2023.1/8〜1/14

8日
近所にある城跡の公園に散歩をしに行った。カフェに入りチーズバーガーを食べた。水を買おうと思い自販機に近づくと、老夫婦とその娘が自販機前で何を購入するか悩んでいた。3人ともが激悩みし、あーでもないこーでもないと、飲み物論争を繰り広げている。今から小一時間の間口に含む飲料を悩むのは仕方ない。しかしその時間は水を欲している自分には宇宙の単位でしか表せない長さに思えた。一体自販機に何を求めているんだろうか。
片割れの爺さんが「ほうじ茶でええわ」と捨て台詞を吐きどこかへ去っていく。はーいと言いながらおーいお茶を買っている片割れの婆さん、「ここのラインナップ微妙」と言い爺さんと共に歩いていく娘。
ほうじ茶は宇宙の神秘に飲み込まれてしまった。

9日
世の中は今日を含め三連休。あいにく職業柄暦通りの休みはなく、仕事に向かわなければならなかった。世の中がだらんと伸びている日に仕事をすると、もう嫌!このまま辞めてみんなと同じように休むんだ!と言う強い気持ちになるが、いざ平日に商業施設などに行くと、こりゃ楽だなあとも思う。もどかしさの中で仕事をする。

10日
成人式からもう少しで10年が過ぎようとしている。何かが変わったわけでもないが、10代の頃のように鼓動が早くなる瞬間は減ったように思う。それは10代特有の、刺激的な毎日、目まぐるしく変わる日常と、それを取り巻く人間関係などが一旦落ち着き、ワークライフバランスの軸がある程度できているからだと思う。しかしその中でも日々を彩る幸せは無数にあるし、その分鼓動が早くなった時に感じる興奮は倍増している気がする。本や音楽、誰彼の言葉、行動、人生が進めば進むほど若い時に使わなかったアンテナに、感動を受信する機会が増えたように思う。そんな大人になれたのも、同じような感動の感じ方を教えてくれた大人がいたからだと思う。そういう風になれたらと考えている。


11日
自分が何をして生きて、何を成し遂げるために死ぬのかは全く分からない。自分の行いが誰かのためになっているのかも分からず、それでも生き抜く力は、昔よりかはついたと思う。それでもその行いはその場では分からないことがほとんどで、後になっても気づけないことも多い。それでも自分をここまで押し上げてくれた、成長させてくれた人たちへの恩返しの気持ちで生き抜くしか無い。その気持ちでしか動けない。

12日
大人がうどんを食うのにかかる時間は大体15分程度だろう。しかし小さい子供は大人より少ない量を大人より長い時間をかけて食べる。単なる体の構造や飲み込むまでの力、咀嚼の数などが関係していることは明らかだが、口いっぱいに食べ物を頬張り、全身で味わい、食事を楽しんでいるが故の時間なのかもしれない。食事を栄養補給と捉えてしまうタイミングも少なくない、じっくり時間をかけて楽しむことは減ったように思う。
今現在、口に目一杯入れて幸せなのはビールという結論に至ってしまった。無念。

13日
何もなくただ仕事をこなすこともできるが、職業柄、人との関わりなしでは成立せず、それは心を癒す材料になるが、時に心を食い荒らす害獣に豹変するときもある。心はとにかく穏やかでいたい。

14日
ゆっくり家族と過ごしながら、なぜか仕事じゃない気分で過ごしていたが、仕事だった。
途方に暮れる気持ちをよそに職場にはたくさんの人がいて、いろいろな気持ちを抱えた人たちが待っている。自身の気持ちも大事だが、他人の気持ちも捨てきれない。そんな人たちが集う職場だと思う。時に燃えたぎるようなトラブルもあるが、同じ方向を向いて、穏やかに過ごしたい。


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