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【She’s a Rainbow】  フィクション


「岡星!大変よ!」

「どうしたんだい、アマンダ?」

「どうしたもなにも、こっちへきて!」

「アマンダ、落ち着いて、なにをそんなに怯えてるんだい?」

「いいから、岡星、モニターをみて!」

「なぜだい?いったいなにがあったっていうんだ、アマンダ、教えておくれ。」

「モニターをみてほしいの。」

「すまないアマンダ、実はドライ・アイでね、少し待ってほしいんだ。」

「岡星、待てないわ!今すぐみなさい!ほら、これよ!」

「井戸だね。」

「井戸よ。井戸の映像よ。そのままみててほしいの。」

「井戸だよ。」

「もう少しみててほしいわ。」

「わかったよ、アマンダ。もう少し観続けてみるよ。それにしても退屈な映像だね。」

「岡星、わたしのためにありがとう。」

「あ、誰か井戸から出てきた。女性だね。うつむき気味だ。なにかあったのかな?元気もなさそうだよ。」

「岡星、これはね、呪いの動画よ。これを観たら一週間後に彼女が画面からでてくるの。」

「ねぇ、アマンダ、僕はこれを観た。ということは僕のもとに彼女が現れるってことかい?なかなかの恐怖だな。暗がりで井戸の中からでてくるってなかなかないことだよ、彼女、なんだかあまりいい印象じゃなかった。まあいい、それはいいんだ。自分のことは自分でなんとかするとして、アマンダ、君は大丈夫なのかい?今こうして一緒に観たじゃないか?君が心配だよ。」

「ありがとう、岡星。でもわたしは平気よ…」

「なぜ?君も観たのに?」

「実は2度目なの。」

「2度目?どういうことだい?2度みれば呪いから解放されるのかい?おしえて、アマンダ。君が心配だよ。」

「ねえ、岡星。呪いの動画なんだけど、誰かに観せると呪いから解放されるのよ。」

「なんだ、アマンダ、そういうことか。安心した。僕は君を守ることができたんだね。うれしいよ。でも一体どうやってこの動画が僕に害を与えるんだろう?世界には不思議なこともあるもんだね。」

「本当にモニターから出てくるらしいわ。あの暗い感じの女性が。」

「不思議だよ。なぜ一週間後なんだ?今出てきてくれれば一週間の間に彼女の力になれることがあるかもしれないのに。非生産的で悲しいよ。そんなのは。」

「ねえ、岡星。あなたはどうするの?誰かに観せるの?」

「アマンダ、僕は誰にも観せないよ。こんなことは僕で終わりだし僕自体が終わるとも思わない。まだ一週間ある。できる限りのことをやってみるよ。」

「ステキよ、岡星!ねぇ、今夜わたしにあなたのできる限りのことを証明してみせて!」

「アマンダ、もちろんだよ。君に必ず証明するよ。僕はどこにも行かないって、一週間後の朝、君の寝顔に違うよ。」

一週間後


「ねえ、岡星、とうとう今夜だわ。例の井戸の女性よ。」

「そうだね、結局彼女からこの一週間何の連絡もなかったんだけれど、本当にアポ無しで来る気なのかな?正直言って僕はあまり信じてない。」

「そうね、岡星、わたしだって信じたくない。でも彼女は現れるわ。」

「アマンダ、まあそれは実際に現れたらだね。みたところ機敏に動いてなかったし、体力的にはこっちに分がある。」

「ねえ、岡星!わたし怖いわ!とてもとても怖いわ!」

「落ち着いて、アマンダ!お願いだよ!僕が動画を観て一週間たってしまったのは事実だ!でもここは冷静にいかなきゃ!さあ、せっかく中華料理屋さんにきたんだ、餃子にカニ玉に五目ヤキソバ、今は楽しもうよ!そうだ、ビールも飲もう!すいません、瓶ビールをください!」

冷えた瓶入りのビールを開けた。ホップの香りはまるで開きたての玉手箱のように僕をどこかの隙間に置き去りにした。僕は崖の中腹で燕の巣をとると同時に親ツバメでもあった。空を低く飛ぶ感覚はリアリティを充分に伝えてきたし、せっかくの巣を盗られるのはあまり気分のいいものではなかった。そんな自分を傍目に新鮮な巣を片手に舌なめずりしている自覚もあった。ここはいったいどこなのだ?

「……るのよ!ねぇ、岡星!」

「ああ、アマンダ、ごめんよ。少し考え事をしていた。アマンダ、今日もステキな耳だね。ベートーベンだってウクレレを弾き始めそうなくらいきれいだ。ああ、いやになるほど美しいよ。」

「岡星、なにか変よ!いったいどうしたっていうのよ?」

僕はこの小さな中華料理店の中でいったいなにをしているのだ?
古びた漫画や雑誌の入った棚、つつましい四人家族が一週間分の青椒肉絲を作れそうなほど油っぽい空気。背の高い棚の上に置かれたテレビからは懐かしい音のする野球が流れていて、チャンネルを変えれば時代さえ変わるくらいに古ぼけていた。その音が彼女の耳にも届いているかはわからない。この歪んだ時間軸の中のケイオスにあっても彼女の耳は完全であった。それは独立した生き物であり、進化の最先端でもあった。

「ねえ、岡星!このお店の餃子最高よ!皮はしっかり焼かれていてまるで上質のブルゴーニュのパンみたいに香り豊か!ヤキソバもイカすわ!五目よ、これって五目よ!わたしすごくエキサイティングな気持ち!食事がおいしいって幸せ!みて、これ五目よ!」

プロ野球は昭和を彩り平成を生き抜いた。ビートルズが怒りを歌う隣でローリングストーンズが愛を囁いた。ブライアン・ウィルソンだけが取り残されて叶わぬ夢をみた。

「美味しいわ、ほら、岡星!このカニ玉、まるでカニを気泡にしたみたいにふわっふわなの!ねえ、私このカニ玉を気に入ったわ!全部食べるの、このカニ玉は全部、私が食べるの!この餃子もステキだし、その金色の五目ヤキソバも最高!このお料理全部私のもの!」

僕はこの夏にプール一杯分の五目ヤキソバを食べ、この中華料理店の床から5cm分のカニ玉を食べた。野球の中継の歓声がことさら大きく聞こえる。逆転でもしたのだろうか、悲鳴に近いような声が聞こえた。何かが落ちたような大きな音が聞こえて、観衆の声は一段と大きくなった。

「はあ、美味しかったわ!なんだかお店バタバタしててお会計できなかったからテーブルに置いてきたわ。なんだか髪の長い女の人がテレビのある棚のあたりで倒れてたの。食べすぎかなんかかしら。それにしても美味しかったわ!あれだけおいしかったのなら食べ過ぎで倒れてもおかしくはないわ!けっしておかしくなんてない!」

「そうだね、アマンダ。たしかにおいしかったよ。カニ玉も餃子も五目ヤキソバも、全部最高だった!また来よう!さあ、今日はゆっくり寝れそうだ!」












【おしまい】












本日も【スナック・クリオネ】にお越しいただいき、ありがとうございます。 席料、乾き物、氷、水道水、全て有料でございます(うふふッ) またのご来店、お待ちしております。