イチジャマ③


 しかしそこからが大変だった。
 僕も嶺井も記憶が曖昧でなかなか進展しないのだ。過去のラインのやり取りや写真などを掘り起こし、関係者や夜の街に詳しい知人に協力を仰ぎ、辿り着いた先は松山のキャバクラだった。どうやら当日は相当ハシゴをしていたらしく、この店に来た時は相当酔っていたらしい。
「覚えてるよ!二人ともベロベロで、嶺井くんは呂律回ってないし龍之介くんは着席するなり寝ちゃってたもん。覚えてないのー?」
 嶺井の隣に座ったミクと名乗る子が華やかな笑顔で言う。
 時間制のクラブ。若くて賑やかな女の子たち。キラキラした照明と硬いソファ。この街に数多くある夜の店の一つという感じだ。ここに来たことがあるようなないような。少なくともイチジャマがいるのはここではない気がする。
「ごめんね。でもまたミクちゃんに会えて嬉しいよ」
 泡盛で乾杯する嶺井は楽しそうだ。松山が好きなのだ。
「で、どうよ龍之介。記憶戻った?」
「うーん、だめだ、ごめん」
 ため息をついて氷の入った水を飲む。酒酔いのせいで今の事態になっていると思うと飲酒する気にはなれなかった。
「アフターに行ったことも覚えてないの?」
 ミクちゃんの言葉に嶺井と顔を合わせる。
「そうだっけ?」
「そうだよー。時間になってちょうどあたしもあがりだったから三人でアフターに行ったさ。あたしの知り合いのバーがあるからそこまでタクシーで行ったんだよ。でも定休日でさ。仕方ないから同じビルの別フロアにあるスナックに入ったわけよ」
「スナック……」
 動悸が早くなる。
「そうそう。狭くて暗くて女の子が一人しかいなくてさ。私と嶺井くんはソファ席で飲んでたんだけど、龍之介くんはカウンターでその女の子といい感じになってると思ったよ。突っ伏して寝ちゃった龍之介くんの髪を愛おしそうに撫でてさ。お会計するときにその子、嬉しそうに『運命の人と出会えた』って言ってたもん。なんだかずいぶん仲良くなったんだなーって思ったのに。それ以来会ってないの?まずくない?」

 クラブの階段を降りて外に出るとマユリさんが待っていた。今日は白い作務衣。手には布に包まれたお祖母さんの錫杖。ミクちゃんの話を聞いてすぐに連絡したら駆けつけてくれたのだ。
「本当に行くのか?対面はリスクがあるぞ」
 蒸し暑い夜。飲み屋の灯りの下を酔っ払いと客引きが騒がしく行き交っている。何人かがマユリさんの錫杖をチラッと見たが、気に留める様子はない。
「いいんです。決めました」
 もし僕に落ち度があるなら謝罪する。誤解ならそれを解く。そうしないとずっとイチジャマに憑かれたままになってしまう。
「嶺井は?」
「まだ飲むそうです」
 ミクちゃんともう少し飲みたいらしく一人だけ延長した。嶺井はずいぶんと協力してくれたしそれでいい。これ以上迷惑をかけたくない。けれど内心は緊張と恐怖で心細くて仕方なかった。だからマユリさんが来てくれて心底嬉しかった。
「ここからそう遠くないです。タクシーを使いますか?」
ミクちゃんに教えてもらったスナックの場所を地図アプリで検索する。
「あんた持ちなら」
「もちろん」
 近くで停まっていたタクシーに乗り込み行き先を告げる。いろんな思惑が頭を巡り何も言葉が出てこない。マユリさんもずっと黙ったまま窓の外を見ている。結局僕たちは一言も喋らないまま目的地に着いた。打ち合わせも作戦も何もない。でもここで対峙するしかない。ユタが匙を投げるイチジャマと。

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