執行猶予村人五年(ショートショート)

「俺が何したってんだ! やめろっ、やめろぉォォォ!」
勇者が聖剣を振りかざすと、スライムは一撃で倒された。

――ロード中――

一通りスキルが上がると、スライムは消滅した。
そこには金貨が一枚落ちていた。

ゲーム依存性により、ゲームと現実世界との区別がつかなくなり、俺は大量殺人を犯した。 今の時代、ゲームやアプリが目まぐるしく発展したせいか、よくあることだそうだ。そんなわけで、刑法第3条の精神疾患の項目に、ゲーム依存性が含まれるようになった。つまり、俺は人殺しだが、その恩恵を受けることができるということだ。
だが、裁判の打ち合わせで弁護士は、
「刑法第39条は適用されるため、死刑や無期懲役は免れる可能性は高い。ただ……」
と、言いかけ、頭を抱えた。
「何だよ、何か問題でもあるのか?」
ただならぬ空気を感じ、弁護士に聞いてみた。
「いや、何でもない。ただ……悪いことは言わない、死刑か無期懲役の方がマシかもしれないぞ」
すまなそうな顔をして答える弁護士を見て、俺は言っている意味がわからなかった。だが、人を殺しといて、生かしてもらえるんだから、世の中チョロいもんだ。反省したフリだけして、裁判が終わったらゲームでもやろう。
そしていざ裁判が始まってみると、弁護士が言っていたとおり、刑法第39条が適用される流れになった。
俺は被害者の親族を見ると、ざまあみろって思った。だが、不敵な笑みを浮かべていたのが気になった。
――自分の家族を殺したヤツが生かされて、何がそんなに嬉しいんだ?――
そしてついに、判決が下った。
「被告人を『執行猶予村人五年』に処す! 以上!」
裁判官は高らかにそう宣言すると、被害者の親族は歓喜した。
何かの聞き間違いかと思った。なぜなら、執行猶予は聞いたことあるが、村人五年なんて、意味がわからなかったからだ。
「では現時刻をもって、『執行猶予村人五年』を開始する!」
カカァァァン――。裁判官は木槌を叩きつけた。
その瞬間、目の前は光に包まれた。

目が覚めると、俺は知らない村にいた。建物は中世的で、身に覚えのない服を着ていた。まるでRPGに出てくる村人のような――そういえば、執行猶予村人五年だったな。なるほど、どうやら俺はここの村人になったらしい。
――ん?
突如目の前に、ドット画面が現れた。

〈執行猶予村人五年ルール〉
1、交流、私語は厳禁。
2、勇者に話しかけられた場合、いかなるときも「魔王のとこへ行きたければ、竜の渓谷を目指せ」と答えなければならない。
3、指定されたエリア内でのみ行動可。
4、一日経過するごとに、頭上の数字が消費され、ゼロになるとクリア。

一通り読み終えると、画面は消えた。
まるでゲームの世界に入ってしまったようだ。俺は頭上にある数字を確認すると、四桁の数字が浮かんでいた。おそらく、日数換算すると五年になるのだろう。
周囲を見渡すと、俺が動いていいエリアであろうか、光の線が引かれている。どうやらここから出てはダメらしい。
周囲には他の村人もチラホラ見えた。みな頭上に数字が表示されている。おそらく、俺と同じ執行猶予を食らってここにいるのだろう。ルールにはダメって書いてあったが、試しに話しかけてみようか。そう思い、俺はエリア近くの村人に近づいた。
と、そのときだった。
「もぉやだ! こんなとこ出てってやる!」
建物の方から、髭面の男が走ってきた。頭上にはもちろん、数字が浮かんでいる。
俺は思わず足を止め、その様子をうかがう。
――パァーン。遠くの方から銃声が聞こえた。
男は頭部を撃ち抜かれ、その場に倒れ込んだ。そして、光に包まれ、男はその場から消えた。
――これが、ルール違反のペナルティなのか!?――
俺の額に汗が流れる。
――もし、あの男が出て来なかったら、俺は――
男と自分の姿を重ね、背筋が寒くなる。
そして、頭上の数字を見て、俺は決意した。意地でも生き残ってやる、と。

俺が動けるエリアは狭かった。せいぜい平均的な家の敷地、30から40坪くらいだろう。 動ける範囲が限られて、多少の不便は感じたが、もともと家に引きこもってゲームばかりしていたせいか、特にストレスはなかった。それに、食欲も便意も尿意もない。暑くもなければ寒くもない。本当にゲームの世界の住人のようだ。おそらく、この世界の村人を五年務めることにより、執行猶予が解かれるのだろう。不思議とそう理解した。
それにしても、いつになったら勇者は来るのだろうか? 何もやることがなかったから、そのことばかり考えてしまう。
何もないまま時間だけが過ぎると、辺りは暗くなった。この世界にも昼夜は存在するんだと、感心していると、眠気がやってきた。どうやら睡眠欲だけはあるみたいだ。エリア内でなら寝ても大丈夫だろうと、近くにあった石を枕にして横になる。
と、そのとき、青いマントを肩にかけた青年がやって来た。眠い目を擦りながらその様子を観察すると、どうやら旅人のようだ。道に迷ったのか、村人に話しかけている。何らかのヒントを得ようとしているのだろう。おそらく勇者だ。
俺は立ち上がると、勇者が来るのを待つ。そしてついに、勇者は目の前にやって来た。
「…………」
勇者は向かい合ったまま、何も喋らなかった。
すると、目の前にドット画面が現れる。
『勇者が話しかけています』
確かにRPGの世界だと、主人公が向かい合っただけで目の前の人物は話し始める。なるほど、そういうことか。
「魔王のとこへ行きたければ、竜の渓谷を目指せ」
そう言うと、ドット画面が消えた。どうらや通じたようだ。
しかし、勇者は俺の言ったとおり、竜の渓谷を目指して進むと思いきや、再びドット画面が現れる。
『勇者が話しかけています』
――嫌がらせか? でももしかすると、大事なことだから、確認のため、もう一度聞いたのかもしれない――
「魔王のとこへ行きたければ、竜の渓谷を目指せ」
再びドット画面が消える。が、すぐにドット画面が現れる。
確信した。これは間違いなく嫌がらせだ。
その後、俺は眠い目を擦り、このやりとりを何百回、何千回と繰り返す。気づけば頭上の数字が一つ減っていた。
頭がおかしくなりそうだ。誰かがこの様子を見て、楽しんでいることだろう。
弁護士の言っていた「死刑か無期懲役の方がマシかもしれない」が、脳裏をよぎる。
勇者が立ち去るころには、俺は気絶していた。

警告音で起こされた。
『勇者が話しかけています。早く返事をしてください』
ドット画面は赤くなっていた。
飛び起きると、勇者が目の前にいた。
「魔王のとこへ行きたければ、竜の渓谷を目指せ」
思わず少し早口で答える。すると、ギリギリセーフだったのか、何事もなかったかのように、ドット画面は消えた。
俺は安堵した。が、すぐにドット画面が現れた。
『勇者が話しかけています』
――こうなったら意地だ、とことん付き合ってやるぜ!――
俺は再びこのやりとりを繰り返した。
そして、勇者がいなくなると、疲労により気絶した。

警告音が鳴った気がした。しかし、ドット画面は表示されていない。
――なんだ、気のせいか――
周囲を見渡すと、勇者はいなかった。
今のうちに少し休もう。その場で横になると、再び警告音が鳴った。が、ドット画面は表示されていない。
この頃から、頭の中は常に警告音が鳴り響くようになっていた。

日に日に俺の頭はおかしくなった。勇者がいないのにハッとなり飛び起きたり、周りにいる村人全員が勇者に見えたり、常に誰かに見張られているような、そんな恐怖を感じるようになった。それと同時に、同じ言葉をくり返しているせいか、「魔王のとこへ行きたければ、竜の渓谷を目指せ」と、独り言を言うようになった。
逃走しようとした男の気持ちが、今ではよくわかる。そして、弁護士の言っていた意味も。
男以外にも逃走を図ったり、精神が崩壊し発狂したりする村人もいた。そのたびに銃声が聞こえ、消滅した。感覚が麻痺してきたのか、この光景を見ても何も思わなくなった。
頭上の数字は相変わらず四桁のまま。この調子だと、執行猶予を終えるのは無理だろう。ましてや執行猶予を終えたところで、きっと俺の精神は崩壊しているから、日常生活を送ることは不可能だろう。
――いっそのこと、死んだ方がマシじゃないのか?――
そんなことを考えていると、背後から人の気配がした。勇者だ。
『勇者が話しかけています』
ドット画面が現れると、俺は意を決した。
「お前なんて、魔王に食われちまえ!」
――パァーン。
銃声が聞こえたと同時に、意識が途切れた。

目が覚めると、俺は法廷に立っていた。
――これは夢か? いや、現実世界に戻ってこられたんだ!――
周囲を見渡すと、弁護士、裁判官、被害者の親族がいる。
木槌を叩く音がした。裁判官だ。
「被告人は『執行猶予村人五年』を守ることができなかった。そのため被告人は――」
裁判官が喋り終える前に、思わず身体が動いて、土下座した。
「待ってください! 僕を死刑か無期懲役にしてください! お願いします!」
再び木槌を叩く音がした。
「静粛に、まだ話の途中だ」
裁判官はそう促した。
弁護士の顔をチラリと見ると、頭を抱えていた。一瞬目が合ったが、すぐに逸らされる。
――いったい俺はどうなるんだ? 怖い……怖いよ――
そして、裁判官が冷淡な口調で話し始めた。
「被告人は『執行猶予村人五年』をクリアすることができなかった。よって、『無期ザコキャラ』を言い渡す」
「何だって⁉ もう何でもいい、俺を殺してくれ! 頼む! 頼むから!」
思わず身を乗り出そうとすると、羽交締めにされた。そして――
カカァァァン――。裁判官は木槌を叩きつけた。
その瞬間、目の前は光に包まれた。
最後に見えたのは、被害者の親族のニヤけ面だった。

目が覚めると、俺は森の中にいた。
俺の身体は全身緑色で、手足がなく、ゼリー状だった。まるで、スライムにでもなったみたいだ。
森の中は薄暗く見通しが悪いが、足音が近づいてくるのがわかった。勇者だ。勇者は俺を見るなり、聖剣を構える。
そして、俺は切られた。

目が覚めると、俺は森の中にいた。もちろん同じ場所。
さっきは気づかなかったが、今回は光の線がない。どうやら自由に動いていいらしい。少し散策しようとしたが、スライムになった身体は、その場から身動きひとつとれなかった。
ジタバタしていると、勇者がやって来た。デジャブのように聖剣を構える。
そして、俺はまたもや切られた。

目が覚めると、俺は森の中にいた。
動けないことを理解しているから、その場で勇者を待つしかなかった。
勇者はすぐにやって来た。勇者は聖剣――ではなく、切れ味の悪そうな剣を構えた。
すると、さっきまでとは違い、俺は何度も何度も切りつけられた。おそらく、一撃で仕留めるほどの切れ味がないのだろう。俺はその間、痛みを感じなかったが、少しずつ切られていく自分の身体を見て、吐き気を覚えた。
そして、何回か切られた後、やっと死ぬことができた。

目が覚めると、俺は森の中にいた。
動けないから、考えることしかできない。
――俺はいったい、あと何回死ぬのだろう――
勇者がやって来た。今回は剣を持っていない。
勇者は本を出すと、呪文を唱えた。
すると、俺の身体は真っ赤な炎に包まれた。なるほど、炎の魔法でも使ったのだろう。熱は感じなかったが、俺の皮膚はだんだんと爛れていく。だが、なかなか死ぬことができない。おそらく、燃え尽きるのを待つしかないのだろう。
焼けて溶け落ちていく自分を見ながら、俺は死んだ。

目が覚めると、俺は――
何度目だろうか、このやりとりは。
勇者がやって来た。今回は聖剣を構えている。
――もう嫌だ! やめてくれ、頼む!――
痛みはないが、何度もくり返される自分の死を目の当たりにし、俺の精神は崩壊していた。
「俺がお前に何したっていうんだ! やめろっ、やめろぉォォォ!」
勇者が聖剣を振りかざすと、俺は一撃で倒された。

――ロード中――

一通りスキルが上がると、スライムは消滅した。
そこには金貨が一枚落ちていた。

被害者の親族会では、今日もテレビゲームが行われている。
時間を決め、コントローラーを交代しながらゲームをしていたが、みなゲームを進める気がないらしい。
森の中にいるスライムを倒し、再生されると倒すのをくり返し、喜んでいた。


※この作品は光文社文庫Yomeba!第19回「ゲーム」テーマの落選作品です。
ゲームなんてしないから、このテーマがきたとき相当悩みました。
ちなみに、異動した部署で早速大きなトラブルが発生しました。
もう仕事やめたい。

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