オリジナル版・プロレス深夜特急……第3回
■5ヶ月後の春休みと決めたメキシコ渡航へ向け、やるべきことが二つあった。一つはあくなき肉体鍛錬。もう一つは渡航資金を貯めることである。
肉体鍛錬に関しては、大学体育館の立派な施設で日々ウエイトトレーニングに取り組んでいた。問題は資金作りだ。目標金額30万円。貧乏学生だったオレにとって、毎月6万円の貯金は並大抵のことではなく。相当ハードにアルバイトをしなくてはならないことが予想された。
そのころのオレは寿司屋の皿洗い、倉庫の構内整理、工事現場の旗振りやパチンコ屋のバイトなどを転々としていたのだが、地方とあって時給も550円程度とたかが知れており、新たに高額時給なバイトを探し出すことは必要急務な課題であった。
なにか高額なバイトはないだろうかと、大学の求人掲示板を見てみた。すると……
時給1000円
なんだこれは!?
当時、時給1000円なんて文字は見たこともなかった。とにもかくにも電話をしてみた。オレは4年間とうとう電話を引いていなかったので、公衆電話からかける。すると
「いますぐ面接にきてください」
と、やけに急かすではないか。詳しいことは現地で説明するという。あやしい……しかし同時に興味津々でもあり、誰かにとられるわけにもいかなかった。
博多スターレーン正面の大きなビル。屋上に
マルフク
と書かれた赤と白の大きな看板が出ている。そういえばあちこちでよく見かけるやつだ。電話の金融・レンタル。そういう会社だと知ったのは初めてだった。説明を受けると、仕事内容は電話による滞納者への督促だという。
「試しにやってみな」
「え……もし怖い人が出たらどうするんですか?」
「そのときは俺に代われ」
というワケで、さっそくかけてみることになった。
「もしもし、○○さんのお宅ですか?マルフクですけど、お支払いが遅れているようですが」
「あ、すみません明日払います」
「よろしくお願いいたします」
それは、拍子抜けするほどに無難な作業だった。
「簡単だろ?」
「はい!」
「よし、採用だ。じゃんじゃんかけろ」
こうして大学とトレーニング、電話金融でのアルバイトという、ルチャ修行へ向けての単調だが希望に満ちた日々が幕を開けた。
授業とトレーニングを終える夕方5時から夜9時まで。出欠をとらない授業の日には朝から晩まで働いたので、1か月に6万円の予定額は順調に貯まっていった。そんな生活が続いていたある日のこと。
「おい、大仁田厚だ!」
社員の誰かが、窓のそとを見て興奮している。会社のビルの正面で、大仁田厚さんが撮影隊と一緒にいるではないか。このころの大仁田さんはFMWを大ブレイクさせ地上波番組に引っ張りダコな時期。日本中で知らない者はいないTVスターでもあった。
これから撮影が始まるらしく、機材を用意する撮影班と距離を置き、大仁田さんは一人ポツンと佇んでいた。居てもたってもいられなくなったオレは上司の許可を得て撮影現場へ飛び出すと、2m歩dの距離まで近づき、眼に力を込めて大仁田さんを見据えた。すると視線を察した大仁田さんは、オレをジッと見据え返してきたのだ。
その状態がしばらく続くと、大仁田さんから声をかけてきた。
「なんだ?」
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