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法務観点から見た問題社員対応の実務

先日、コンサルタントの方を対象に上記のセミナーをしましたところ、幸いにも好評でしたので、こちらでも同テーマを投稿します。

第1 問題社員


Q 問題社員とは?
A 法務観点からは、雇用契約上の義務に違反する又は義務の履行を十分に果たさない従業員のことを問題社員とします。なぜならば、会社と社員の関係は、雇用契約関係であるためです。

Q 社員の雇用契約上の義務とは?
A 雇用契約とは「当事者の一方が相手方に対して労働に従事することを約し、相手方がこれに対してその報酬を与えることを約すること(民法第623条)」をいいます。
→社員は債務の本旨として労務提供の義務を負います。また雇用関係は職場というコミュニティを生じさせ、社員はそのコミュニティの一員としての責務を負うところ、下記の各種の付随義務を負います。
企業秩序遵守義務:企業秩序に反する行為や企業の社会的評価を落とすような行為をせず、企業秩序を遵守すべきとする義務
誠実義務/職務専念義務:就業時間中、私的行為を控え使用者の指揮命令下で職務に専念する義務
秘密保持義務:職務を通じて知り得た企業の秘密を他に漏洩してはならない義務
競業避止義務:所属する又はしていた企業の不利益となる競業行為をしてはならないとする義務

第2 問題行為

上記のように問題社員とは、義務違反をした/している(不作為を含む)者に対するものですので、人格等のその人間の性質自体ではなく、あくまでも行為に着目した概念になります。
そのため、問題社員において具体的な対応をとるためには「問題行為」を特定し評価することが重要となります。
※問題行為:雇用契約上の義務違反に該当する行為又は義務履行が不十分である行為

(1)問題行為の特定
 ・具体的な事実の摘示(5W1H )
 ・上記の事実に関する具体的な証拠の確保
(2)問題行為の評価 
 ・問題行為と雇用契約上の義務の関係の特定
 ・行為の悪質性や企業秩序への悪影響の程度

第3 問題社員対応

問題社員における問題行為に関する事実の特定・評価をしたら具体的な対応に移ります。会社としての対応としては大きく分けると下記の2つが挙げられます。
‐ 指導・交渉
‐ 使用者としての権限の行使

1 指導・交渉

(1)指導
【概要】
指導:問題点を伝え自主的な改善への働きかけ
【注意点】
ハラスメントにならないようにすること。
(パワハラにならないための10箇条)
第1条  大前提:「叱ること」自体はパワハラではない
第2条  人格を否定しない/プレーを叱ってプレーヤーを否定しない

第3条  キレて部下に当たらない/キレてモノに当たらない
第4条  「あいつなら打たれ強いから大丈夫」と過信しない
第5条  「人前で晒し者にするような叱り方」は要注意
第6条  「1つのミス」について叱責は1回/長すぎる叱責にも注意する
第7条  部下に「バッドニュースファースト」の意識をもって「ホウレンソウ」をさせる
第8条  「仕事の変化の理由」を説明する/困難な仕事をアサインする場合には「意義」を説明する
第9条  依怙贔屓せず公平に叱る
第10条 キレてしまったら、フォローする
※小鍛冶広道「管理職に知ってほしいパワハラにならない部下の叱り方・接し方10箇条」ビジネス法務2019年9月号・中央経済社
 
(2)交渉
【概要】  
交渉:労働条件の不利益変更を含む合意形成に向けた働きかけ(この最たる例が退職勧奨)
【注意点】
労働法では労働者は使用者より弱い立場であることを前提としているため、労働者の自由な意思に基づく判断と認めうる合理的理由を客観的に担保すること。
(自由な意思決定を阻害したと評価されないためのTIPS)
・問題点について具体的かつ客観的な面を中心に説明できるようにしておく
・メリット、デメリットを明確にして伝える
・交渉における会社側の人数を絞る(2~3人程度)
・1回の交渉が長すぎる、本人が希望しないのに交渉の頻度が多すぎるということがないようにする

2 使用者としての権限の行使

使用者の権限については、管理監督権の行使と懲戒権の行使があり、そのパターンは問題行為の悪質性とリンクして下図のように整理できます。

権限行使のパターン図

【注意点】
会社が使用者としての権限を行使する場合には、①合理性と②相当性が必要となります(労働契約法第9条、第15条、第16条)。
(合理性又は相当性を否定されないためのTIPS)
・処分の根拠となる規定を特定する
・当該問題行為に関する証拠や記録を残す
・問題行為の悪質性や被害の程度等と処分の均衡を図る
・小さな問題行動ではいきなり処分するのではなく、日頃から注意・指導を重ねておく
・重めの処分については、合議で意思決定するor社外専門家(弁護士・社労士等)の見解を確認する

3 問題社員を対応の流れ

上記では対応パターンを扱いましたので、対応時の流れについて説明します。最も重い退職に向けた流れをサンプルとして、手順 や注意点を扱います。手順は下記の①~④になりますが、重要な点は、解雇はあくまでも最終手段であり簡単に行ってはならず、原則として指導や合意による退職で解決すべきであるという考え方を前提として持つことです。

①まずは問題行為を明確にして伝え、注意・改善指導を積み重ねる。
【ポイント】
‐口頭で終わらせず、メール・チャット等で証跡を残すようにしておく
‐程度がひどいものについては、改善指導書を出す。
‐改善指導書においては、改善の期限や計測可能な改善内容を設けられるとなお良い。
②改善状況が悪いのなら、退職勧奨を行う。  
【ポイント】
退職は解雇ではなく合意退職で実現するのを原則とする。
∵日本の労働法令において、解雇は認められるハードルが非常に高い。
③退職しない意思が強い場合、異動や少し時間を空けて再度の退職勧奨を試みる。
【ポイント】
退職勧奨に応じなかったからと安易に解雇に移行せず、根気強い交渉や他の人事措置も試みる。
④それでもダメなら解雇する。
【ポイント】
‐上記①乃至③の手順についてきちんと記録に残しておく。
‐解雇の意思決定は、社内決裁手続きをちゃんと踏む、社外専門家の意見を取る等足元をすくわれないようにする。

第4 問題社員への予防策(人事制度)

1 問題行為に対応する下地の構築

①義務(債務)の内容を明確にしておく
 →債務の本旨:職務要件の明確化、職務記述書、WCMシート、ジョブ型雇用 etc
→付随義務:誓約書の提出、就業規則の服務規律を詳細に定める、業務マニュアル配布 etc
②権限行使における客観的合理性及び社会的相当性を担保しやすい制度を構築しておく
→ 就業規則の処分規定の詳細化、定期的な指導機会の確保(1 on 1等)、合議体による意思決定、社外専門家との連携 etc

2 問題社員化の予防問題

経験則からの判断になりますが、社員化を予防する人事制度のキーワードは以下の3つと考えております。
‐教育(リスキリングを含む)
‐適材配置、公正な評価
‐健康経営(心理的安全性を含む)
(理由)
問題行為(従業員の義務違反又は履行の不十分)は多くの場合が、能力/知識不足かモラル不足に由来します。
- 能力/知識不足は、元々不足しているケースもありますが、潜在的には有しているにもかかわらず、ストレスで発揮できない、不遇等(※)から能力・知識の取得・発揮をしなくなる場合が少なくありません。
‐ モラルについても、元々低い社員であったというより、元々は人並み程度・人並み以上であったが、ストレスや正直者が馬鹿を見るというケースの積重ねから低下していくケースが少なくない。
※実際に不運・不遇の場合もあれば、自己評価が高過ぎて不遇と思い込んでいる場合もあります。

4 まとめ

上記の内容を1枚にまとめると下記の画像のとおりとなります。

(参考文献)



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