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1-15 concrete epic

未来に対するヴィジョンがまるで無いのに企業するなんてやめた方がいいよっておまえは周りに止められたけど父親の遺産60万円の使い道もパンチコとピンサロ以外に無いし母親の年金も介護のせいで当てに出来なくなってきたしこれから何か仕事に就こうと地元の職業案内所へ赴き『最終学歴小卒40年間職歴無しだけど即正社員採用してくれて月の残業が平均10時間以内で在宅勤務可で年間30日以上は有給が取得できて住宅や通勤など各種手当が充実しており社内の男女比のバランスが良く年間離職率3%以下でボーナスが4か月分給付年2回以上』という最低限の具体的条件を提出したにも関わらず全くそれに見合う求人も来ないのし何故か行くたびに受付のおじさんに「舐めるな」と殴られ追い返されるのでおまえからしてみれば逆に起業という選択肢以外無いように思えたしサラリーマンやアルバイトが無理なら無理でとにかく何か経済的な打開策を行動に移さなければこのまま母親と共に築70年のこのボロ屋で困窮しながら死を待つのみなのだ3ヶ月ほど前からモヤシやタマネギを湯掻いたものに醤油をかけて空腹を満たし節約に努めているが食費も母親のオムツもあと一週間ほどで底を尽きてしまうもう2ヶ月前から電気も止まっているので仏壇の蝋燭に火を灯して夜を過ごしている「このままでは本当に死んでしまう」とりあえずおまえは次の日朝から銀座へ向かい父親の遺産を全額使ってスーツと革靴とムンクの強い香水とウェリントンタイプの伊達眼鏡と牛革製のブリーフケースをこしらえ帰りに一年ぶりの散髪を済ませ残ったジャリ銭で牛丼汁だく大盛りを3杯食べて帰宅した「かぁちゃんおら仕事頑張るっぺ」母親は体力が衰え最近めっきり起きている時間が少なくなりここ数日はずっと寝ている気がする寝息が全く聴こえないことを一瞬不思議に思ったが息や脈を確認した日には全てが終わってしまいそうな冷たい予感がおまえの背筋を貫いたので「起こしてしまわないように」静かに寝室の戸を閉めたその日の夜は人生初仕事の景気づけだとキッチンの戸棚の奥に転がっていたサバの缶詰を肴に料理酒をミリンとメチルエタノールと庭に生えていた丸いサボテンを煮出した汁で希釈したオリジナルカクテルを楽しんでいたが4杯目あたりから凄まじい幻覚に襲われ一切の記憶が飛び2日後の10:00に配達業者の呼び鈴で目を覚ました先日購入したスーツが届いたのだ早速髭を剃りポマードの代わりにニベアクリームで髪を撫でつけスーツに袖を通して姿見の前に立つとそこにはヤリ手エリート企業家の姿があった「これは成功間違い無しだ」ブリーフケースに入れるものが何も無かったのでゴミ袋の中から空の500mlペットボトル3本とを取り出してカバンの膨らみを演出した名刺は自分を印象付ける大切なアイテムなので先日電車の中吊り広告を何枚か引き抜き持ち帰って切り取り裏面一枚一枚丁寧に鉛筆で名前を書いた会社名と自分の役職を決めておらず仕事内容も決まっていなかったのでつまり何も考えていなかったのでどこかで聴いたことのある「会社っぽい」名称を思いついたまま書くことにした『(株)ユーゴスラビア私立国土交通省有限会社ー総書記ー』「うぅ〜ん!なかなか貫禄があっていい名前じゃないか!」おまえは家を飛び出し電車賃が無いので徒歩3時間かけて近くの街までやって来た「今日から運命へのリベンジ戦の始まりだな」信号が青へ変わり横断歩道を渡っていると突然猛烈な勢いのダンプトラックに跳ねられ衝撃でへし折れた四肢をなびかせながらまるでタンポポの綿毛のように天高く舞った「天高く」と言うとなんか背景は青空をイメージするがそんなことはなく7月初旬の極めてどーしようも無い湿り腐った雑巾のような曇天であるそのままおまえだった肉体は緩やかな円弧を描きながら約25メートル先の中央分離帯手前に落下し血と臓物をブチ撒けスーツを着たムスクの香りのする不定形な肉塊となった。

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