っていた。


俺「九州に、いい施設がある」


加藤「もうこの際俺が精神異常者だと思っても構わない。
ただ、相談にだけはのってくれ」


俺「…UNOをするかしないかだな?

『しない』。電話を切るぞ」


加藤「待て!!『しない』んだな?

なぜ?理由は?」




















死んでほしい。


加藤、死んで星になれ。









俺「理由がいるなら、『する』。電話切るぞ」

加藤「待て!!『する』んだな?それも理由を教えてくれ。

相手は黒人なのに、『UNOをする』という理由を…」



俺「理由などない。どうでもいいが黒人は初耳だ」


加藤「ジャマイカ出身の黒人だ。

持って来たUNOはハンズで購入したのだが、セブンで『ディズニー版のUNO』が売っていることを知り、ショックを受け…」







ブチッ






念のため電源も切っておく。



布団に潜り込み、まぶたを閉じる。



まだ午前3時前。

取り戻せる。さっきの過ちを。











………











なぜ、彼は俺を選んだのだろう?


なぜ、彼はあんな相談をしたのだろう?



答えが出た所でメリットはあるのだろうか?


あるわけがない。

というか答えなんて決まっているから、考える必要性がない。











UNOなんてするわけがない。













と言うか『便器から出てきた』ってことはまず便器は全壊なのだから、慰謝料を請求しなければならない。






…いや、果たして体格のいい黒人相手に強気にいっていいものだろうか?




まずは警察を呼ぶべきでは?



…しかし、相手はジャマイカの黒人。そしてトイレの中なのですぐに助けは求められない。


黒人を逆撫でする様な行為は危険だ。




相手が帰った後に警察に通報するのが一番安全かつ、確実か。





ということは、相手に帰って貰うには要求を呑まなければならない。





UNOはするべきか…?




だが、そのUNOも俺がウンコをした後だからちょっと自分のウンコが付いてるのかも知れない。






そんな臭いUNOをした経験がない。




…いや、自分のウンコはそんな臭いと思わないか…



ダメだ。結局は相手の黒人次第だ。



黒人の性格によって次に取るべき行動が変わってくる。


黒人の情報を整理しよう。

まず、

・ジャマイカ出身である。

・ディズニー好き

この2つか。









…情報が少ないな。



まて…コイツ関西弁喋ってなかったか!?



ってことは…今まで関西にいて、東京にきたのか!?

そこで初めてディズニーランドに行って、ものスゴクいい思い出を作ったのか!?




スプラッシュマウンテンに乗って、前の方に座ってたのに意外と自分だけ最後あんまり濡れなくて、ちょっと寂しぃ思いとかしたのか!?



イッツ・ア・スモールワールドに乗って、ちょっと祖国の事思い出してホーム・シックになったのか!?








……このジャマイカ人、きっと、めちゃめちゃいいヤツだ。







ただ、何のために日本に来たんだろう?


レゲエの良さを伝えるためじゃないのか?












…なるほど!!

『UNO=レゲエ』なんだ!!色的に!!

つまりUNOの良さを伝えることで、レゲエの良さも伝わるのか!!








答えは出た。





俺は、UNOをする。理由は、レゲエだからだ。





みんなもきっとするだろう。






…しないのか?



…みんなするならなぜ加藤は悩んでいたのだろう?理由は?















………加藤まだ起きてるかな?……


いや!

いやいやいやそれだけはできない。





俺はアイツをテロ犯にし、施設に送り込もうとした。

俺のプライドにかけても、アイツに聞くことは許されない。









明日、会社の同期の友人にきいてみようか。

…それもダメだ。

絶対にドン引きされる。



というか、こうしている間にもしそのジャマイカ人が現れたら、無意味だ。



今すぐに答えが欲しい!





高校の友達は…地元もダメだ。

正月、実家に帰っても誰も遊んでくれなくなる恐れがある。





大学時代の浅い交友関係のヤツが一番いいか…私生活に影響がでないような…





携帯を取り出し、電話帳を開く





確か…藤井君!!同じ学科だが、テスト前に1度ノートの貸し借りをしただけで、ほとんど喋ったことはない!!


適任だ!!










もう寝てるに決まってるが…発信ボタンを押す



頼む…出てくれ…




























藤井「……もしもし」




で・出た!!!


俺「あ!!もしもし!!ひさしぶり!!俺!!俺!!」




【時間は午前3時30分】


<終>

「文字で紡ぐ笑いのプロセス」を伝えられるよう仕組みを構築したい。リモートなどで。この笑いのプロセスを理解できれば、笑いのある「日記」「エッセイ」「コント」「戯曲」の書き方が習得できる。はず。