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【マスク/departure】 #逆噴射小説大賞2020


愛する国民の皆様へ
マスクを 贈ります



スマホの画面に臨時情報がインフォームされた数日後、政府から2度目のマスクが届いた。包みを開けると一枚の藤色のマスクが入っていた。手に取る。しっかりとしていながらその重量感は羽のようだ。そして想像通り、取り上げたマスクの下に文字が書かれていた。

◯月◯日10pm 成城◯-◯で待つ

季節を選ばぬ冷や汗、機械仕掛けながらも感じる自筆感。日常の終わりの秋の日。



人通りのない待ち合わせ場所。住宅街だ。警戒心を強めながら自身を道の中央に位置させる。住宅街、手は限られている。

タタタッ 足音 振り返る いない 壁 壁 壁 音 どこだ 電線 壁 地面 電柱 音 音 音 万物は音を発して私を取り囲む 鼓膜 やられたか 目がどろんとしてきた どこだ ヒヤリとした感触 温度のない何か 

振り返れない、私はすでに捕らえられている。猛禽類を思わせる爪、触れれば傷つく。

「見事です。」

「気付いていたかね?」

「はい。会見、見事な退陣劇でした。」

「ははっ、お見通しか。でもね、あれは退陣ではなく出陣だ。」

齧歯目をチャーミングに描いたかのような笑顔でその男は私の正面に立った。有利なポジションからあえて正面に立つ、明確な生殺与奪権の表れ。次元が違う。

「志半ばで国民の皆様には申し訳なく思う。だがね、彼らが目の前に突如現れたのだよ。それはまるで予期せぬ休火山の噴火のように、私の想像よりも早く。さすがにこのご時世にとは思ったがね。君も私に手を貸してくれるね?」

宙に砂鉄が舞い、ライターを投げ込む。数人の黒装束が落ちてきた。

「やれやれ、もう始まってるみたいだ。君も例のマスクをつけたまえ。」

「じゅ、住宅街ですよ!」

「安心しな。雑魚供相手じゃ子守唄にもなりやしねえって!」

男はそう言って屈託のない笑顔でウインクし、教官の頃の口調に戻った。

空に舞う砂鉄、火花、出陣の狼煙の如く!



続く



本日も【スナック・クリオネ】にお越しいただいき、ありがとうございます。 席料、乾き物、氷、水道水、全て有料でございます(うふふッ) またのご来店、お待ちしております。